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五章
宿泊者名簿No.17 勇者ライト7/10(奴隷市場)
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ヨミトさんの眷属となり、己の身体に植えつけられていた忌まわしきバッドスキル【堕落状態】をとってもらった。そのおかげで俺は元の自分を取り戻した。あとはセインを取り戻すだけである。
「セインをどこにやった! 吐かないともっと苦しめるぞ!」
「やめろ! そんな痛いことすんじゃねえ、やめろぉお♡ おぉおん♡」
「喜んでんじゃねえよこのクソ野郎が! ああ忌々しい! エリザさん、スキル【変化】を貸してください!」
「ええいいですわ」
ゾォークに拷問を加え、セインの情報を吐き出させた。
ゾォークはとんでもない変態で、拷問している最中も俺をイラつかせた。
「あの娘はぁ、毒蜘蛛を通して奴隷として売り払いましたぁ♡ 超高値で売れましたぁ♡」
「そうか。情報を吐いてくれたお礼にぶん殴ってやるよ」
「ぶへぇ♡」
セインは毒蜘蛛の幹部カバキというやつを介して奴隷として売られたのだとか。港町イティーバの奴隷市場に出回っているかもしれないとのことだった。
すぐに出立してセインを探すことになった。
「それじゃ行こうかライト」
「はい」
ヨミトさんと二人で王都を発ち、南西の海沿いにあるイティーバという港街を目指す。
(セイン、待っていてくれ。必ず君を助け出す!)
セインが傍らにいない旅なんて初めてのことで、道中の俺は妙な焦燥感に駆られて旅路を急いだ。
そうして丸一日ほどかけて、イティーバに辿りつくことができた。
「へぇ。ここがイティーバか。まあまあ栄えてるね」
「昔はもっと栄えていたらしいですけどね。帝国による海上封鎖の影響で荷が入り辛くなってて近年は衰退傾向にあるようですよ」
「ライトはここに来たことあるの?」
「いえ、俺も来たことはありません。前に神父さんから聞いたことの受け売りですよ」
かつてのイティーバは、各国と貿易した荷を下ろしてそれを王都へと運ぶことで莫大な利益を上げていたらしい。王国にとって重要な貿易港であったらしいのだが、最近では積荷も年々減少傾向にあるのだとか。主に帝国との長引く戦争のせいだ。
「カーネラさんの話では、目玉の奴隷市場は夜に開かれるって話だったね」
「ええ。それまでどうします?」
ヨミトさんの眷属には様々な人がいて、その内の一人のカーネラという女性は、ミッドロウという街で娼館を経営しているらしい。それで彼女はこのイティーバの奴隷市場にも来たことがあり事情に詳しかった。
イティーバの奴隷市場は朝から晩まで開かれているが、目玉の奴隷の入札は日が落ちてから行われる。その特別な競りは競売参加証を持っていないと入れない――などなど、カーネラさんは色々と教えてくれた。
競売参加証はそのカーネラさんから借り受けることできたので問題はなかった。問題は参加証に描かれている顔写真だ。写真には、当然ながらカーネラさんの顔が描かれている。
本人ではない顔写真の入った参加証が使えるのだろうか。一瞬疑問に思ったのだが、何の問題もなかった。
(あ、そうか。ヨミトさんは姿を変えられるんだ)
ヨミトさんは姿を変えられるスキルを持っているのだから、何の心配もいらなかった。
「もうすぐ夜だね。ではその奴隷市場とやらに向かおうか。おっとその前に」
ヨミトさんは建物の影に隠れると、変化のスキルを発動した。
「さあ行きましょう。ライトさん」
先ほどまでの男性の姿とは打って変わって、ヨミトさんは妖艶な女性の姿になって現れた。ダンジョンで会ったカーネラさんと瓜二つだった。
姿形を一瞬で他人の姿に変えるなんて、やはりヨミトさんの持つ力は凄すぎると思った。
「ミッドロウの宵蝶の女店主カーネラとその付き人か。どうだ最近は? 新しい奴隷を買うってことは儲かってるのか?」
「いやいや不景気で困るわ。だから目新しい子を仕入れようと思ってね。店の目玉にしようと考えてるのよ」
「そういうことか。問題ない。入っていいぞ」
証明書の確認のために建物の入り口で足止めされるが、ヨミトさんがカーネラさんに化けていてくれるおかげで問題なく通過できた。
ヨミトさん、何気に女の人の仕草が堂に入っていた。完全に女にしか見えない。
女装癖でもあるのだろうかと思ったが、口に出すのは怖いので、俺は疑問を飲み込むことにした。
(凄い。こんなところ、初めて入るぞ……)
建物の中は劇場のようなつくりになっていた。大きな魔道具の投影機が設置されており、後ろの方の席でも壇上の様子が問題なくわかるようになっていた。
(貴族もいるのか……。本当にどうしようもないな)
会場には様々な人間がいた。カーネラさんのようないかにも夜の商売をやっていますと言うような人間、それなりに名の知れた冒険者、貴族の代理人を務める執事――といった、様々な人間たちだ。
怪しげな身分の奴らもいれば、ちゃんとした身なりの人間もいた。金とそれなりの信用(参加証)さえあれば、誰でも会場に入れるようであった。
「ヨミトさんは今までにこういうところに入ったことあるんですか?」
「いやないよ。今日が初めてだね。カーネラにそういうところがあるって聞いて前から興味あったんだけど、行く機会がなかったからね」
小声でヨミトさんに尋ねると、返答が返ってくる。彼のような超越した存在の人でも初めて経験するということがあるらしかった。
「――それでは夜の部、本日の一巡目の商品のご紹介をしたく存じます。まずは戦奴隷のご紹介です」
指定された席に座り待っていると、まもなく取引が始まった。
裸にされた若い男たちが運ばれてくる。裸にされているのは辱めを与えているわけではなく、戦奴隷に必要な肉体の具合の確かめの意味合いがあるらしい。
「俺の自慢の筋肉、見てくれや! オラァ! ムッキムッキやぞ!」
裸であるというのに、奴隷たちは恥ずかしがる様子をまったく見せていなかった。それどころか、むしろウキウキとした面持ちで自らの肉体を披露していた。
「ワイの筋肉も見てくれやで! 最高の状態やで!」
「俺のも見ろや! 上半身だけじゃねえ! 下半身もムキムキじゃあ!」
「俺のもカッチカチだぞ! 見ろやァ!」
一人くらい反逆しそうな者がいてもよさそうだがいない。奴隷たちは手枷などを何もされてないというのに暴れる素振りがまったく見られず、嬉々とした表情で己の肉体を披露するだけだった。
何かしらの魔道具によって操られているとでも言うのだろうか。奴隷たちの肩には魔術印が印されていたので、おそらくそうだと思われた。
「アタイの筋肉も見ときなよ! ほらほら!」
男が多いが中には女の姿もあった。いずれも帝国との戦争の捕虜のようだった。身分が低く人質としての価値がないので、こういった市場に出回っているらしかった。
負けた王国側の市場でこれだけの捕虜がいるなら、帝国側の市場ではどれだけの王国兵士がいることやら。想像すると胸が痛かった。
「おぉ、本当に人間が売り買いされてるな。中世感満載で異世界に来たって感じだ。やっぱ異世界転生したら奴隷市場を見学しないと始まらないよなぁ。男主人公も女主人公も、転生したら速攻で異性の見目麗しい奴隷を買うのがテンプレだしなぁ。ようやく俺もそのテンプレを体験できるのか。感無量だな」
ヨミトさんはワクワクした様子で奴隷の競売を眺めていた。まるで観光気分のようで、俺にはよくわからないことをブツブツと呟いて自分の世界に入っていた。
イセカイテンセーって何のことだろうか?
(本当に悪魔ですね。ヨミトさん)
人間が売り買いされる場を見てワクワクするなんて、この人は本当に悪魔なんだと思った。
(でも悪魔なのはこいつらも一緒か……)
悪魔であるヨミトさんや人を人と思わぬヤクザな連中はともかく、奴隷売買の場には名の知れた冒険者や貴族の代理人もいた。
社会において品行正しくあるべき存在が、裏では奴隷の売買に手を染めている。人間の皮を被っているだけで、こいつらも悪魔には違いなかった。
(俺もヨミトさんに助けられなければあの中にいたかもしれないのか……)
そう思ったらゾッとしたし、あの中にいるであろうセインのことを思うと、胸が痛かった。
「続きまして侍従・愛玩用の奴隷のご紹介となります」
男ばかりだった戦奴隷の紹介が終わると、今度は女ばかりが運ばれてきた。
見目の整った女が多いが、中には男の姿もあった。男娼用として取引されているのだろう。人間だけでなく魔物の姿も多々あった。
全員裸にされているが、これも先ほどと同じで肉体の具合の確かめの意味合いがあるのだと思われた。
先ほどの戦奴隷の時とは違い、競売参加者たちは好色そうな目つきで商品を眺め始めた。
「こちらの奴隷の名はエイ! 魚人族の娘です! ご覧の通り、見目麗しい娘です。そして乙女でもあります!」
エイという魚人族の娘はあられもない姿を晒し、この場における自身の商品としての価値を披露する。あんなところやこんなところまで。
とんでもない格好をしているというのに、恥ずかしさなどまるでない。先ほどの戦奴隷の男たちと同じように、嬉々とした表情で己の肉体を晒していた。
「さらには低級の水魔法、浄化の魔法が使えます! 水中での作業、護衛、身の回りの世話をさせるのにも最適! 素晴らしい奴隷となっております! 支配の指輪つきで、50ゴルゴンからどうぞ!」
「五十三番、51ゴルゴン!」
「七十番、55ゴルゴン!」
人魚の娘の入札が始まり、ヨミトさんも手元の魔道具を操作して入札に参加していた。「処女の人魚の血、吸いたいなぁ」とか小声でブツブツ言いながら必死に落札しようとしていた。
「123ゴルゴン! ミッドロウの宵蝶の主人、カーネラ様の落札となりました!」
最終的に、ヨミトさんはエイという魚人族の娘、ビイという牛人族の娘、シイという猫人族の娘を購入していた。さらに魔物娘の入札では、リムという名の夢魔をも購入していた。
そんな散財して大丈夫なのかと思ったが、ヨミトさん曰く「ダンジョンの労働力、戦力、そして俺とエリザの新しいスキルを買うのだと思えば安いもの」とのことらしい。俺にはよくわからなかったが、ヨミトさん的には元がとれるとの計算のようだった。
ちなみに、魚人、牛人、猫人――いわゆる亜人、獣人と呼ばれる種族は、いずれも人の言語を操る知性の高い種族であり、魔物とは区別される種族である。地域によっては魔物と一緒にされるところもあるらしいが、生物学的には明確に魔物ではなく、基本的には人として扱われる。
夢魔は下級の悪魔で、鋼等級相当の魔物である。人化の魔法によって人間に化けて夜な夜な人里に下り、人を誑かして精を貪るのだとか。
夢魔と似た魔物で淫魔がいるが、そっちの方は金等級の恐ろしい魔物であるらしい。だが夢魔はそうでない。大悪魔である淫魔に仕える下級の悪魔なのだとか。淫魔の下級種とも言う。
今回入札に出されていた夢魔は、悪魔祓いなる冒険者チームが淫魔を討伐した際、捕獲したものらしかった。
ヨミトさんはそんな魔物を大金払って購入してどうしようというのか。慰み者にするわけではあるまい。
まあ魔王だから自らの野望のための駒にするつもりなのだろう。魔王の眷属となったこの俺を利用しようとしているのと同じように……。
「よし、これでたぶん水魔法スキルと新しい身体強化系魔法スキルが使えるようになるな。ふふ」
ヨミトさんは奴隷を落札した後、ワクワクした面持ちでわけのわからぬことを呟いていた。魔王の考えることなんて、一般人の俺には到底理解が及ばない。
「ミッドロウの宵蝶は亜人で攻めるのか? 夢魔も買ってどうするつもりだ?」
「不景気だからって思い切ったことやるなぁ。女性ならではの斬新な発想だ」
「あんな辺鄙な街で亜人の需要なんてあるのか?」
「近辺の金持ちの好事家に代理で買い物を頼まれただけじゃないのか?」
奴隷を買いまくるカーネラさん(の姿をしたヨミトさん)は、周囲の同業者であろう人々から胡乱な目を向けられていた。
あとで上手いように対応することになるであろうカーネラさん(本物)は大変だろう。
「続きまして、本日最後の商品のお披露目となります!」
司会の男の言葉に、俺は落胆した。
次が最後ということは、次に紹介される奴隷たちの中にセインがいなかったら、また一から捜索のやり直しをしなければいけないということになるからだ。
(頼むセイン。売られていてくれ……)
既に売られてしまっていてここにはいないのだろうか。色んな考えがグルグルと回って不安に駆られる。そんな中、競りは淡々と進められていった。
「最終組は今日一番の目玉を揃えておりますので、こぞって競りに参加してくださいませ! では商品のご入場!」
目玉と謳われるだけあって、特段見目の麗しい娘たちが運ばれてくる。見慣れぬ娘ばかりであり、もうダメかと諦めかけた――その時。
(セインっ! いた! セインがいたぞ!)
最後の最後で運ばれてきた奴隷はセインだった。
セインは他の娘たちと同じく、一糸纏わぬ姿を晒していた。それなのに恥ずかしがる素振りなど見られない。別人のような姿でそこにいたのだった。
「セインをどこにやった! 吐かないともっと苦しめるぞ!」
「やめろ! そんな痛いことすんじゃねえ、やめろぉお♡ おぉおん♡」
「喜んでんじゃねえよこのクソ野郎が! ああ忌々しい! エリザさん、スキル【変化】を貸してください!」
「ええいいですわ」
ゾォークに拷問を加え、セインの情報を吐き出させた。
ゾォークはとんでもない変態で、拷問している最中も俺をイラつかせた。
「あの娘はぁ、毒蜘蛛を通して奴隷として売り払いましたぁ♡ 超高値で売れましたぁ♡」
「そうか。情報を吐いてくれたお礼にぶん殴ってやるよ」
「ぶへぇ♡」
セインは毒蜘蛛の幹部カバキというやつを介して奴隷として売られたのだとか。港町イティーバの奴隷市場に出回っているかもしれないとのことだった。
すぐに出立してセインを探すことになった。
「それじゃ行こうかライト」
「はい」
ヨミトさんと二人で王都を発ち、南西の海沿いにあるイティーバという港街を目指す。
(セイン、待っていてくれ。必ず君を助け出す!)
セインが傍らにいない旅なんて初めてのことで、道中の俺は妙な焦燥感に駆られて旅路を急いだ。
そうして丸一日ほどかけて、イティーバに辿りつくことができた。
「へぇ。ここがイティーバか。まあまあ栄えてるね」
「昔はもっと栄えていたらしいですけどね。帝国による海上封鎖の影響で荷が入り辛くなってて近年は衰退傾向にあるようですよ」
「ライトはここに来たことあるの?」
「いえ、俺も来たことはありません。前に神父さんから聞いたことの受け売りですよ」
かつてのイティーバは、各国と貿易した荷を下ろしてそれを王都へと運ぶことで莫大な利益を上げていたらしい。王国にとって重要な貿易港であったらしいのだが、最近では積荷も年々減少傾向にあるのだとか。主に帝国との長引く戦争のせいだ。
「カーネラさんの話では、目玉の奴隷市場は夜に開かれるって話だったね」
「ええ。それまでどうします?」
ヨミトさんの眷属には様々な人がいて、その内の一人のカーネラという女性は、ミッドロウという街で娼館を経営しているらしい。それで彼女はこのイティーバの奴隷市場にも来たことがあり事情に詳しかった。
イティーバの奴隷市場は朝から晩まで開かれているが、目玉の奴隷の入札は日が落ちてから行われる。その特別な競りは競売参加証を持っていないと入れない――などなど、カーネラさんは色々と教えてくれた。
競売参加証はそのカーネラさんから借り受けることできたので問題はなかった。問題は参加証に描かれている顔写真だ。写真には、当然ながらカーネラさんの顔が描かれている。
本人ではない顔写真の入った参加証が使えるのだろうか。一瞬疑問に思ったのだが、何の問題もなかった。
(あ、そうか。ヨミトさんは姿を変えられるんだ)
ヨミトさんは姿を変えられるスキルを持っているのだから、何の心配もいらなかった。
「もうすぐ夜だね。ではその奴隷市場とやらに向かおうか。おっとその前に」
ヨミトさんは建物の影に隠れると、変化のスキルを発動した。
「さあ行きましょう。ライトさん」
先ほどまでの男性の姿とは打って変わって、ヨミトさんは妖艶な女性の姿になって現れた。ダンジョンで会ったカーネラさんと瓜二つだった。
姿形を一瞬で他人の姿に変えるなんて、やはりヨミトさんの持つ力は凄すぎると思った。
「ミッドロウの宵蝶の女店主カーネラとその付き人か。どうだ最近は? 新しい奴隷を買うってことは儲かってるのか?」
「いやいや不景気で困るわ。だから目新しい子を仕入れようと思ってね。店の目玉にしようと考えてるのよ」
「そういうことか。問題ない。入っていいぞ」
証明書の確認のために建物の入り口で足止めされるが、ヨミトさんがカーネラさんに化けていてくれるおかげで問題なく通過できた。
ヨミトさん、何気に女の人の仕草が堂に入っていた。完全に女にしか見えない。
女装癖でもあるのだろうかと思ったが、口に出すのは怖いので、俺は疑問を飲み込むことにした。
(凄い。こんなところ、初めて入るぞ……)
建物の中は劇場のようなつくりになっていた。大きな魔道具の投影機が設置されており、後ろの方の席でも壇上の様子が問題なくわかるようになっていた。
(貴族もいるのか……。本当にどうしようもないな)
会場には様々な人間がいた。カーネラさんのようないかにも夜の商売をやっていますと言うような人間、それなりに名の知れた冒険者、貴族の代理人を務める執事――といった、様々な人間たちだ。
怪しげな身分の奴らもいれば、ちゃんとした身なりの人間もいた。金とそれなりの信用(参加証)さえあれば、誰でも会場に入れるようであった。
「ヨミトさんは今までにこういうところに入ったことあるんですか?」
「いやないよ。今日が初めてだね。カーネラにそういうところがあるって聞いて前から興味あったんだけど、行く機会がなかったからね」
小声でヨミトさんに尋ねると、返答が返ってくる。彼のような超越した存在の人でも初めて経験するということがあるらしかった。
「――それでは夜の部、本日の一巡目の商品のご紹介をしたく存じます。まずは戦奴隷のご紹介です」
指定された席に座り待っていると、まもなく取引が始まった。
裸にされた若い男たちが運ばれてくる。裸にされているのは辱めを与えているわけではなく、戦奴隷に必要な肉体の具合の確かめの意味合いがあるらしい。
「俺の自慢の筋肉、見てくれや! オラァ! ムッキムッキやぞ!」
裸であるというのに、奴隷たちは恥ずかしがる様子をまったく見せていなかった。それどころか、むしろウキウキとした面持ちで自らの肉体を披露していた。
「ワイの筋肉も見てくれやで! 最高の状態やで!」
「俺のも見ろや! 上半身だけじゃねえ! 下半身もムキムキじゃあ!」
「俺のもカッチカチだぞ! 見ろやァ!」
一人くらい反逆しそうな者がいてもよさそうだがいない。奴隷たちは手枷などを何もされてないというのに暴れる素振りがまったく見られず、嬉々とした表情で己の肉体を披露するだけだった。
何かしらの魔道具によって操られているとでも言うのだろうか。奴隷たちの肩には魔術印が印されていたので、おそらくそうだと思われた。
「アタイの筋肉も見ときなよ! ほらほら!」
男が多いが中には女の姿もあった。いずれも帝国との戦争の捕虜のようだった。身分が低く人質としての価値がないので、こういった市場に出回っているらしかった。
負けた王国側の市場でこれだけの捕虜がいるなら、帝国側の市場ではどれだけの王国兵士がいることやら。想像すると胸が痛かった。
「おぉ、本当に人間が売り買いされてるな。中世感満載で異世界に来たって感じだ。やっぱ異世界転生したら奴隷市場を見学しないと始まらないよなぁ。男主人公も女主人公も、転生したら速攻で異性の見目麗しい奴隷を買うのがテンプレだしなぁ。ようやく俺もそのテンプレを体験できるのか。感無量だな」
ヨミトさんはワクワクした様子で奴隷の競売を眺めていた。まるで観光気分のようで、俺にはよくわからないことをブツブツと呟いて自分の世界に入っていた。
イセカイテンセーって何のことだろうか?
(本当に悪魔ですね。ヨミトさん)
人間が売り買いされる場を見てワクワクするなんて、この人は本当に悪魔なんだと思った。
(でも悪魔なのはこいつらも一緒か……)
悪魔であるヨミトさんや人を人と思わぬヤクザな連中はともかく、奴隷売買の場には名の知れた冒険者や貴族の代理人もいた。
社会において品行正しくあるべき存在が、裏では奴隷の売買に手を染めている。人間の皮を被っているだけで、こいつらも悪魔には違いなかった。
(俺もヨミトさんに助けられなければあの中にいたかもしれないのか……)
そう思ったらゾッとしたし、あの中にいるであろうセインのことを思うと、胸が痛かった。
「続きまして侍従・愛玩用の奴隷のご紹介となります」
男ばかりだった戦奴隷の紹介が終わると、今度は女ばかりが運ばれてきた。
見目の整った女が多いが、中には男の姿もあった。男娼用として取引されているのだろう。人間だけでなく魔物の姿も多々あった。
全員裸にされているが、これも先ほどと同じで肉体の具合の確かめの意味合いがあるのだと思われた。
先ほどの戦奴隷の時とは違い、競売参加者たちは好色そうな目つきで商品を眺め始めた。
「こちらの奴隷の名はエイ! 魚人族の娘です! ご覧の通り、見目麗しい娘です。そして乙女でもあります!」
エイという魚人族の娘はあられもない姿を晒し、この場における自身の商品としての価値を披露する。あんなところやこんなところまで。
とんでもない格好をしているというのに、恥ずかしさなどまるでない。先ほどの戦奴隷の男たちと同じように、嬉々とした表情で己の肉体を晒していた。
「さらには低級の水魔法、浄化の魔法が使えます! 水中での作業、護衛、身の回りの世話をさせるのにも最適! 素晴らしい奴隷となっております! 支配の指輪つきで、50ゴルゴンからどうぞ!」
「五十三番、51ゴルゴン!」
「七十番、55ゴルゴン!」
人魚の娘の入札が始まり、ヨミトさんも手元の魔道具を操作して入札に参加していた。「処女の人魚の血、吸いたいなぁ」とか小声でブツブツ言いながら必死に落札しようとしていた。
「123ゴルゴン! ミッドロウの宵蝶の主人、カーネラ様の落札となりました!」
最終的に、ヨミトさんはエイという魚人族の娘、ビイという牛人族の娘、シイという猫人族の娘を購入していた。さらに魔物娘の入札では、リムという名の夢魔をも購入していた。
そんな散財して大丈夫なのかと思ったが、ヨミトさん曰く「ダンジョンの労働力、戦力、そして俺とエリザの新しいスキルを買うのだと思えば安いもの」とのことらしい。俺にはよくわからなかったが、ヨミトさん的には元がとれるとの計算のようだった。
ちなみに、魚人、牛人、猫人――いわゆる亜人、獣人と呼ばれる種族は、いずれも人の言語を操る知性の高い種族であり、魔物とは区別される種族である。地域によっては魔物と一緒にされるところもあるらしいが、生物学的には明確に魔物ではなく、基本的には人として扱われる。
夢魔は下級の悪魔で、鋼等級相当の魔物である。人化の魔法によって人間に化けて夜な夜な人里に下り、人を誑かして精を貪るのだとか。
夢魔と似た魔物で淫魔がいるが、そっちの方は金等級の恐ろしい魔物であるらしい。だが夢魔はそうでない。大悪魔である淫魔に仕える下級の悪魔なのだとか。淫魔の下級種とも言う。
今回入札に出されていた夢魔は、悪魔祓いなる冒険者チームが淫魔を討伐した際、捕獲したものらしかった。
ヨミトさんはそんな魔物を大金払って購入してどうしようというのか。慰み者にするわけではあるまい。
まあ魔王だから自らの野望のための駒にするつもりなのだろう。魔王の眷属となったこの俺を利用しようとしているのと同じように……。
「よし、これでたぶん水魔法スキルと新しい身体強化系魔法スキルが使えるようになるな。ふふ」
ヨミトさんは奴隷を落札した後、ワクワクした面持ちでわけのわからぬことを呟いていた。魔王の考えることなんて、一般人の俺には到底理解が及ばない。
「ミッドロウの宵蝶は亜人で攻めるのか? 夢魔も買ってどうするつもりだ?」
「不景気だからって思い切ったことやるなぁ。女性ならではの斬新な発想だ」
「あんな辺鄙な街で亜人の需要なんてあるのか?」
「近辺の金持ちの好事家に代理で買い物を頼まれただけじゃないのか?」
奴隷を買いまくるカーネラさん(の姿をしたヨミトさん)は、周囲の同業者であろう人々から胡乱な目を向けられていた。
あとで上手いように対応することになるであろうカーネラさん(本物)は大変だろう。
「続きまして、本日最後の商品のお披露目となります!」
司会の男の言葉に、俺は落胆した。
次が最後ということは、次に紹介される奴隷たちの中にセインがいなかったら、また一から捜索のやり直しをしなければいけないということになるからだ。
(頼むセイン。売られていてくれ……)
既に売られてしまっていてここにはいないのだろうか。色んな考えがグルグルと回って不安に駆られる。そんな中、競りは淡々と進められていった。
「最終組は今日一番の目玉を揃えておりますので、こぞって競りに参加してくださいませ! では商品のご入場!」
目玉と謳われるだけあって、特段見目の麗しい娘たちが運ばれてくる。見慣れぬ娘ばかりであり、もうダメかと諦めかけた――その時。
(セインっ! いた! セインがいたぞ!)
最後の最後で運ばれてきた奴隷はセインだった。
セインは他の娘たちと同じく、一糸纏わぬ姿を晒していた。それなのに恥ずかしがる素振りなど見られない。別人のような姿でそこにいたのだった。
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