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8章 城落ちる

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「殿、竹原家よりの書状はなんと」
 羽島は、書状の中身を事前に承知していながら、何も知らない態で聞く。
「ああ、わしが婚姻を断ったことに、大変怒りを抱いていると……」
「当然でございましょう。ですから、お受けなさるべきだと、申し上げたのでございます」
 それが、主君に対する言葉か! あまりな言いように成利は、羽島を睨んだ。意に介さず羽島は続けた。
「竹原様が激怒されているなら、困ったことになりましたな」
「致し方ない。我が家は津田様にお味方しておる。それを、誘われたからと、ほいほいと寝返るわけにはいかぬ」
「しかし、この情勢。竹原様が怒れば、松川様との連合軍に攻め入られましょうぞ。そのような事態になれば、どうされるのですか」
「津田と松川に挟まれたこの土地柄、致し方ないことじゃ。攻め入られたなら、受けて立つまでじゃ。わしは、この城死守するぞ」
「何をおっしゃるのです。竹原、松川連合軍に攻め入られたなら、このような小さな城、吹けば飛ぶようなものでしょう」
「そなた! なんという言いざまじゃ! 小さいが、先人たちが苦労して、堅牢に守ってきた城じゃぞ。これからも守り通すまでじゃ!」
 怒りを露わにした成利に、羽島は平伏しながらその前を去った。その顔には、侮蔑の表情が滲んでいた。

「竹原よりの書状でございますか」
 成利は、三郎に書状を手渡す。
「なるほど。しかし、すぐに攻め入るわけではないでしょう」
「どう出るかの」
「おそらく、何らかの条件を迫るものかと。その前に、こちらとしても、津田様へ援軍の要請を出しましょう」
「そうじゃな、津田様もすぐに動いてくださるかは分からぬが……いずれにせよ要請はしておいたがよいな。すぐに使いを出せ」
 三郎は、急ぎ津田への使者の手配をする。事態はかなり切迫していると感じていた。故に、羽島の動きにも神経をとがらせていた。
 
 翌日、今度は松川よりの書状が届いた。
 それには、此度のこと大変憂いているとの書き出しで、竹原と高階の仲を取り持ちたいとあった。
 しかし、問題はその条件だった。その条件に成利は怒りに震える。
「城主自ら、人質になれとな!」
「殿、人質ではございませんでしょう」
「そうではないか! わしに駿河まで来いと言うことは、そういうことじゃろ」
「客分として迎えたいとあります。人質ではありません」
 本気で言っているのかと、唖然として羽島を見つめる。
「無事に解放されるかも分からぬのに、のこのこと駿河まで行けるか! 行けば人質同然じゃぞ!」
「しかし、これを受けなければ、竹原様の怒りが解けないばかりか、松川様の怒りまでかうことになりましょう」
「それで、そなたわしに犠牲になれと」
「そうは申しておりません。殿が駿河へ行かれて、松川様とは旧交を温め、新たに竹原様との親交をもってくだされば、万事が上手くいくと」
 何が旧交じゃ! こやつは、わしが松川にどう扱われたか知らぬのじゃ。そう、知らぬから、いとも簡単に駿河へ行けと言うのだと成利は思う。
 しかし、あのことは知らぬまでも、良い扱いではなかったことは、皆、承知しているはずなのにとも思う。
「そもそも、我が高階は津田様にお味方しておる。津田様は対等の同盟とみなし、人質の要求もされていない。それを逆手に竹原、松川に付くのは道理が通らぬ」
 そうなのであった。津田は、かなり小さい、格下の高階家との同盟を結ぶ際に、人質の要求はしなかった。亡き大殿もそれには、大変な恩義を感じていた。それは家臣達も同様のはずと、成利は思っていた。
「前にも申しましたが、今は情勢が変わっております。この戦乱の世、常に変わる情勢を見て動きませんと、それこそ、滅びることにもなりかねません。どれだけの家が、情勢を見誤り滅び去ったことか」
 全く、この羽島と言う男、目先の損得しか目に入らぬのかと、成利は思う。嫌悪感が増し、不快感を隠すことができない。

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