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五章
宿泊者名簿No.17 勇者ライト9/10(戻った日常)
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奴隷となっていたセインを救出してから一ヶ月近くが経った。糞野郎のゾォークたちは死に、一区切りがついた。
今回の件を経て、俺とセインは、ヨミトさんの運営する冒険者チーム“不死鳥”に所属することになった。俺たちと同じくゾォークの捕虜となっていたハヤという人も、そうすることになった。
俺もセインもハヤも、ヨミトさんの眷属だ。悪魔の信徒として一生尽くす道を選んだ。
セインだけは悪魔の契約から逃れさせたかったのだが、彼女自身、そうなることを望んだためにそうなった。セインは俺やヨミトさんと共にありたいと言ってくれたらしい。
俺としては、嬉しいとは言い切れない複雑な心境である。悪魔と共に永遠に生きることが幸せなのかはわからないからだ。
ともあれ、現在の俺たちはというと、王都の農業地区にある不死鳥の拠点、樽型の家で居住させてもらっている。
表向きには不死鳥の一員として冒険者活動に励み、裏ではヨミトさんの眷属としてダンジョンで日夜働いている。そして暇さえあれば鍛錬に励んでいる。
二度とセインをあんな目に遭わせない。やっと手に入った信頼できる仲間たちを守りたい。
そう願って、日夜激しい訓練に励んでいる。
「今日の作業は、これでほとんど終わりですね。ライトさん、もうあがっていいですよ」
牧草を運んでいる俺の元にイノコさんが近寄ってきて、作業の終了を告げてくれる。
イノコさんはダンジョン内の防衛、農作業などの業務の全てを統括している偉いオークだ。
女のオークもいるのだと、ヨミトさんのダンジョンに来てから初めて知った。ダンジョンに来てからというもの、知らなかったことを知るばかりの日々だ。
「ご苦労様です。お風呂にでも行ってきてください」
「お言葉に甘えて。ではお先に失礼しますイノコさん」
イノコさんに挨拶をして、残務をしているオークやゴブリンたちの横を通り過ぎ、ダンジョンの農場・牧場区域を出て行く。
「凄いな。長閑な光景が一変して、今度は建物の中だよ。どうなってんだか」
転移陣を潜ると、さっきまで広々とした農場にいたというのに、今度は無機質な廊下にいた。
ここはヨミトさんのダンジョンにおける通路区域と呼ばれる場所らしい。
通路区域は、行く先々で幾つにも分かれていて、仮に侵入者が訪れても迷う構造になっている。
最近ここに来たばかりの俺には全体図がどうなっているのかさっぱりわからない。今はただ、覚えたばかりの場所を行き来するだけだ。
(相変わらず摩訶不思議だな。ダンジョンって)
自然や人工物が入り混じった複雑な空間――ダンジョン。
そんなものを手を翳すだけで作り出せるなんて、本当に凄すぎる。そんなことができるのは、神にも等しい存在だけだろう。
ダンジョンの奥にいてダンジョンを支配する存在。伝説の魔王。ダンジョンマスター。それは神に最も近しい存在なのかもしれない。
そんな伝説の存在の眷属に、俺はなってしまったのだ。俺の身体も、もはや普通の人間のそれではなくなっており、不老になっているのだとか。
未だに信じられないが、それは紛れもない事実である。自分の身体に浮き上がらせることのできるこの眷属の印を見れば、それは一目瞭然だ。
「ライト、こんばんは」
「こんばんはライト君」
「こんばんはですぅ~」
入浴施設に向かって歩いていると、セインとハヤ、それからリム(セインの姿をした夢魔)とばったり会った。
傍から見るとセインが二人いるみたいで、ギョッとしてしまう。
「セインたちもお風呂?」
「ええそうよ。ダンジョンの広いお風呂に入らせてもらおうと思って」
三人もこれから風呂らしい。
セインとハヤはダンジョンで何かしらの仕事をしていたようでその帰り。リムは寝起きのようで、これから一風呂浴びた後、カーネラさんの花宿で仕事だとか。
「今日も人間に化けて沢山の精を搾れますぅ。ご主人様は最高ですぅ。リムに天国のような環境を与えてくれましたぁ」
リムが恍惚とした表情で言う。
姿はセインそのものなので、そんなことを言うのは勘弁して欲しいと思う。
ただ俺たちからすれば、セインが奴隷から解放されるために使ったダンジョン資金をリムさんが稼いでくれているようなものなので、リムさんには頭が上がらない。注意なんてできるはずもなかった。
「私、今日も十人もの男の人に春を売るんですって。もう合計で三百人以上の男の人を相手にしたみたい。私、ミッドロウの街の男の人たちに大人気みたいです」
本物セインが苦笑しながらそんなことを言う。
一瞬ギョッとするものの、セイン本人のことではないとすぐに気づいてホッとする。
セインは、リムさんが化けたセインのそっくりさん(ホワイト)のことを話しているのだ。紛らわしくて混乱する。
「今日も朝からそのための衣装作りの作業をやってたの。ヒイさんとミイさん、それからハヤと一緒にね」
「へえそうなんですかぁ。リムのいつも着ている可愛い衣装、セインさんたちが作ってくれてたんですねぇ。いつもありがとですぅ」
聞けば、セインたちはダンジョンで衣装作りの仕事をしているらしい。作っているのは、エビス教の女神官が着る衣装に似せたものなのだとか。
女神官風の衣装を着せたセインを抱きたいという客が多いそうで、追加料金を払った客にはそういったものを用意しているのだそうだ。流石にそっくりそのまま同じ衣装にするとエビス教の人に怒られるので、あくまで似せた風の衣装らしいが。
「エビス様の神聖なる礼服を冒涜するなんて、すっかり私も不信心者ね」
口ではそう言うものの、セインに己の行為を悔やんでいる様子は見られない。むしろ喜ばしいとでも言うような口ぶりだ。
無理もないだろう。エビス様を信じて今まで何も悪いことをせずに暮らしてきたというのに、あれだけの酷い目に遭ったのだ。
しかも不遇な目に遭った俺たちを救ってくれたのは神ではなく悪魔だった。女神エビスへの疑心が芽生え、宗旨変えもするというものである。
俺たちはもうすっかり、ヨミトさんという悪魔の信徒になっていた。エビス教からヨミト教への鞍替えだ。
「衣装作りとか大変じゃないか?」
「ううん、全然だよライト」
話の流れで尋ねてみるのだが、セインは首を振る。
「ヨミト様に【裁縫】というスキルを与えて頂いたので、作業は楽々だよ。ライトの農作業の方が大変じゃない?」
「いや俺も【農耕】ってスキルをもらったんで楽だよ。農作業ってあんまり好きじゃなかったはずなのに、上手くできるから今じゃ楽しいくらいさ」
俺はダンジョン内政用に【農耕】、戦闘用に【剣術】と【癒光】というスキルをヨミトさんに与えてもらった。
新参者が三つのスキルを与えて貰うのは異例のことらしい。勇者スキル持ちだということで、特別に目をかけて頂いているようだ。
神に認められているのだと思うと、恍惚とした気分になれる。きっとセインも同じ気持ちだろう。言葉の端々から気持ちが滲み出ている。
「スキルを与えて下さるなんて、ヨミト様は本当に神様みたいねライト」
「そう言ったらヨミトさん、『いや、俺、悪魔なんだけど。吸血鬼のダンマスなんだけど』って答えるよねきっと」
「ふふ、きっとそうね」
セインと話していると、俺よりも敬虔なエビス教信者だったセインがころりと宗旨変えした理由がよくわかる気がした。
エビス教では、スキルは女神エビスが与えるものとされている。だがヨミトさんは同じことをできる。
神とはヨミトさんのことだと、セインがそう思うのも無理はないだろう。救ってもらったことも相まって忠誠心が跳ね上がるのも無理はない。
まさかそんなことも計算に入れているのだろうか。ヨミトさんだったらあり得るかもしれない。
まったくもって恐ろしいお人だ。だが神とは本来そんな恐ろしい存在なのかもしれない。
セインたちと会話しつつ歩いていると、あっという間に目的の場所に辿りつく。ダンジョン憩いの場、銭湯と呼ばれる場所だ。
今回の件を経て、俺とセインは、ヨミトさんの運営する冒険者チーム“不死鳥”に所属することになった。俺たちと同じくゾォークの捕虜となっていたハヤという人も、そうすることになった。
俺もセインもハヤも、ヨミトさんの眷属だ。悪魔の信徒として一生尽くす道を選んだ。
セインだけは悪魔の契約から逃れさせたかったのだが、彼女自身、そうなることを望んだためにそうなった。セインは俺やヨミトさんと共にありたいと言ってくれたらしい。
俺としては、嬉しいとは言い切れない複雑な心境である。悪魔と共に永遠に生きることが幸せなのかはわからないからだ。
ともあれ、現在の俺たちはというと、王都の農業地区にある不死鳥の拠点、樽型の家で居住させてもらっている。
表向きには不死鳥の一員として冒険者活動に励み、裏ではヨミトさんの眷属としてダンジョンで日夜働いている。そして暇さえあれば鍛錬に励んでいる。
二度とセインをあんな目に遭わせない。やっと手に入った信頼できる仲間たちを守りたい。
そう願って、日夜激しい訓練に励んでいる。
「今日の作業は、これでほとんど終わりですね。ライトさん、もうあがっていいですよ」
牧草を運んでいる俺の元にイノコさんが近寄ってきて、作業の終了を告げてくれる。
イノコさんはダンジョン内の防衛、農作業などの業務の全てを統括している偉いオークだ。
女のオークもいるのだと、ヨミトさんのダンジョンに来てから初めて知った。ダンジョンに来てからというもの、知らなかったことを知るばかりの日々だ。
「ご苦労様です。お風呂にでも行ってきてください」
「お言葉に甘えて。ではお先に失礼しますイノコさん」
イノコさんに挨拶をして、残務をしているオークやゴブリンたちの横を通り過ぎ、ダンジョンの農場・牧場区域を出て行く。
「凄いな。長閑な光景が一変して、今度は建物の中だよ。どうなってんだか」
転移陣を潜ると、さっきまで広々とした農場にいたというのに、今度は無機質な廊下にいた。
ここはヨミトさんのダンジョンにおける通路区域と呼ばれる場所らしい。
通路区域は、行く先々で幾つにも分かれていて、仮に侵入者が訪れても迷う構造になっている。
最近ここに来たばかりの俺には全体図がどうなっているのかさっぱりわからない。今はただ、覚えたばかりの場所を行き来するだけだ。
(相変わらず摩訶不思議だな。ダンジョンって)
自然や人工物が入り混じった複雑な空間――ダンジョン。
そんなものを手を翳すだけで作り出せるなんて、本当に凄すぎる。そんなことができるのは、神にも等しい存在だけだろう。
ダンジョンの奥にいてダンジョンを支配する存在。伝説の魔王。ダンジョンマスター。それは神に最も近しい存在なのかもしれない。
そんな伝説の存在の眷属に、俺はなってしまったのだ。俺の身体も、もはや普通の人間のそれではなくなっており、不老になっているのだとか。
未だに信じられないが、それは紛れもない事実である。自分の身体に浮き上がらせることのできるこの眷属の印を見れば、それは一目瞭然だ。
「ライト、こんばんは」
「こんばんはライト君」
「こんばんはですぅ~」
入浴施設に向かって歩いていると、セインとハヤ、それからリム(セインの姿をした夢魔)とばったり会った。
傍から見るとセインが二人いるみたいで、ギョッとしてしまう。
「セインたちもお風呂?」
「ええそうよ。ダンジョンの広いお風呂に入らせてもらおうと思って」
三人もこれから風呂らしい。
セインとハヤはダンジョンで何かしらの仕事をしていたようでその帰り。リムは寝起きのようで、これから一風呂浴びた後、カーネラさんの花宿で仕事だとか。
「今日も人間に化けて沢山の精を搾れますぅ。ご主人様は最高ですぅ。リムに天国のような環境を与えてくれましたぁ」
リムが恍惚とした表情で言う。
姿はセインそのものなので、そんなことを言うのは勘弁して欲しいと思う。
ただ俺たちからすれば、セインが奴隷から解放されるために使ったダンジョン資金をリムさんが稼いでくれているようなものなので、リムさんには頭が上がらない。注意なんてできるはずもなかった。
「私、今日も十人もの男の人に春を売るんですって。もう合計で三百人以上の男の人を相手にしたみたい。私、ミッドロウの街の男の人たちに大人気みたいです」
本物セインが苦笑しながらそんなことを言う。
一瞬ギョッとするものの、セイン本人のことではないとすぐに気づいてホッとする。
セインは、リムさんが化けたセインのそっくりさん(ホワイト)のことを話しているのだ。紛らわしくて混乱する。
「今日も朝からそのための衣装作りの作業をやってたの。ヒイさんとミイさん、それからハヤと一緒にね」
「へえそうなんですかぁ。リムのいつも着ている可愛い衣装、セインさんたちが作ってくれてたんですねぇ。いつもありがとですぅ」
聞けば、セインたちはダンジョンで衣装作りの仕事をしているらしい。作っているのは、エビス教の女神官が着る衣装に似せたものなのだとか。
女神官風の衣装を着せたセインを抱きたいという客が多いそうで、追加料金を払った客にはそういったものを用意しているのだそうだ。流石にそっくりそのまま同じ衣装にするとエビス教の人に怒られるので、あくまで似せた風の衣装らしいが。
「エビス様の神聖なる礼服を冒涜するなんて、すっかり私も不信心者ね」
口ではそう言うものの、セインに己の行為を悔やんでいる様子は見られない。むしろ喜ばしいとでも言うような口ぶりだ。
無理もないだろう。エビス様を信じて今まで何も悪いことをせずに暮らしてきたというのに、あれだけの酷い目に遭ったのだ。
しかも不遇な目に遭った俺たちを救ってくれたのは神ではなく悪魔だった。女神エビスへの疑心が芽生え、宗旨変えもするというものである。
俺たちはもうすっかり、ヨミトさんという悪魔の信徒になっていた。エビス教からヨミト教への鞍替えだ。
「衣装作りとか大変じゃないか?」
「ううん、全然だよライト」
話の流れで尋ねてみるのだが、セインは首を振る。
「ヨミト様に【裁縫】というスキルを与えて頂いたので、作業は楽々だよ。ライトの農作業の方が大変じゃない?」
「いや俺も【農耕】ってスキルをもらったんで楽だよ。農作業ってあんまり好きじゃなかったはずなのに、上手くできるから今じゃ楽しいくらいさ」
俺はダンジョン内政用に【農耕】、戦闘用に【剣術】と【癒光】というスキルをヨミトさんに与えてもらった。
新参者が三つのスキルを与えて貰うのは異例のことらしい。勇者スキル持ちだということで、特別に目をかけて頂いているようだ。
神に認められているのだと思うと、恍惚とした気分になれる。きっとセインも同じ気持ちだろう。言葉の端々から気持ちが滲み出ている。
「スキルを与えて下さるなんて、ヨミト様は本当に神様みたいねライト」
「そう言ったらヨミトさん、『いや、俺、悪魔なんだけど。吸血鬼のダンマスなんだけど』って答えるよねきっと」
「ふふ、きっとそうね」
セインと話していると、俺よりも敬虔なエビス教信者だったセインがころりと宗旨変えした理由がよくわかる気がした。
エビス教では、スキルは女神エビスが与えるものとされている。だがヨミトさんは同じことをできる。
神とはヨミトさんのことだと、セインがそう思うのも無理はないだろう。救ってもらったことも相まって忠誠心が跳ね上がるのも無理はない。
まさかそんなことも計算に入れているのだろうか。ヨミトさんだったらあり得るかもしれない。
まったくもって恐ろしいお人だ。だが神とは本来そんな恐ろしい存在なのかもしれない。
セインたちと会話しつつ歩いていると、あっという間に目的の場所に辿りつく。ダンジョン憩いの場、銭湯と呼ばれる場所だ。
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