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6章 過去の悪夢

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 大広間には、父をはじめ重臣たちが仙千代を待っていた。
「若様、お帰りなさいませ」と、皆口々に仙千代を迎えた。
「若様のご無事のご帰還、まことに喜ばしいばかりにございます」
 家老の柴田が代表して言うのに、仙千代は頷くことで応えた。
「よう無事で戻った。喜ばしいばかりじゃ。今日も朝から、松川家の事やそなたのことを皆で話し合っておったのじゃ。どうじゃ、駿河の様子は?」
「父上にはご心配おかけし、まことに申し訳ございません。駿河ですが、太守義定様の討死以来、混乱を極めております。正直義政様は城主の態を成しておられんようでございます」
 成定は、仙千代の義政に対する辛辣な物言いに驚く。忠心が、全く感じられない。
「そなたは、義政殿の小姓としてお仕えしておったのではないか?」
「私は小姓ではありませんでした。お恥ずかしい限りですが、取り立てて役目も無く、無為に過ごしておりました」
 なるほど、小姓ではなかったのか……それでは忠義がないはずじゃ。無役とは、飼い殺しにされたのか? 若いみそらで、なんと惨いことを……。
「そうだったのか……それにしてもよう脱出できたのう。羽島に聞いたが、助けてくださったお人がおったようじゃが」
「そうなのでございます、父上。立花佑三というお方で、彼がおらなんだら、到底松川からの脱出は無理でございました。それだけでなく、佑三さんには松川での三年、大変世話になりました」
「そうか……それは、一度会いたかったの。で、そのお方はどういう経緯のお方なんじゃ?」
「三河の方で、松川に主家を滅ぼされ、一人生き残った方です。松川では、下男の扱いでしたが、歴っとした武門の出自でございます」
 成定も、三河で起こったことは知っているので、大体のことは理解できた。滅ぼされた家の者が、下男にされるのはよくある話だった。
「それで父上、お願いがございます」
「なんじゃ」
「私は佑三さんを、我が家で召し抱えていただきたいのです。そのつもりで、ここまで一緒に来るつもりでしたが、どこか行きたい所があるとかで、羽島と出会った所で別れました。しかし、用を済ませたらここを訊ねると約束しました。彼が来たら、迎え入れていただきとうございます」
「それは、勿論良いぞ。そなたが世話になったのだからな。それに、中々見どころのある者にも思えるからの。そなた付きとして、召し抱えると良かろうぞ」
 仙千代は、父が理解してくれたことに深く安堵した。これで、佑三が訪ねてきたら、この城で共に暮らせると思った。

 話は、高階家の今後の動向に移った。居並ぶ家臣達には最も重要な事柄であった。
「それでじゃ、仙千代。津田からの、味方せよとの誘いがきておるのじゃ」
「そのようでございますな。そうであろうと思い急ぎ、脱出して参りました。私が駿府に留まれば、大きな枷になろうかと考えました」
「そうか、つまり、そなたも津田に付いた方が良いと思うのか?」
「はい、そう思います。おそらく松川家の力はこれから弱まるかと思っております」
 仙千代は、はっきりと言い切った。佑三もそう言った。故に三人で脱出したのだ。
 成定は、松川家で三年過ごした仙千代の言葉を重くみた。仙千代の言葉の端々に、跡を継いだ義政の力量の無さを感じる。おそらく今後、あの巨大な松川家を率いて行くのは難しいのだろうと思う。
 さすがにすぐには、滅びることはないだろうが、力が弱まり、版図も縮小していくだろう事は想像できる。
「そうか、それでは津田に付くか……皆の意見も同じじゃからの」
 居並ぶ家臣たちは一様に、大きく頷いた。
「よし! 明日早々に使いを出せ!」
 成定は、決断した。大音声で命じたあと、散会になり、仙千代は久しぶりの自室に戻った。

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