吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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一章

森の安らぎ亭

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 宿を出た俺たちは、そのまま向かいの宿に向かう。

 向かいの宿は外装が剥がれたりしていて凄くボロい。それで昨日は敬遠したのだが、あんな美人の女将さんが経営しているとは思わなかったな。

 宿の看板には、“森の安らぎ亭”と書かれていた。この宿屋の名前だろう。

 俺たちはその森の安らぎ亭に入っていった。

「誰もいないのか?」

 店内に入っても人の気配がない。女将さんは男たちを見送るためにさっきまで店先に出ていたが、今はもうどこかに行ったようだ。どうやら店の裏手に回っているようだな。

「それにしても小汚いところだな。宿屋としてやっていけるのか?」

 店の中は雑然としていて汚かった。窓や壁にはヒビが入っているし、食べ物のカスとか落ちているし、サービス業としては完全アウトだ。
 これじゃ店内に入ってきた客も、回れ右して向かいの宿に向かうだろう。

「おそらく、あのゴルドとかいうならず者たちが荒らしたのかもしれないですね」
「ああそうかもな。あくどいことしてるみたいだし、客がつかないようにして、借金が返せないようにしてるんだろうな」

 エリザの言葉に、俺は頷く。

 先ほど見たこの宿の奥さんは、真面目そうな振る舞いをしていた。ならず者相手にも礼を失わずにいた。そんな人物が管理してるからには、決して物臭で店内が荒れているわけではないだろう。おそらくこの惨状も、さっきのならず者たちがやったんだろうと思われた。

「とりあえず店主に会うか。宿の予約をとろう。まあ予約しないでも他に客とかいなさそうだけどね」

 俺とエリザは店の中を歩いていき、店主の姿を探す。

――チャポン、パシャリ。

 店の裏手で、半裸になった店主の女が身体を洗い流していた。その脇には少女の姿も見える。

 おそらくあの少女が店主の娘だろう。母親の水浴びを手伝っているようだ。

「はい、ママ。石鹸」
「ありがとう。アリア」

 なるほど。向かいの店主の言う通り、確かに美少女だ。
 ツインテールの髪型、体つきはまだまだ幼いが、これからどんどん成長していきそうな美少女だった。清楚で儚げな印象の母親とは違って、娘は強気そうな印象があるな。

 娘の名はアリアというらしい。

「こんなに汚れて……」

 店主の裸体が目に入るが、恵まれた身体をしているな。グラマラスな体型で大変素晴らしい。豊満マダムって感じだな。健康的で美味しそうな血をしていそうだ。

「中々落ちないわ……」

 よく見れば、女の髪やら身体にはベッタリと汚濁がこびり付いていた。女はそれをゴシゴシと洗い流していた。

 どうやら店主はあのゴルドとかいう男たちに一晩いいようにされたらしいな。ならず者共め、美女の血を汚すような真似しやがって。ムカつくな。

「ゴメン、ママ。アリアのためにあいつらにいいようにやられて……」

 惨めな母親の姿を見て、娘アリアは表情を曇らせる。唇を必死に噛み締めて涙を堪えている。

「ママは大丈夫よ。アリアさえ無事ならそれでいいの。さあ早く水浴びを済ませて、片付けしましょ。今日は普通のお客さん来るかもしれないし」
「うん……」

 身体は汚され、店内はメチャメチャに荒らされているという最悪な状況。惨憺たる状態だが、店主の女は娘の前で気丈に振舞っていた。

 儚げな印象を受けるマダムだが、根はなかなか骨があるらしい。なかなか高潔そうな魂を持っていそうだ。
 さぞかし美味しい血であることだろう。吸血欲がムクリと湧き上がってくるな。

「だ、誰ですか?」
「ッ⁉」

 母娘はようやく俺たちの存在に気づいたようだ。俺とエリザはゆっくりと前に進み出た。

「宿の予約を入れようと思ったのですが、店先に人がいなくてですね。こちらにお邪魔したというわけです。ああ、紹介が遅れました。私の名前はヨミト、こっちはエリザです」
「すみません……気づかなくて。店内が荒れていて驚いたでしょう。すぐに片付けますので」

 俺たちが話しかけると、よほど慌てているのか、店主の女は胸部が丸出しのまま必死に謝罪してきた。
 俺は紳士な吸血鬼なので、目線を逸らして直視しないようにした。

 まあおっぱい見たからといって、性欲を超越した存在になった今の俺には関係ないのだけどね。

 ぶっちゃけ、今の俺にとって、彼女は乳丸出しの乳牛とさほど変わらない。
 一般的な人間が乳牛の乳に詰まっている牛乳にしか興味がないように、俺は彼女の乳の中に詰まっているであろう血液にしか興味がない。乳自体に興味はない。血液にしか興味がないのだ。

「ああ。急がなくてもいいですよ。夜までに片付いていればいいです。俺たち、昼は出かけてくるので」
「そうですか。助かります」

 用件だけ伝えると、俺とエリザは店を一旦後にした。

「――待って!」

 宿を後にし、開拓現場の森の方へと歩く。
 すると、先ほどの宿屋の娘が俺たちを追ってきた。たしかアリアという名前だったな。

「ちょっと待って! どういうつもり!」
「どういうつもりとは?」

 アリアに問い詰められるが、よくわからないので聞き返す。

「アンタたち、昨日は向かいの宿に泊まっていた客でしょ?」
「ええそうですよ」
「おかしいじゃない。昨日は向こうに泊まってたのに、今日はわざわざウチのボロ宿に泊まるなんて……いったいどういうつもりよ?」

 アリアは歳のわりにはなかなか目敏いようだな。俺たちが昨日向かいの宿に泊まったことを知っているらしい。

 細かなところに気づく――商売人としては素晴らしい資質だろう。美少女だし、何事もなければ将来は宿の看板女将にでもなりそうだな。

「ゴルドとの騒動も知ってるんでしょ? 今日もまたあいつらがやってくるに決まってる。アンタたちにもちょっかいかけてくるかもしれない。悪いこと言わないから、今日も向こうの宿に泊まった方がいいよ」
「アハハ、自分とこの宿じゃなくて、向こうの宿に泊まれと? 変わっていますね君。君たち、損するじゃないですか」
「だ、だって……」

 損すると指摘すると、アリアは複雑そうな顔を浮かべた。

 自分たちが損することなど百も承知だろうが、本当のことを黙って客を泊めるのに心理的抵抗があるのだろう。アリアは強気でキツそうな見た目をしているが、心根は優しいようだな。

 人が良すぎだろう。こんなモンスターとかが闊歩するダークファンタジー世界には似つかわしくないような可憐な少女だ。

「どっちみち、もう損とか関係ないくらいだし……。宿の経営も本当は続けられる状態じゃないんだけど、ママの意地でね。私があいつらのとこに行けば全て済むんだけど、ママはそれがイヤらしくて……アタシどうすれば……」

 アリアは悲しそうに俯くと、ヘビーな話題を切り出してきた。
 案の定、宿の経営は火の車状態のようだ。ゴルドとかいうならず者にいいようにやられているらしい。

「へぇ、色々あるんですねぇ。人生いろいろですね」
「まさかアンタ、アタシたちをからかうために宿を変えたんじゃ⁉」
「え? いや、それは誤解だよ!」
「だったらそのふざけたような相槌はなんなのよ! 人が真剣に話してるのに!」
「これは俺の癖でね……ごめんね」

 俺の適当な相槌が気に入らなかったのか、アリアは俺の言動に噛みついてきた。

 別に含むところなどないというのに。母娘を俺の目的のために利用しようとはしているが、馬鹿にする意図は全くない。
 吸血鬼になったから人間への共感性とか同情心とか薄れちゃってるだけだから。それで気をつけてないと適当な返事になっちゃうだけだから。馬鹿にしてるとは心外だぜ。

「まあとにかく泊めさせておくれよ。俺たちはあいつらのことなんか気にしないからさ」
「そう……ならいいけど。後で文句言っても知らないからね。何が起きても自己責任だからね」
「ああわかってるよ。どうもご親切にお嬢さん」

 宿泊の意思が変わらないことを告げると、アリアは引き返していった。

 去り際のアリアの横顔は、どこか嬉しそうであった。足取りも軽やかだ。

 なんだかんだいっても、まともな客が来て泊まるのが嬉しいのであろう。普段はあのならず者たちしか来ないみたいだしな。

 まあ俺たちがまともな客であると言えるかは微妙であるがな。
 正体は火につけこんで押し込みを働こうとしている悪魔(吸血鬼)ですけどね。ある意味、ならず者よりもタチが悪いかもしれない。

「あの子可愛いですね~。処女でしょうし、早く血を吸ってみたいですわ」
「それは同感だな。めちゃくちゃ美味しそうだ」
「見た目も可愛いですしね」
「あの獲物、ならず者たちになんてくれてやれないな」
「うふふ、そうですわね」

 俺たちは去り行くアリアを見ながら邪悪な笑みを浮かべる。捕食者の笑顔である。

「それじゃ、敵の本拠地の偵察でも行ってみますか」
「そうしましょう」

 俺たちはアリアを見送ると、再び歩き出す。
 向かうは、ならず者たちが働いているであろう開拓現場だ。
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