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一章

後始末

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「まったく、とんでもないお客様だったな……」

 先ほどまで宿泊客だった男。その骸を前にして、俺はぼやく。
 初めてのお客さんだと思って舞い上がっていたのに、最悪の客だった。

 エリザに色目を使っているのがわかったからそれとなく警戒していたが、やっぱり手を出してきたか。
 寝床と飯と酒まで用意してやったのに、とんでもない奴らだねまったく。人の厚意を仇で返しやがってさ。日本人のおもてなしの心を無下にしやがって。プンプン。

 まあ命を対価に償ってもらったからいいけどね。なかなか仲の良さそうな兄弟だったから、今頃冥府で仲良くやってることだろう。お客様のご冥福をお祈り申し上げます。

(それにしても、まったく罪悪感とかないな)

 今回初めて人間の命を奪ったが、何の感慨も湧かなかった。相手が悪人とか抜きにしても、命を奪ったことに対する感情の揺れがほぼない。凪そのものである。スライムやゴブリンを殺した時と同じである。

 今の俺にとって、スライムもゴブリンも人間もそこらへんにいる虫も、大して変わらないものとしか感じないらしい。善人を殺そうが悪人を殺そうが、あんまり変わらないらしい。
 やはり、俺の身体と精神は、大部分が吸血鬼のそれに変わってしまったのだろう。
 ホスピタリティ業界で働きたいとか、お客様に奉仕したいという精神は、前世から変わらないものの、それ以外のことは随分変わってしまったらしい。

 まあこんな中世ファンタジー世界に転生したからには、その方がいいのかもしれない。異世界で生きるのに、現代日本人の倫理感とか邪魔なだけだろうしな。

 ともあれ、死の間際に願った、人の窮屈な価値観に縛られない超越した存在になれたわけだ。その幸運に感謝して新たな世界で生きていこう。人を喰らう吸血鬼としてな。

「エリザ、大丈夫だったか。助けてって、叫んでたみたいだけど」
「ええまったく問題ありませんわ。全部演技ですから。あんな下郎に遅れをとるほど落ちぶれていませんわ。ただの戯れですわ」
「そっか。とにかく無事でよかったよ」

 エリザも問題なし。弱らせた上で蝙蝠と戦わせたから、蝙蝠の中で死んだ子もいない。こちらの死傷者はゼロだ。被害といえば、部屋が少し汚れたくらいかな。大きな損害はなしだ。
 飯代酒代、それと俺たちのおもてなしの気持ちが犠牲になっただけだ。

 そう考えると結構な損害があるようにも思えるな。お客様を思うおもてなしの心が犠牲になるって、結構な損害だ。金銭的な損得では計れないダメージがあるぞ。精神的に大ダメージだ。

 まあ過ぎたことだ。前向きに切り替えていくしかないか。

「お、意外ともらえたな」

 メニューを開いてログを確認すると、ダンジョンマナが109増えていた。あの荒くれ者の客二人を始末してゲットしたマナがそれだ。

 人間を始末すると、一人当たり50DMくらいってところか。ゴブリンが一匹当たり10DMくらいだから、人間を狩るのは、ゴブリンを狩るよりは効率がいいみたいだな。
 まあ個体の強さによってまちまちなので一概には言えないが。でも基本そのような傾向にあるようだ。

 ダンジョンマナはこの世界の生命力の源だ。人間という種族の生命力は、ゴブリンという種族のそれよりは大きいということなのだろう。体格とかも人間の方が大きいしな。

「エリザはあいつらからスキルラーニングできた?」
「いいえできませんでした。ステータス値が僅かに増えただけでしたわ」
「そっかぁ残念。元冒険者だとか、夕食の時に意気ってたわりには、スキルなしのザコだったか。やれやれ」

 エリザもスキルの獲得はなかったようだ。
 そこそこの量のダンジョンマナが手に入った以外は大した収穫なし、である。やんなっちゃうねまったく。

「記念すべき第一号のお客様がクズだったなんて……はぁ」
「ご主人様、あのようなクズ共にお心を囚われてはなりませんわ。お元気を出してくださいまし」
「うんありがとうエリザ。気持ちを切り替えて後片付けするよ。すぐに次のお客様がやって来るかもしれないしね」

 俺は溜息を吐くと、部屋の中にあった弟の方――パックと言ったか、そいつの骸を無造作に掴み、窓の外に放り出した。

「スライムたち、ご飯だぞ。たんと食えよ」

 そう呼びかけてやると、屋根の上や物陰に隠れていたスライムたちが、ワッと飛び出てきて骸に群がっていく。かなりの数のスライムが群がっているから、骸は程なくして跡形もなく消えるだろう。

「家の中のお掃除係のスライム君たちもよろしくね」

 そう呼びかけてやると、室内にいたスライムたちが一斉にプルプルと震えて答える。そしてお掃除を始めていく。

 スライムたちは床についた肉片や血糊や汚物を吸着吸収していく。あっという間に床がピカピカになっていく。俺の腕や服にこびり付いた血糊もお掃除してくれた。

 いやー便利だねスライムって。ファンタジー世界ならではのお掃除方法だね。楽ちんで素晴らしい。

「ありがとう」

 お仕事を終えたスライムを優しく撫でてやると、スライムたちは所定の持ち場に戻っていった。天井裏や物陰の奥に隠れていく。

「エリザ、不味い血の口直しに紅茶でもどうだい?」
「頂きますわご主人様」

 気分転換にとリビングで紅茶を淹れ、エリザとティータイムを楽しむ。

「最低なお客様だったけど、この世界の情報がゲットできたのは重畳かな」
「そうですわね。情報は宝ですわ」

 紅茶を飲みながらエリザと話し合う。

 あの男たちからは、夕飯時の雑談の中で、簡単な国際情勢、貨幣、冒険者の仕組み――そういった、この世界の常識を仕入れることができた。
 あんな馬鹿そうな男たちの言うことだから全部鵜呑みにはできないだろうが、不確かな情報だろうと、少しでも知れたのはいいことだ。何も情報がないよりはマシだろう。

「開拓地エデンって言ったか。そこが、エリザに初期インプットされていた知識にある、ここから一番近い村ってやつだな?」
「ええ間違いないと思いますわ」

 雑談の中で、男たちは開拓地エデンを目指している、と言った。
 そのエデンという村が、エリザの知識の中にあったここから最も近い人間の村。そうと見て間違いないようだ。

「あの男たちから僅かだけど金も手に入ったし、暇ができたらその村にお邪魔してみるか?」
「ええそうしましょう。人間社会に溶け込んだ方が良質の血液も手に入りそうですし」
「この宿屋にあんまり客が来ないようだったら、その村に宿屋を改めて作るのもいいかもな。ここは別荘みたいな扱いにしてさ。ダンジョンの転移陣があれば、こことその村の行き来も簡単だろうし」

 エデンという村について想像を巡らした後は、今後の宿屋経営に対しあれこれと話し合う。

 店をオープンして、やって来たお客さんが盗賊ゴブリンと迷いゴブリンと、今回のゴミ客しかいないというのはちと拙い。至急、経営戦略を立て直す必要があるだろう。

 どうやらこの第一号店は立地が悪すぎるようだ。
 こんな森の中にある宿屋では、モンスターか迷い人しかやって来ないらしい。おまけに人目がなさすぎるからか、犯罪行為を誘発してしまうようだな。

 店を開く前の事前調査が甘かったのだが仕方ない。転生直後で、満足に調査できる状況になかったのだからな。

「もう何ヶ月か様子を見て、客がほとんど来ないようだったら、そのエデンとやらに新しい店舗を開くことにしようぜ」
「ええそれがいいと思いますわ」
「ということは、新規店舗オープンのためのダンジョンマナを貯めとかないとだな。しばらく節約生活になるかもだけどごめんね」
「構いませんわ。ご主人様といられるなら貧乏生活なんのそのですわ」
「そう言ってくれると助かるよエリザ」

 スキル【変化】を使えば、人間社会に紛れ込むことができるだろう。村の中に店舗をオープンできれば、来客が大勢あって、吸血もお金稼ぎもダンジョンマナ稼ぎも楽になるだろう。人間の村の中に拠点を作るのはリスクが大きいが、リターンも大きい。挑戦する価値は大きい。
 ここという拠点があれば、仮に村の中の店舗で何かあったとしても、そこを封鎖して逃げればいい。退路は確保できている。そこまで不安に思う必要はない。ここは思い切って挑戦してみることにしよう。

 今後は、そのエデンという村に宿屋の第二支店を構えるのを目標に頑張ろうと思った。
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