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二章
ノビル鉄等級昇格
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無謀にも一人でワルイーゾの所に突撃していって返り討ちに遭ったノビル。彼を救出して眷属にして、その流れのままワルイーゾ一味を誘い出して一網打尽にしたり、ワルイーゾ失踪の隠蔽工作をしたり――。
そんなことをしていると、怒濤のような年末を過ごすことになった。ゆっくりニューイヤーカウントダウンをする暇もなかった。気づけば年を越していた。
年末までダンジョンマスターとしての仕事をすることになるとはね。ワーカーホリックもいいところだろう。
忙しかったせいで、年越し蕎麦を食いそびれてしまったぜ。この世界で記念すべき初めての年越しだというのに、なんてことだ。
意外と縁起を担ぐタイプの俺は、年越し蕎麦を食べられなかったことに気づいた時、「これじゃ長生きできない! この世界でも早死してしまう!」と大いに嘆いてダンジョンの皆を困らせた。それで優しいエリザに慰められることになったのは余談だ。
年越し蕎麦が食べられなかった最悪の年末だが、まあその代わり、得たものは沢山あった。
ノビルという新しい手駒も得たし、悪事を働いていたバッド商会の面々をスキル【洗脳】を使って強制的に手駒にすることができた。ダンジョンの人材を大幅に増やすことができたと言えるだろう。
ちなみに、眷属にした直後のノビルのステータスはこんな感じだった。
――ステータス・オープン。
名前:ノビル(lv.3) 種族:人間
HP:23/23 MP:8/8
能力:【無能】【狂化】
無能:全能力値が常に大幅に下がる。戦闘・スキル経験値獲得率に大幅マイナス補正。
狂化:発動すると、怒りに任せて戦う。全能力値が一時的に大幅に上がる。その後、しばらくの間、逆に下がる。
【無能】という名のスキルを本当に持っているとわかって、不謹慎だけど少し笑ってしまった。
笑うと同時に少しだけ同情もした。【無能】は最悪なデメリットを持つバッドスキルで、これを持っているとまともな人生は送れなさそうだった。
ステータスを吟味すると、ノビルは【無能】の他に、【狂化】というユニークなスキルを持っていることもわかった。
【狂化】は一時的にバーサーカーになれる面白いスキルみたいだね。ここぞというところで使えば、三面六臂の活躍ができそうだ。
ちなみにこのスキル【狂化】は、俺とエリザもラーニングしたよ。ノビルが眷属になった後、彼の血を頂いた際にゲットできた。
追い込まれて覚醒するバーサーカー吸血鬼なんて、何か格好良さそうだ。まあそこまで追い込まれる事態なんてあって欲しくないけどさ。
話をノビルに戻そう。【無能】のバッドスキルさえ消して育てれば、ノビルはそこそこ強そうな人材だった。
そんなノビルには、バッドスキル【無能】を消すと同時、【斧術】というスキルを付与しておいた。せっかくだから狂戦士みたいなキャラに育てようと思ったのだ。斧使いのバーサーカーとか見てて面白そうだしさ。
ノビルには今後、俺たちの冒険者チームの一員として働いてもらう予定である。ノビルとレイラは幼馴染で仲が良いみたいだし、一緒に運用した方がいいだろうと思ったからね。
ダンジョン防衛はインディスとデュワが産んだゴブリンたちが担ってくれるし、ノビルはダンジョン外で運用することにした。人間にしかできない冒険者活動を通してダンジョンに貢献してもらおう。
冒険者として活動してもらうといっても、ノビルは木等級なので俺たち鉄等級と一緒の仕事は受けられない。だからノビルには当分、一人で木等級の仕事をしてもらうつもりである。それで鉄等級に上がったら、俺たちと一緒の仕事をしてもらうつもりである。
まあ無能じゃなくなったノビルなら、木等級の仕事なんて楽勝だろう。次の昇級試験は難なく突破できることだろう。そうすれば、晴れて俺たちと一緒のチームだ。
そして、新年明けてしばらく経った。
新年一発目の鉄等級への昇級試験が行われ、ノビルはその試験を受けた。
ノビル曰く、試験を受けた感触としては上々だったらしいが、正式な結果発表は一週間後に持ち越しとなった。
そして、その結果発表の日がやって来る。
「ノビル、どうかねえ。ちゃんと合格できたかな?」
「さあ。落ちてるんじゃないですか?」
現在、俺、エリザ、レイラ、メリッサの四人は、大通りに面したとある酒場で飯を食っている。俺が酒を飲みながら呟くと、向かいの席に座っているレイラが素っ気無く答えた。
「ノビルのことですし、どうせ落ちてるんじゃないですか?」
そう言って悪態をついているが、一番期待してそわそわと結果を気にしているのがレイラだ。先ほどから落ち着いておらず、どこかうわの空である。酒にも料理にもほとんど手をつけていない。
そんなレイラの態度を面白く思ったのか、メリッサがニヤニヤとした笑みを浮かべており、その笑みに気づいたレイラは苛立ち気味にテーブルの下でメリッサの足を蹴っている。
なんとも仲が良いことだ。平和な光景だね。ワルイーゾたちを滅ぼしてからというもの、最近では毎日こんな風な平和な光景が繰り広げられている。
「受かったらご褒美にキスでもしてやれよレイラ」
「するわけないでしょ! 馬鹿じゃないの!」
仲良くじゃれ合う二人の様子を眺めながら、俺とエリザは優雅に酒を飲む。寒い日に飲む酒は最高だね。
「合否も気になりますけど、ノビル、この酒場にちゃんと来れるでしょうか?」
「レイラ、大丈夫だよ。今のノビルは無能じゃないから」
レイラは合否通知をもらったノビルが迷子にならずにこの酒場に到達できるか心配しているようだ。
そんな彼女に、俺は大丈夫だと伝える。
「そうですよね。でも心配で……」
今のノビルはバッドスキル【無能】が無くなったので無能ではないのだが、レイラの中では無能であった頃のノビルの印象が染み付いているらしく、心配で仕方ないようだ。相変わらずの過保護っぷりを見せている。
「大丈夫さ。今のノビルは迷子にはならないよ」
「そうですよね。でも心配で……」
ぶっちゃけ、迷子の心配よりもどちらかというと試験に合格できているか、という方が心配だ。
今回の食事会は、ノビルの鉄等級昇格のお祝いの席も兼ねている。もし落ちていたら最悪である。気まずいなんてもんじゃない。お通夜ムードでの食事会になってしまう。
(まあ大丈夫だとは思うけどな)
スキル【無能】が消えたことで、ノビルは物覚えが良くなったし、実技での動きも見違えるほど良くなった。ここんところレイラがつきっきりの家庭教師になって勉強と武術を教えていたので、筆記試験と実技試験の成績に関しては問題ないと思われる。
ただ問題は、試験成績以外での査定だ。昇級試験では、今までの冒険者実績などの査定点も加味される。
ノビルは今までが最悪だっただけに、ギルドの評価や依頼人の評価は良くない。年明けから毎日木等級の仕事をやっていたので、それでかなりイメージは挽回したはずであるが、どうなるかはわからない。イメージが回復しきれず落とされるという可能性は無きにしも非ずだ。
「そろそろ来るはずだけど……」
俺がそう呟くと、ちょうど店の扉が開いた。店の扉上部に備え付けられている小さな鐘が音を鳴らす。
――カランカラン。
現れたのはノビルであった。その表情からは合格であったのか不合格であったのか、俄かには判別できない。
「ノビル、どうだったの!?」
俺たちの姿を確認して近づいてきたノビルに、レイラが真っ先に口を開く。
「見てくれ」
ノビルは言葉で示す代わりに、懐から真新しい鉄のプレートを示してきた。鉄等級に合格した証だ。無事合格だったようだな。
「やったじゃない!」
「ああ! 俺もついにデック卒業だ!」
レイラは先ほどまでのイライラが嘘のように喜び、ノビルも嬉しそうだ。それにつられて俺たちの頬も緩む。
良かった。ノビルが合格だったから、お通夜ムードでの食事会は避けられそうだな。
ノビル、万年デック卒業おめでとう。
「それじゃ、改めまして乾杯。ノビル、合格おめでとう」
「ああ、ありがとうヨミト。そしてみんな」
ノビルを交えて酒盛りを再開する。先ほどまで心ここにあらずといった様子だったレイラだが、完全復活していつもの様子を取り戻す。
「ノビル、何食べたいの? 盛ってあげるから」
親切なレイラはノビルの取り皿に料理を盛ってあげようとする。するが、それをノビルはやんわりと制止する。
「レイラ。ここは俺に任せてくれ」
「え、でも……」
ノビル自ら皿に料理を盛ろうとするのを見て、レイラは心配そうな顔をする。
「レイラ、俺はもう無能じゃねえ。鉄等級にもなった。料理をよそおうとして、大皿の中身をひっくり返しちまうような無様な真似はしねえよ」
ノビルは自信に満ちた顔つきでそう言った。
「う、うん。そうだねごめん。ついくせで」
そう言うものの、レイラは未だ心配げな様子だ。レイラの脳裏には、無能時代のノビルの姿がまだ色濃く残っているのだろう。ノビルとの付き合いが一番長いだけに、そうであるようだ。
「ほ、本当に大丈夫?」
「レイラ心配すんなって」
レイラは子供が生まれて初めて何かしているのをおっかなびっくり見守るような感じで、ノビルが皿に料理をよそおうとするのを見ていた。
「ほらな」
無事に料理をよそうことのできたノビルは、ドヤ顔でそれを見せつけてくる。
ただ単に皿に料理を盛っただけなんだけどな。何でそんな誇らしげなのだろうか。
だがまあそんな単純なことすら、前のノビルは碌にできなかったわけか。だったら感動も一入だろう。
当人たちにしかわからない感動があるらしい。現に、レイラは感極まったような表情をしていた。小皿に料理を取り分けただけだというのに。
「ノビル、本当に成長したんだ……」
「成長とはちょっと違うかもな。ヨミトのおかげで、やっとまともになれたってだけだ。成長すんのはこれからさ」
レイラの言葉に、ノビルは照れ臭そうに笑う。それからよそった料理をがっつくように食べ始めた。
「そっか。それじゃいっぱい食べて成長しなきゃね。頑張ってノビル」
「ああ。それでいつかレイラにきっと追いつく。レイラの隣に立てる男になるから」
「……うん」
レイラとノビルが何やら良い雰囲気を醸し出している。それを見てメリッサがニヤニヤと笑みを浮かべ、レイラに足を踏みつけられていた。仲の良いことだな。
その後、和やかに宴は進んでいく。宴も酣。そんな時のことであった。
「レイラ!? それとノビルか!?」
新たに客が来店してくる。太り気味の若い男だ。そいつが俺たちの方を見て叫ぶように言った。
見たところ、商人らしいな。出で立ちからしてそうだ。
「アーサー!?」
「ガキ大将じゃねえか!?」
小太りの男の声に、レイラとノビルが反応する。どうやら二人の知り合いらしい。三人は、俺たちそっちのけで話を始めた。
「実はかくかくしかじかで……」
レイラが解放されたことやらなんやらを話しているようだ。俺が吸血鬼であること云々については、上手く誤魔化して説明しているようだな。
「そうかアンタのおかげで……俺からも礼を言わせてくれ。レイラとノビルを救ってくれてありがとう」
「いやいや感謝されるほどではないよ。自分のチームに優秀な人材を引き抜きたかったってのもあるし。打算込みでの行動だよ」
「それでもだ。ありがとう」
アーサーという男は俺に向かって深々と頭を下げる。
礼儀正しいな。そこそこ清らかな魂を持っていそうじゃないか。見た目もジューシーで美味しそうだな。血を飲んでみたいぞ。
「ガキ大将、詳しくは言えねえが、俺はヨミトのおかげで無能じゃなくなった。鉄等級にもなれたぜ」
「本当かよ!?」
「ああ。それとこれ、ギルド登録料やら何やら、遅くなったけどきっちり返すよ」
ノビルは財布から金を取り出すと、アーサーという男に渡していた。以前、金を借りていたらしい。律儀だな。
「ありがとうガキ大将。いや、アーサーランスロットガウェインパーシヴァルガラハッドケイベディヴィアトリスタンガレスボールスラモラックユーウェインパロミデスアグラヴェインペリノアモードレッド。そう正しく言った方がいいか?」
ノビルはドヤ顔で呪文のような長い言葉を口にした。どうしたんだ急に。
「おまっ!? お前、ノビル、俺の名前、言えるようになったのか!?」
「ああ。今の俺ならガキ大将の名前、ちゃんと言えるぜ。今の俺は無能じゃない」
どうやらあの長ったらしい呪文みたいなのは名前だったらしい。あんな長い不便な名前をつけるなんて親の顔が見てみたいぞ。
「ハハ、俺、夢見てるんじゃねえか?」
「アーサー、泣くなよ」
「だってさ、ノビルが俺の名前を、前は端折ったアーサーすら言えなかったのに、全部言えるなんて……うぅ」
「そんなに嬉しいかよ。だったらもういっぺん言ってやろうか?」
「ああ頼む!」
「へへ、同じことを言わすなんて、今のアーサーは昔の俺みたいだな!」
「あはは、違いない!」
ノビルたちは大いに盛り上がる。そんな彼らを、俺、エリザ、メリッサの三人は温かく見守っていた。
そんな時のことであった。
「おやおや、こりゃ皆さんお揃いで。万年デックのノビルちゃんもいるじゃねえか」
新たに来店してきた客の男。イケメンだが意地の悪そうな男である。そいつが、俺たちに絡んできたのだった。
そんなことをしていると、怒濤のような年末を過ごすことになった。ゆっくりニューイヤーカウントダウンをする暇もなかった。気づけば年を越していた。
年末までダンジョンマスターとしての仕事をすることになるとはね。ワーカーホリックもいいところだろう。
忙しかったせいで、年越し蕎麦を食いそびれてしまったぜ。この世界で記念すべき初めての年越しだというのに、なんてことだ。
意外と縁起を担ぐタイプの俺は、年越し蕎麦を食べられなかったことに気づいた時、「これじゃ長生きできない! この世界でも早死してしまう!」と大いに嘆いてダンジョンの皆を困らせた。それで優しいエリザに慰められることになったのは余談だ。
年越し蕎麦が食べられなかった最悪の年末だが、まあその代わり、得たものは沢山あった。
ノビルという新しい手駒も得たし、悪事を働いていたバッド商会の面々をスキル【洗脳】を使って強制的に手駒にすることができた。ダンジョンの人材を大幅に増やすことができたと言えるだろう。
ちなみに、眷属にした直後のノビルのステータスはこんな感じだった。
――ステータス・オープン。
名前:ノビル(lv.3) 種族:人間
HP:23/23 MP:8/8
能力:【無能】【狂化】
無能:全能力値が常に大幅に下がる。戦闘・スキル経験値獲得率に大幅マイナス補正。
狂化:発動すると、怒りに任せて戦う。全能力値が一時的に大幅に上がる。その後、しばらくの間、逆に下がる。
【無能】という名のスキルを本当に持っているとわかって、不謹慎だけど少し笑ってしまった。
笑うと同時に少しだけ同情もした。【無能】は最悪なデメリットを持つバッドスキルで、これを持っているとまともな人生は送れなさそうだった。
ステータスを吟味すると、ノビルは【無能】の他に、【狂化】というユニークなスキルを持っていることもわかった。
【狂化】は一時的にバーサーカーになれる面白いスキルみたいだね。ここぞというところで使えば、三面六臂の活躍ができそうだ。
ちなみにこのスキル【狂化】は、俺とエリザもラーニングしたよ。ノビルが眷属になった後、彼の血を頂いた際にゲットできた。
追い込まれて覚醒するバーサーカー吸血鬼なんて、何か格好良さそうだ。まあそこまで追い込まれる事態なんてあって欲しくないけどさ。
話をノビルに戻そう。【無能】のバッドスキルさえ消して育てれば、ノビルはそこそこ強そうな人材だった。
そんなノビルには、バッドスキル【無能】を消すと同時、【斧術】というスキルを付与しておいた。せっかくだから狂戦士みたいなキャラに育てようと思ったのだ。斧使いのバーサーカーとか見てて面白そうだしさ。
ノビルには今後、俺たちの冒険者チームの一員として働いてもらう予定である。ノビルとレイラは幼馴染で仲が良いみたいだし、一緒に運用した方がいいだろうと思ったからね。
ダンジョン防衛はインディスとデュワが産んだゴブリンたちが担ってくれるし、ノビルはダンジョン外で運用することにした。人間にしかできない冒険者活動を通してダンジョンに貢献してもらおう。
冒険者として活動してもらうといっても、ノビルは木等級なので俺たち鉄等級と一緒の仕事は受けられない。だからノビルには当分、一人で木等級の仕事をしてもらうつもりである。それで鉄等級に上がったら、俺たちと一緒の仕事をしてもらうつもりである。
まあ無能じゃなくなったノビルなら、木等級の仕事なんて楽勝だろう。次の昇級試験は難なく突破できることだろう。そうすれば、晴れて俺たちと一緒のチームだ。
そして、新年明けてしばらく経った。
新年一発目の鉄等級への昇級試験が行われ、ノビルはその試験を受けた。
ノビル曰く、試験を受けた感触としては上々だったらしいが、正式な結果発表は一週間後に持ち越しとなった。
そして、その結果発表の日がやって来る。
「ノビル、どうかねえ。ちゃんと合格できたかな?」
「さあ。落ちてるんじゃないですか?」
現在、俺、エリザ、レイラ、メリッサの四人は、大通りに面したとある酒場で飯を食っている。俺が酒を飲みながら呟くと、向かいの席に座っているレイラが素っ気無く答えた。
「ノビルのことですし、どうせ落ちてるんじゃないですか?」
そう言って悪態をついているが、一番期待してそわそわと結果を気にしているのがレイラだ。先ほどから落ち着いておらず、どこかうわの空である。酒にも料理にもほとんど手をつけていない。
そんなレイラの態度を面白く思ったのか、メリッサがニヤニヤとした笑みを浮かべており、その笑みに気づいたレイラは苛立ち気味にテーブルの下でメリッサの足を蹴っている。
なんとも仲が良いことだ。平和な光景だね。ワルイーゾたちを滅ぼしてからというもの、最近では毎日こんな風な平和な光景が繰り広げられている。
「受かったらご褒美にキスでもしてやれよレイラ」
「するわけないでしょ! 馬鹿じゃないの!」
仲良くじゃれ合う二人の様子を眺めながら、俺とエリザは優雅に酒を飲む。寒い日に飲む酒は最高だね。
「合否も気になりますけど、ノビル、この酒場にちゃんと来れるでしょうか?」
「レイラ、大丈夫だよ。今のノビルは無能じゃないから」
レイラは合否通知をもらったノビルが迷子にならずにこの酒場に到達できるか心配しているようだ。
そんな彼女に、俺は大丈夫だと伝える。
「そうですよね。でも心配で……」
今のノビルはバッドスキル【無能】が無くなったので無能ではないのだが、レイラの中では無能であった頃のノビルの印象が染み付いているらしく、心配で仕方ないようだ。相変わらずの過保護っぷりを見せている。
「大丈夫さ。今のノビルは迷子にはならないよ」
「そうですよね。でも心配で……」
ぶっちゃけ、迷子の心配よりもどちらかというと試験に合格できているか、という方が心配だ。
今回の食事会は、ノビルの鉄等級昇格のお祝いの席も兼ねている。もし落ちていたら最悪である。気まずいなんてもんじゃない。お通夜ムードでの食事会になってしまう。
(まあ大丈夫だとは思うけどな)
スキル【無能】が消えたことで、ノビルは物覚えが良くなったし、実技での動きも見違えるほど良くなった。ここんところレイラがつきっきりの家庭教師になって勉強と武術を教えていたので、筆記試験と実技試験の成績に関しては問題ないと思われる。
ただ問題は、試験成績以外での査定だ。昇級試験では、今までの冒険者実績などの査定点も加味される。
ノビルは今までが最悪だっただけに、ギルドの評価や依頼人の評価は良くない。年明けから毎日木等級の仕事をやっていたので、それでかなりイメージは挽回したはずであるが、どうなるかはわからない。イメージが回復しきれず落とされるという可能性は無きにしも非ずだ。
「そろそろ来るはずだけど……」
俺がそう呟くと、ちょうど店の扉が開いた。店の扉上部に備え付けられている小さな鐘が音を鳴らす。
――カランカラン。
現れたのはノビルであった。その表情からは合格であったのか不合格であったのか、俄かには判別できない。
「ノビル、どうだったの!?」
俺たちの姿を確認して近づいてきたノビルに、レイラが真っ先に口を開く。
「見てくれ」
ノビルは言葉で示す代わりに、懐から真新しい鉄のプレートを示してきた。鉄等級に合格した証だ。無事合格だったようだな。
「やったじゃない!」
「ああ! 俺もついにデック卒業だ!」
レイラは先ほどまでのイライラが嘘のように喜び、ノビルも嬉しそうだ。それにつられて俺たちの頬も緩む。
良かった。ノビルが合格だったから、お通夜ムードでの食事会は避けられそうだな。
ノビル、万年デック卒業おめでとう。
「それじゃ、改めまして乾杯。ノビル、合格おめでとう」
「ああ、ありがとうヨミト。そしてみんな」
ノビルを交えて酒盛りを再開する。先ほどまで心ここにあらずといった様子だったレイラだが、完全復活していつもの様子を取り戻す。
「ノビル、何食べたいの? 盛ってあげるから」
親切なレイラはノビルの取り皿に料理を盛ってあげようとする。するが、それをノビルはやんわりと制止する。
「レイラ。ここは俺に任せてくれ」
「え、でも……」
ノビル自ら皿に料理を盛ろうとするのを見て、レイラは心配そうな顔をする。
「レイラ、俺はもう無能じゃねえ。鉄等級にもなった。料理をよそおうとして、大皿の中身をひっくり返しちまうような無様な真似はしねえよ」
ノビルは自信に満ちた顔つきでそう言った。
「う、うん。そうだねごめん。ついくせで」
そう言うものの、レイラは未だ心配げな様子だ。レイラの脳裏には、無能時代のノビルの姿がまだ色濃く残っているのだろう。ノビルとの付き合いが一番長いだけに、そうであるようだ。
「ほ、本当に大丈夫?」
「レイラ心配すんなって」
レイラは子供が生まれて初めて何かしているのをおっかなびっくり見守るような感じで、ノビルが皿に料理をよそおうとするのを見ていた。
「ほらな」
無事に料理をよそうことのできたノビルは、ドヤ顔でそれを見せつけてくる。
ただ単に皿に料理を盛っただけなんだけどな。何でそんな誇らしげなのだろうか。
だがまあそんな単純なことすら、前のノビルは碌にできなかったわけか。だったら感動も一入だろう。
当人たちにしかわからない感動があるらしい。現に、レイラは感極まったような表情をしていた。小皿に料理を取り分けただけだというのに。
「ノビル、本当に成長したんだ……」
「成長とはちょっと違うかもな。ヨミトのおかげで、やっとまともになれたってだけだ。成長すんのはこれからさ」
レイラの言葉に、ノビルは照れ臭そうに笑う。それからよそった料理をがっつくように食べ始めた。
「そっか。それじゃいっぱい食べて成長しなきゃね。頑張ってノビル」
「ああ。それでいつかレイラにきっと追いつく。レイラの隣に立てる男になるから」
「……うん」
レイラとノビルが何やら良い雰囲気を醸し出している。それを見てメリッサがニヤニヤと笑みを浮かべ、レイラに足を踏みつけられていた。仲の良いことだな。
その後、和やかに宴は進んでいく。宴も酣。そんな時のことであった。
「レイラ!? それとノビルか!?」
新たに客が来店してくる。太り気味の若い男だ。そいつが俺たちの方を見て叫ぶように言った。
見たところ、商人らしいな。出で立ちからしてそうだ。
「アーサー!?」
「ガキ大将じゃねえか!?」
小太りの男の声に、レイラとノビルが反応する。どうやら二人の知り合いらしい。三人は、俺たちそっちのけで話を始めた。
「実はかくかくしかじかで……」
レイラが解放されたことやらなんやらを話しているようだ。俺が吸血鬼であること云々については、上手く誤魔化して説明しているようだな。
「そうかアンタのおかげで……俺からも礼を言わせてくれ。レイラとノビルを救ってくれてありがとう」
「いやいや感謝されるほどではないよ。自分のチームに優秀な人材を引き抜きたかったってのもあるし。打算込みでの行動だよ」
「それでもだ。ありがとう」
アーサーという男は俺に向かって深々と頭を下げる。
礼儀正しいな。そこそこ清らかな魂を持っていそうじゃないか。見た目もジューシーで美味しそうだな。血を飲んでみたいぞ。
「ガキ大将、詳しくは言えねえが、俺はヨミトのおかげで無能じゃなくなった。鉄等級にもなれたぜ」
「本当かよ!?」
「ああ。それとこれ、ギルド登録料やら何やら、遅くなったけどきっちり返すよ」
ノビルは財布から金を取り出すと、アーサーという男に渡していた。以前、金を借りていたらしい。律儀だな。
「ありがとうガキ大将。いや、アーサーランスロットガウェインパーシヴァルガラハッドケイベディヴィアトリスタンガレスボールスラモラックユーウェインパロミデスアグラヴェインペリノアモードレッド。そう正しく言った方がいいか?」
ノビルはドヤ顔で呪文のような長い言葉を口にした。どうしたんだ急に。
「おまっ!? お前、ノビル、俺の名前、言えるようになったのか!?」
「ああ。今の俺ならガキ大将の名前、ちゃんと言えるぜ。今の俺は無能じゃない」
どうやらあの長ったらしい呪文みたいなのは名前だったらしい。あんな長い不便な名前をつけるなんて親の顔が見てみたいぞ。
「ハハ、俺、夢見てるんじゃねえか?」
「アーサー、泣くなよ」
「だってさ、ノビルが俺の名前を、前は端折ったアーサーすら言えなかったのに、全部言えるなんて……うぅ」
「そんなに嬉しいかよ。だったらもういっぺん言ってやろうか?」
「ああ頼む!」
「へへ、同じことを言わすなんて、今のアーサーは昔の俺みたいだな!」
「あはは、違いない!」
ノビルたちは大いに盛り上がる。そんな彼らを、俺、エリザ、メリッサの三人は温かく見守っていた。
そんな時のことであった。
「おやおや、こりゃ皆さんお揃いで。万年デックのノビルちゃんもいるじゃねえか」
新たに来店してきた客の男。イケメンだが意地の悪そうな男である。そいつが、俺たちに絡んできたのだった。
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