吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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一章

宿泊者名簿No.1 荒くれ者ザック(上)

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「ザックとパック。その方らの冒険者資格を剥奪し、追放処分とする。王都からとっとと出て行くがよい。このならず者共が」

 ギルド職員の男が冷たい声色でそう告げる。
 俺ザックと弟のパックは此の度、揃って王都から追放されることになっちまった。

 王都近くの村で生まれ、村を出て周辺の町で冒険者登録をして鉄等級に上がり、王都にやって来て早五年。そんな今までの苦労は、くだらねえケンカで一般人をボコボコにぶん殴っちまったことで、全てオジャンとなった。
 あとちょっとで一人前の冒険者と言われる鋼等級まで上がれそうだったってのによ。くそったれな話だぜ。

「兄者ァ、どうするよ?」
「処分に従うしかねぇだろ」
「でもよぉ、せっかく冒険者になって王都住みになったのに、こんなことで資格を失うなんて……」
「これ以上何かしたら罰金も払えずに奴隷落ちだ。それだけは避けにゃならねえ。お尋ね者にはなりたかねぇしな。堪えろやパック」
「ちっ、仕方ねぇなぁ」

 俺たち兄弟は王都から渋々退去することになった。
 短気な自分たちのせいとはいえ、腹の虫がおさまらねえぜ。

 追放処分を受けたその足で元チームメンバーに別れの挨拶に行くと、白い目で見られた上、罵倒されることになった。

 リーダーのやつめ、何が「二度と会うこともないだろう。お前たちと同じチームだったことは俺の黒歴史だ」だ。ちょっと顔がいいからって、昔から調子に乗りやがって。

 俺たちのチームが活躍できたのは、優秀な前衛である俺たち兄弟のおかげだってのに。そのことがまるでわかってねえ。俺たちがいなくなった後、後任探しで苦労でもすればいいんだ。

 回復術士の女め、何が「とっとと王都から消えなさいよクズ兄弟」だ。あのアマ、元から俺たち兄弟には態度が悪かったが、人が落ちぶれた途端、さらに露骨な態度をとりやがって。路銀も恵んでくれなかったしよ。女のくせに冷たい奴だぜ。

 くそ、こんなことなら力ずくでも一発犯しておくんだったぜ。任務先でバレないようにリーダーの野郎共々始末しちまえば、美味しい思いが出来たかもしれねえのによ。

 しくじったぜ。こんなことになるならそうすりゃよかった。

「悪かったな。チームの顔に泥塗ってよ」
「どうでもいいからさっさと消えろクズ兄弟」
「くっ……テメエ、調子に乗りやがって!」
「よせパックやめろ」

 元のチームの奴らにボロクソ言われたが、犯罪者一歩手前の俺たちは、何も言い返すことができなかった。大勢の目がある場所で新たな罪を重ねてお尋ね者になるのだけは避けなければいけなかった。

(ちっ、くそったれめ)

 悔しさを飲み込み、愛すべき弟と二人、王都を去ることになった。

「それで、王都を出てどこに行くんだ兄者ァ?」
「王都近くの町――と言いたいところだが、冒険者資格を失った俺たちを受け入れてくれそうなところはねえだろうな」

 村や町に入るには身分証かもしくは保証金がいる。身分証がなく金もほとんどない俺たちが入れそうな所は、残念ながら王都近郊にはない。

 色々考えた結果、あそこに行くしかねえと思った。

「噂の“エデン”とやらに向かうぞ」
「エデンって、あの開拓者の村ってやつか?」
「そうだ」

 開拓村エデン。帝国による経済封鎖により、旧来の路による輸送が年々厳しくなっている影響で、王国は新たな通商ルートを開拓しようとしている。そのために急速に開拓されているのが、エデンという村だ。
 そこなら、俺たちを受け入れてくれるだろう。そう思った。

 開拓地の村だから先祖代々のお偉いさんも五月蝿い輩も少ない。伸びしろのある村だから商売の機会が山ほどある。実力次第では、一発逆転の成り上がりも可能だろう。

 俺たちはそのエデンという村に賭けてみることにした。

「エデンって結構遠いよな。王国領の北の外れだ」
「ああ。だからとっとと行くぞ。路銀もほとんどねえんだからな」
「あいよ兄者ァ」

 エデンに向けて王都を出発し、北西に向かって進んでいく。途中、幾つかの岐路に立たされることになった。

「トロの森経由のルートで行くぞ」
「ああ。兄者に全部任せるよ。俺ァ細かいことは何もわかんねえ」

 途中、トロの森を経由するルートを採ることにした。そっちの方が悪路だが、近道だし、盗賊共に襲われる心配も少ないからな。

 盗賊共に奪られる財産なんてねえけど、命だけは奪られたくねえからな。欲求不満な盗賊共の憂さ晴らしで殺されちゃ敵わん。

 そうして俺たちはトロの森を進み続けた。何日も森の中を突き進む。

 トロの森は、トロ芋のとれる森だとかでそう呼ばれる。かなり大きな森だ。
 トロの森の東の果ては“ヒムの森”に繋がり、二つの森を合わせると、大陸を横断するくらいに広がった大きな森だ。西の果ては、エルフ共の住む“深遠なる大森林”に繋がってるとかなんとか。

 まあそんなこと、俺たちには本当かどうか知る由もねえけどな。全部聞きかじった話だ。エルフとかいう引き篭もり種族なんて直に見たこともねえよ。

「兄者ァ、森はまだ抜けねえのか?」
「そろそろ抜けるはずなんだがなぁ」

 進めども進めども、森ばかり。
 いい加減に嫌になってくる。だけど俺たちは帰る場所もねえんだ。エデンを目指して歩き続けるしかねえ。

「くそっ、鬱陶しいゴブリン共がァ!」
「ギギィ!」
「死にさらせ!」

 襲って来たゴブリン共を返り討ちにし、甚振って憂さ晴らしをする。

 この首だけになってるゴブリンがチームリーダーの男だと思うと、スカッとするぜ。楽しくなってグサグサに刺して遊び始める。

「おらおら! リーダーのクソ野郎、俺様がぶっ殺してやるぜ!」
「また始まったよ、兄者の病気が……」

 弟に呆れられながら、ゴブリンの死体で遊ぶ。
 そんなことしてるせいで、余計に時間を食っちまった。夜になる前に一旦森を抜けて休むはずが、すっかり暗くなっちまった。

「兄者ァ、今日はこんな森の中で野宿かよォ?」
「仕方ねえだろ。馬小屋と大して変わらねえぜ。森の奥深くまで入らなければ強い魔物もいねえから安心しろ。森の外で野宿するのと変わらねえよ」
「ちぇっ、アプルゥの実ももう食い飽きたよォ。トロの芋も食い飽きたァ」
「ガタガタ抜かすな。食えないよりマシだろが」

 文句ばかり言う弟にイラつきながら、今日の寝床に相応しそうな場所を探す。

 そんな時のことであった。あの家を発見したのは。

「兄者ァ、あんな所に家があるぜ?」
「あん? 何寝ぼけたこと……本当だな」

 森を歩いてどれくらい経っただろうか。俺たちは一軒の家を見つけた。
 こんな森の中にポツンと一軒家。余りにも異質すぎた。

「兄者ァ、住んでるのはもしかしたら隠居した魔法使いとか錬金術師かもしれんなぁ」
「ああ。かもな」

 こんな辺鄙な所に住んでいるからには、家主は相当な変わり者に違いないと思った。

 いずれにせよ、森の中で一夜明かすよりはマシだ。交渉して泊めてもらえるように頼み込んでみることにした。

「どうされました?」

 家の前をうろついていると、家の中から主人と思しき若い男が現れた。
 整っているが、顔色の悪い男だった。普段日の光を浴びてないんじゃねえかってくらい青白い男だった。

 家主は魔法使いの老人ではなかった。こりゃ若い芸術家か何かかと俺たちは察したのだが、どうやらそうとも違うようだった。

「ごほっ、ごほっ」
「なんだ? 風邪か?」
「いえ、生まれつき肺を病んでおりまして」
「なるほど。それでこんな辺鄙な所に住んでるというわけか」
「ええそうなんです」
「難儀なことだな」

 男は芸術家でも魔法使いでもなかった。肺を病み、それで空気が綺麗な森の中で暮らしているのだという。
 なるほど、病人ならあの顔の青白さも納得だ。

 こんな森の中にそれなりに立派な家を建てているからには、金持ちの両親がいて、その両親が配慮して手配してくれているのかもしれないと思った。魔物避けの魔法でもされているのか、その家周辺には魔物たちの気配すらなかった。

(金持ちの家に生まれたってのに、身体が弱いとは残念な奴だなぁ。哀れだぜ)

 恵まれてるのか恵まれてないのかよくわからない男である。
 いや、こんな森の中で一人で住んでいるからには、恵まれていないのだろう。こんな森の中で住んでいたら、女とは一生縁がないこと確定だしな。

(いかにも童貞臭い顔だぜ。ぷぷっ)

 こいつは童貞に違いない。いかにも童貞っぽい幼い顔をしているし、間違いないだろう。

(ぷっ、哀れな奴だぜ)

 こいつは一生女も知らずにこの森の中で哀れに死ぬのだろう――そう思うと、優越感に浸れた。

 だがその俺の考えは間違いだったのだ。男は肺を病んで隠居暮らしをしていようと、超絶勝ち組であったのだ。
 俺たちはすぐにそれを思い知ることになった。

 玄関に入ってすぐのことだ。

「これはこれは。我が家にようこそおいでくださいましたわ」
「エリザ。二名様だ。寝室の用意を頼むよ」
「はいかしこまりました」

 男一人しか住んでないと思われたのだが、それは違った。
 奥から一人の女が現れた。そいつはとんでもなく綺麗な女だった。

「なっ、なんだよ今の美女は?」
「ああ、私の妻ですよ。幼馴染でしてね。こんな私に付き従って一緒に住んでくれているのですよ。ごほごほっ」
「幼馴染の美人妻……だと?」
「くッ!?」

 男は超絶勝ち組だった。幼馴染の美人妻がいるなんて、とんでもない勝ち組男だった。

 顔がクソ不味い上に頭が悪くて生まれてこの方カノジョすらいたことねえ弟のパックなんて、射殺さんばかりの嫉妬の目を男に向けていた。

「もうすぐ晩御飯の支度ができますので。裏手の水場で汗でもお流しください」
「おう悪いな。そうさせてもらうぜ」

 家の裏手にある水場で水を浴び終わる頃には、晩飯の用意ができていた。
 至れり尽くせりというやつだな。こんな俺たちの訪問を嫌がらず飯まで用意してくれるとは、若夫婦は随分とお人よしに見えた。

 家の中は綺麗で、森の中にある家とは到底思えなかった。やはり金持ちの両親などが配慮して建てた家なのだろう。若夫婦のどちらも上品な面してて、金持ちの子息子女って感じがするしな。

「なんだよアンタら、金の価値も知らねえのかよ。世間知らずだな」
「すみません」
「そうかよ。仕方ねえから教えてやる。一ゴルゴン金貨で、十シルバニ銀貨、一銀貨で、十カプコン銅貨だ。金貨の上にゃ白金貨があるが、まあ俺たちがお目にかかる機会はねえだろうな」
「へぇ。勉強になります。ごほっごほ」

 若夫婦はお人よしであるばかりか世間知らずでもあった。晩飯時の雑談でそれが判明した。
 夫婦は金銭価値もよくわかっていなかった。金持ちの親を持ち若くして隠居してるからか、世の中の基本的なことが何もわかってないようだった。

 まさか大した学もねえ俺が誰かに世間の常識を教える日が来るとは思わなかったぜ。

「ささ一献どうぞ」
「ああ」

 男は悪い奴じゃねえんだが、なんとなくムカついた。
 親の金で隠居暮らしして美人な嫁がいるばかりか、酒を飲む贅沢まで体験してやがったからだ。

「もう一献いかがです?」
「ああ悪いな」

 男の振る舞いは無礼な所など何一つない。むしろ行儀が良くて愛想が良すぎるくらいなんだが、存在そのものが俺たちにとっちゃ無礼で、なんとなくムカついた。

(ちっ、なんとなくムシャクシャするぜ)

 こいつの不健康そうだが整ってる面を見ると、あのイケメンの元リーダーの男を思い出す。俺の好きな回復術士の女を自分のものにしていたあのクソ野郎を思い出す。
 こいつも生まれ持った顔でこんな美人の嫁さんを手にしやがって。許せねえ。

(なんでこんな病弱の甲斐性なしの優男がこんないい嫁さんもらってんだよクソが……)

 こんな毒にも薬にもならないような男が、なんでこんな美人の嫁さんもらってこんな恵まれた生活してやがる。魔道具か何かの守りが破れてゴブリン共の大群が襲ってきたら、嫁さん一人守れもしねえだろうクソザコ男が。親の金で優雅な生活なんかしやがって。なんでなんでなんで――。

 そう考えると腹が立ってきた。
 俺たち兄弟にはこんな美人で優しい幼馴染なんていなかったっていうのに。親に金を恵んでもらったことなんてねえのに。

 カノジョだってだいぶ長いこと作ってねえ。弟に至ってはいたことすらねえ。
 最近相手した女と言えば、娼婦ばかりだ。金がないから高級娼婦なんて買えねえ、だから貧相な身体したブスの娼婦ばかりだ。今となっては一文無しの無職だから、その娼婦すら当分の間はお預けだ。

 なんで俺たちみたいな立派な体格をした益荒男が、こんなもやし野郎以下の生活をしてなきゃなんねえんだ。何故だ何故だ何故だ何故何故――。

「ではあそこの部屋をお使いください。おやすみなさいませ」
「ああ……」

 モヤモヤとしたものを抱えながら、用意された寝室へと入る。
 ベッドの中で横になりなるが眠れない。モヤモヤとムラムラが止まらねえんだ。

「なあ兄者ァ」

 そんな俺に、弟が声をかけてくる。

 随分いやらしい顔をしてやがる。弟の考えてることは全部わかってるぜ。やりたいんだろ。やろうぜ。

「わかってるぜ弟よ」
「へへ、やっちまうかァ」
「ああ、やっちまおう」

 こんな森の中だ。誰も見ていない。叫び声が聞こえたって誰も気づきやしない。

「奪ってやるぜぇ。何もかもなぁ」
「ひひっ、楽しみだなァ。兄者ァ」

 俺たちはあの恵まれた男から全てを奪っちまうことにしたのだった。
 久しぶりだぜ。こんな滾るような思いはよ。
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