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六章
宿泊者名簿No.20 船大工カイリ3/7(救いの吸血鬼)
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(午後からはまたエビス像でも作るだべか)
午前中の作業を終え、朝飯の余りもんで軽く昼食をとる。食休みがてら浜辺を散策して流木を探し、また作業小屋に戻って日暮れまで作業する――そんないつもと何ら変わりない一日が送られるはずだった。
だけんどもその日は違った。
(あれ、誰かいるべな)
いつもは野良猫くらいしか寄り付かないおらんちのボロ小屋の前に、少年が立ってたんだ。小柄だが精悍な顔つきの子だった。
「く、艶かしいレイラの声が……心頭滅却、心頭滅却、ぶつぶつ」
その子は真っ赤な顔して立っていた。若干前屈みで、ぶつぶつと呪文みたいに呟いていたべ。
「泥棒だべか?」
おらは恐る恐る近づくと声をかけた。
見るからに怪しいようだったらすぐに警備兵に通報するところだけんども、その子はどこか優しそうな顔つきだった。だから何か事情があってそこにいるのだと思い、ひとまず声をかけることにしたんだべ。
「ち、違う泥棒じゃない!」
「中に誰か人さいるだべか?」
「あっ、いやちょっと!」
小屋の中には人の気配があった。気になったおらは、通せんぼする少年を押しのけて中に向かった。
近づくにつれ、艶かしい女の人の声が聞こえてきたべ。
「んんっ♡ ヨ、ヨミトさんっ、誰か来るみたいですよ!」
「そっか。じゃあ今日のとこはこれでお終いにしようか」
「はぁはぁ……はいそうしてください。これ以上は変な気分になってしまいますので」
中にいた人らはおらの存在に気づいたようで、慌てて衣服を整え始めた。
「べ、別嬪おめこぉ!?」
一人は赤髪のとても美しい女の人で、半裸で乳丸出しだった。そんで、おらは思わず叫んでしまっただ。
(あんな別嬪おめこの乳を見ちまっただべよぉ……目が潰れるぅ……なんまんだぶなんまんだぶ)
おら女の裸なんてほとんど見たことねえ。それもあんな別嬪の裸なんて拝んだことねえ。あんな有難いもんをずっと見てたら目がつぶれてしまうべ。
そう思ったおらはたまらず顔を覆ってしまった。
「君、こんなとこで何してんの?」
「それはこっちの台詞だべ……。ここはおらんちの作業場だぁ」
男の方は何ら悪びれる様子もなく、我が家にいるかのように堂々としていたので、おらは呆れてものも言えなかった。
「いやー、マジごめんごめん。廃屋だと思ったからさ」
父ちゃんが最期を迎えた場所で何してくれてるんだとは思ったけんども、男があまりに呑気で豪気なんで、おらは怒る気も起きなかった。
その呑気さと豪胆さはどこか海の男に通じていた。不景気なこの町ではすっかり見なくなっちまったけんども、父ちゃんが生きてて町のみんなが元気だった頃の面影を、その男は残していた。
きっと元気だった頃の父ちゃんだったら、他人んちの庭先に忍び込んでまぐわう豪胆さに惚れこんで、一緒に酒を酌み交わしていただろう。
男の名はヨミトさんと言うらしかった。
「あー! おらの資材がびしょ濡れだべ!」
「それは俺たちのせいじゃないよ。野良猫のせいだよ」
小屋は酷い有様だった。ヨミトさんは汚してないと言ってたけんども、まぐわってたなら多少は汚れているべ。野良猫たちだけのせいじゃねえと思った。
「掃除してから帰ってくんろ」
「わかったよ。レイラ、ノビル、掃除するよ」
「しょうがないですね」
「くそっなんで俺まで!」
おらが掃除をしてくれと言ったらヨミトさんたちは素直に言うことを聞いてくれた。
当たり前と言えば当たり前だけんども、冒険者というのはならず者みたいな連中も多いと聞く。だから素直に従ったのは意外だったべ。根は悪い人じゃないとすぐにわかった。
「よっと」
「凄いべなぁ」
ヨミトさんとてつもなく力持ちだった。重い水桶を両手で幾つも抱え、さらには頭の上にまで器用に乗せて運んでいた。
「これはこっちでいいの?」
「あぁそこで頼むべ。それにしてもアンタ、おめこなのに力あるべなぁ」
「そう? 普通よ普通」
レイラという別嬪おめこも力持ちだった。男のおらよりもよっぽど力があった。
ノビルという小柄の子もそうだった。おらより体躯で劣るのによっぽど動きは素早いし力持ちだったべ。
「仕上げにほいっと」
大方の掃除を終えたヨミトさんは、仕上げとばかりに洗浄の魔法をかけて、小屋は元通りどころかそれよりも綺麗になった。あっという間だったべ。
初めて面と向かって話した冒険者ヨミトさん。悪い人じゃなかった。掃除が終わる頃にはすっかり仲良くなっていた。
まあ仲良くなったところでどうということはないけんども。彼らは冒険者、つまり流れ者だから、一期一会の出会いにしかならない。
この時はそうだと思っていたべ。
「本当にゴメン。お詫びにこれを」
ヨミトさんは掃除をしただけでなく、迷惑料として少なくない金を置いていってくれた。断っても無理やり押しつけてきた。
タダで貰うのに気が引けたおらは、小屋奥に仕舞いこんであったエビス像を代わりに渡した。
(冒険者ってお金持ちなんだべな。こんなお金をポンと渡してくれるなんて。今夜は久しぶりに飲みにいけるべ)
何もいいことない毎日だけど、たまにはいいことがあるもんだ。ヨミトさんから貰った金を軍資金にして外に飲みに行くことにした。
「今日は酒が飲めるいい夜だべ」
おらは盛り場に赴くとそこでしこたま酒を飲んだ。日々の鬱憤が溜まっていたのか自制できず、記憶が覚束なくなるくらい飲んで飲んで飲みまくった。店を梯子しても飲んだ。
「そこの田舎者っぽいお兄さん。ウチで飲んで行ってくださいよ」
「誰が田舎者だっぺぇ!」
「いいからいいから。はい、田舎者、一名ご入店」
「んあ? 何だべ?」
気づけば客引きにつかまり、知らない店で飲んでたべ。そして目の前にはあの男がいた。あの憎き男が。
「キャー! マミヤ様よ!」
「素敵ね!」
数年前からイティーバで知られるようになった冒険者の男――マミヤ。
いつも偉そうにしてる奴だ。おらは前から気に食わなかった。同じ冒険者でもヨミトさんとは正反対で印象の悪い男だ。
イティーバの不漁騒ぎも海賊騒ぎも碌に解決できねえくせに、何故か港のみんなに誉めそやされてる。みんなアイツに騙されてるんだと思ったべ。
ヴェッセルとも深い繋がりがあるマミヤ。おらはアイツが母ちゃんの投獄にも関わってるんじゃねえかって、なんとなく直感的に思っていた。何の証拠もないから訴えることはできなかったけんども。
(腹立つべなぁ……くそ!)
おらとは何もかもが違うマミヤ。女に持て囃され、優雅に音楽を奏でているその様は、酷くおらの気に障った。
気づけば、大声で野次を飛ばしていたべ。
「何がマミヤ様だっぺ! 依頼の解決もできねえザコのくせに調子に乗るなっぺ!」
当然、店は騒然となり、すぐに店の者が飛んでくることとなった。死なない程度にボコボコにされたおらは、店の外に追い出された。
「二度と来るな! この田舎者!」
「こんな店、誰が二度と来るかっぺ!」
「かっぺはお前だ! とっとと去れ!」
店から追い出され、ふらつく足取りで帰り路に着いた。
「いってぇ、何も打つことないべなぁ」
夜風で打たれた頬を冷ましながら、惨めにフラフラと歩く。そんな時のことだった。
「おい貴様」
後ろから突然声をかけられた。振り返るとおっかない顔をした大男が二人いたんだべ。
「マスターの敵に死を!」
「無礼な田舎者に死を!」
「うひぇぇええ!?」
男たちは問答無用で襲い掛かってきた。もう万事休すで終わりかと思ったけんども、天はおらを見捨ててはいなかった。
「――ぐぇ!」
「――がはぁ!」
颯爽と現れた二人組の色男が、おらを助けてくれたんだべ。
その二人は刃物を持った恐ろしい相手にも何ら恐れる様子はなく、かすり傷一つ負わずに鎮圧していった。すげえ男もいるもんだと思ったべ。
――ボフンッ。
「なっ、マーマンだべか!?」
命を救われて安堵しているのも束の間のこと。おらを襲った男たちの姿が変化し、マーマンになってしまったんだべ。
「カイリ君、この魔物はさっき君が盛り場で馬鹿にしたマミヤという男が仕向けた刺客だよ。あの男はダンジョンマスターだったんだ」
助けてくれた見知らぬ男は何故かおらのことを知っている様子だった。それで矢継ぎ早に理解し難いことを次々に言ってきた。
「いいから四の五の言わずにやって」
「わかったべよ」
有無を言わさぬ男の迫力に押され、おらは言われるまま、目の前のマーマンに止めを刺した。
その後、おらんちの作業小屋に場所を移すことになった。
「つまり、あのマミヤという男がこの町の元凶である可能性が高いわけだね」
「そうだったんだべか……」
なんとおらを助けてくれた人はダンジョンマスターだったらしい。そしてあのマミヤもダンジョンマスターで、奴こそがこの町の騒動の原因なのだとか。
(やっぱりマミヤが黒幕かもしれないんだべな!)
話を聞いて、おらの中で点と点が結ばれる感覚があった。
義母ちゃんが逮捕された後、おらと父ちゃんとマリンは独自の調査をしていた。町の誰もが義母ちゃんが出来心で金を盗んだと言っていたが、おらたちはどうしてもそうは思えなかったからだ。
義母ちゃんの同僚に聞いた話では、義母ちゃんは逮捕される直前、ヴェッセルという海運会社の監査に入っていたそうだ。義母ちゃんが貶められる理由があるとすれば、それしかなかった。
ただ何の証拠もないから、ヴェッセルの陰謀だとは主張できなかったけんども。
(マミヤめ許せねえっぺぇえ!)
つまり、マミヤは義母ちゃんの仇であり、父ちゃんの仇でもあり、マリンの仇でもある。
父ちゃんは町の不況で仕事を失ったことと義母ちゃんが逮捕されたことが原因となって死に、マリンも落ちるとこまで落ちていったんだべ。
(マミヤァァッ、絶対殺してやるべぇえ!)
おらの中でやり場のない怒りが膨らんでいく。
それを感じ取ったのか、目の前の男は微笑みながら、おらにとって魅力的な言葉を囁いた。
「カイリ君、マミヤに復讐したくないかい?」
「してえ。したいっぺ。だけんどもおらにはそんな力はねえ……。マミヤは強い冒険者な上に本当は伝説の魔王ダンジョンマスターなんだべ。おらにはとても……」
不甲斐なさに項垂れるおらの肩にそっと手を当て、男は微笑んだ。
「俺の力があればマミヤに対抗できる。君が心からそれを望むなら力を貸してあげてもいいよ」
「本当だべか?」
「勿論だよ。ただし、君の全てを俺に捧げる必要があるけどね」
「おらの全てを……」
男はタダでは力を貸してくれなかった。
人生の全て、魂の全てを捧げる必要があるのだとか。それは悪魔の取引とも呼べるものだった――けんども、おらの覚悟は決まっていた。
「お願いしますべ! おらに力を貸してくれっぺ!」
「そうか。ではまず、俺たちの本当の姿を知ってもらおうとしようか」
おらの迫真の思いを感じ取ったのか、男はその真の姿を晒した。
「吸血鬼だべかっ!?」
「ご名答。そして人間の時の姿はこれだ」
「昼間のっ!? ヨミトさん!?」
「その通りだ」
おらを助けてくれた謎の男の正体は、昼間会った冒険者――ヨミトさんだった。
まさかあの人が吸血鬼でありダンジョンマスターだったなんておったまげたべ。
「では契約の誓いを立ててくれるかい?」
「ああ。おらはヨミトさんに全てを捧げるべ」
おらは再度覚悟を決めると、ヨミトさんに忠誠を誓った。
するとおらの覚悟を見届けたかのように腕が光り始め、紋様のようなものが浮かんできた。
「交渉成立だね」
おらの腕に刻まれたのは、ヨミトさんの眷属の証だそうだべ。おらは一生、未来永劫、彼の下僕となることが決まってしまったんだべ。
けどどうでもよかった。そんなことよりもマミヤだ。吸血鬼の下僕になってでも、アイツに復讐してやりたいと思ったんだべ。
午前中の作業を終え、朝飯の余りもんで軽く昼食をとる。食休みがてら浜辺を散策して流木を探し、また作業小屋に戻って日暮れまで作業する――そんないつもと何ら変わりない一日が送られるはずだった。
だけんどもその日は違った。
(あれ、誰かいるべな)
いつもは野良猫くらいしか寄り付かないおらんちのボロ小屋の前に、少年が立ってたんだ。小柄だが精悍な顔つきの子だった。
「く、艶かしいレイラの声が……心頭滅却、心頭滅却、ぶつぶつ」
その子は真っ赤な顔して立っていた。若干前屈みで、ぶつぶつと呪文みたいに呟いていたべ。
「泥棒だべか?」
おらは恐る恐る近づくと声をかけた。
見るからに怪しいようだったらすぐに警備兵に通報するところだけんども、その子はどこか優しそうな顔つきだった。だから何か事情があってそこにいるのだと思い、ひとまず声をかけることにしたんだべ。
「ち、違う泥棒じゃない!」
「中に誰か人さいるだべか?」
「あっ、いやちょっと!」
小屋の中には人の気配があった。気になったおらは、通せんぼする少年を押しのけて中に向かった。
近づくにつれ、艶かしい女の人の声が聞こえてきたべ。
「んんっ♡ ヨ、ヨミトさんっ、誰か来るみたいですよ!」
「そっか。じゃあ今日のとこはこれでお終いにしようか」
「はぁはぁ……はいそうしてください。これ以上は変な気分になってしまいますので」
中にいた人らはおらの存在に気づいたようで、慌てて衣服を整え始めた。
「べ、別嬪おめこぉ!?」
一人は赤髪のとても美しい女の人で、半裸で乳丸出しだった。そんで、おらは思わず叫んでしまっただ。
(あんな別嬪おめこの乳を見ちまっただべよぉ……目が潰れるぅ……なんまんだぶなんまんだぶ)
おら女の裸なんてほとんど見たことねえ。それもあんな別嬪の裸なんて拝んだことねえ。あんな有難いもんをずっと見てたら目がつぶれてしまうべ。
そう思ったおらはたまらず顔を覆ってしまった。
「君、こんなとこで何してんの?」
「それはこっちの台詞だべ……。ここはおらんちの作業場だぁ」
男の方は何ら悪びれる様子もなく、我が家にいるかのように堂々としていたので、おらは呆れてものも言えなかった。
「いやー、マジごめんごめん。廃屋だと思ったからさ」
父ちゃんが最期を迎えた場所で何してくれてるんだとは思ったけんども、男があまりに呑気で豪気なんで、おらは怒る気も起きなかった。
その呑気さと豪胆さはどこか海の男に通じていた。不景気なこの町ではすっかり見なくなっちまったけんども、父ちゃんが生きてて町のみんなが元気だった頃の面影を、その男は残していた。
きっと元気だった頃の父ちゃんだったら、他人んちの庭先に忍び込んでまぐわう豪胆さに惚れこんで、一緒に酒を酌み交わしていただろう。
男の名はヨミトさんと言うらしかった。
「あー! おらの資材がびしょ濡れだべ!」
「それは俺たちのせいじゃないよ。野良猫のせいだよ」
小屋は酷い有様だった。ヨミトさんは汚してないと言ってたけんども、まぐわってたなら多少は汚れているべ。野良猫たちだけのせいじゃねえと思った。
「掃除してから帰ってくんろ」
「わかったよ。レイラ、ノビル、掃除するよ」
「しょうがないですね」
「くそっなんで俺まで!」
おらが掃除をしてくれと言ったらヨミトさんたちは素直に言うことを聞いてくれた。
当たり前と言えば当たり前だけんども、冒険者というのはならず者みたいな連中も多いと聞く。だから素直に従ったのは意外だったべ。根は悪い人じゃないとすぐにわかった。
「よっと」
「凄いべなぁ」
ヨミトさんとてつもなく力持ちだった。重い水桶を両手で幾つも抱え、さらには頭の上にまで器用に乗せて運んでいた。
「これはこっちでいいの?」
「あぁそこで頼むべ。それにしてもアンタ、おめこなのに力あるべなぁ」
「そう? 普通よ普通」
レイラという別嬪おめこも力持ちだった。男のおらよりもよっぽど力があった。
ノビルという小柄の子もそうだった。おらより体躯で劣るのによっぽど動きは素早いし力持ちだったべ。
「仕上げにほいっと」
大方の掃除を終えたヨミトさんは、仕上げとばかりに洗浄の魔法をかけて、小屋は元通りどころかそれよりも綺麗になった。あっという間だったべ。
初めて面と向かって話した冒険者ヨミトさん。悪い人じゃなかった。掃除が終わる頃にはすっかり仲良くなっていた。
まあ仲良くなったところでどうということはないけんども。彼らは冒険者、つまり流れ者だから、一期一会の出会いにしかならない。
この時はそうだと思っていたべ。
「本当にゴメン。お詫びにこれを」
ヨミトさんは掃除をしただけでなく、迷惑料として少なくない金を置いていってくれた。断っても無理やり押しつけてきた。
タダで貰うのに気が引けたおらは、小屋奥に仕舞いこんであったエビス像を代わりに渡した。
(冒険者ってお金持ちなんだべな。こんなお金をポンと渡してくれるなんて。今夜は久しぶりに飲みにいけるべ)
何もいいことない毎日だけど、たまにはいいことがあるもんだ。ヨミトさんから貰った金を軍資金にして外に飲みに行くことにした。
「今日は酒が飲めるいい夜だべ」
おらは盛り場に赴くとそこでしこたま酒を飲んだ。日々の鬱憤が溜まっていたのか自制できず、記憶が覚束なくなるくらい飲んで飲んで飲みまくった。店を梯子しても飲んだ。
「そこの田舎者っぽいお兄さん。ウチで飲んで行ってくださいよ」
「誰が田舎者だっぺぇ!」
「いいからいいから。はい、田舎者、一名ご入店」
「んあ? 何だべ?」
気づけば客引きにつかまり、知らない店で飲んでたべ。そして目の前にはあの男がいた。あの憎き男が。
「キャー! マミヤ様よ!」
「素敵ね!」
数年前からイティーバで知られるようになった冒険者の男――マミヤ。
いつも偉そうにしてる奴だ。おらは前から気に食わなかった。同じ冒険者でもヨミトさんとは正反対で印象の悪い男だ。
イティーバの不漁騒ぎも海賊騒ぎも碌に解決できねえくせに、何故か港のみんなに誉めそやされてる。みんなアイツに騙されてるんだと思ったべ。
ヴェッセルとも深い繋がりがあるマミヤ。おらはアイツが母ちゃんの投獄にも関わってるんじゃねえかって、なんとなく直感的に思っていた。何の証拠もないから訴えることはできなかったけんども。
(腹立つべなぁ……くそ!)
おらとは何もかもが違うマミヤ。女に持て囃され、優雅に音楽を奏でているその様は、酷くおらの気に障った。
気づけば、大声で野次を飛ばしていたべ。
「何がマミヤ様だっぺ! 依頼の解決もできねえザコのくせに調子に乗るなっぺ!」
当然、店は騒然となり、すぐに店の者が飛んでくることとなった。死なない程度にボコボコにされたおらは、店の外に追い出された。
「二度と来るな! この田舎者!」
「こんな店、誰が二度と来るかっぺ!」
「かっぺはお前だ! とっとと去れ!」
店から追い出され、ふらつく足取りで帰り路に着いた。
「いってぇ、何も打つことないべなぁ」
夜風で打たれた頬を冷ましながら、惨めにフラフラと歩く。そんな時のことだった。
「おい貴様」
後ろから突然声をかけられた。振り返るとおっかない顔をした大男が二人いたんだべ。
「マスターの敵に死を!」
「無礼な田舎者に死を!」
「うひぇぇええ!?」
男たちは問答無用で襲い掛かってきた。もう万事休すで終わりかと思ったけんども、天はおらを見捨ててはいなかった。
「――ぐぇ!」
「――がはぁ!」
颯爽と現れた二人組の色男が、おらを助けてくれたんだべ。
その二人は刃物を持った恐ろしい相手にも何ら恐れる様子はなく、かすり傷一つ負わずに鎮圧していった。すげえ男もいるもんだと思ったべ。
――ボフンッ。
「なっ、マーマンだべか!?」
命を救われて安堵しているのも束の間のこと。おらを襲った男たちの姿が変化し、マーマンになってしまったんだべ。
「カイリ君、この魔物はさっき君が盛り場で馬鹿にしたマミヤという男が仕向けた刺客だよ。あの男はダンジョンマスターだったんだ」
助けてくれた見知らぬ男は何故かおらのことを知っている様子だった。それで矢継ぎ早に理解し難いことを次々に言ってきた。
「いいから四の五の言わずにやって」
「わかったべよ」
有無を言わさぬ男の迫力に押され、おらは言われるまま、目の前のマーマンに止めを刺した。
その後、おらんちの作業小屋に場所を移すことになった。
「つまり、あのマミヤという男がこの町の元凶である可能性が高いわけだね」
「そうだったんだべか……」
なんとおらを助けてくれた人はダンジョンマスターだったらしい。そしてあのマミヤもダンジョンマスターで、奴こそがこの町の騒動の原因なのだとか。
(やっぱりマミヤが黒幕かもしれないんだべな!)
話を聞いて、おらの中で点と点が結ばれる感覚があった。
義母ちゃんが逮捕された後、おらと父ちゃんとマリンは独自の調査をしていた。町の誰もが義母ちゃんが出来心で金を盗んだと言っていたが、おらたちはどうしてもそうは思えなかったからだ。
義母ちゃんの同僚に聞いた話では、義母ちゃんは逮捕される直前、ヴェッセルという海運会社の監査に入っていたそうだ。義母ちゃんが貶められる理由があるとすれば、それしかなかった。
ただ何の証拠もないから、ヴェッセルの陰謀だとは主張できなかったけんども。
(マミヤめ許せねえっぺぇえ!)
つまり、マミヤは義母ちゃんの仇であり、父ちゃんの仇でもあり、マリンの仇でもある。
父ちゃんは町の不況で仕事を失ったことと義母ちゃんが逮捕されたことが原因となって死に、マリンも落ちるとこまで落ちていったんだべ。
(マミヤァァッ、絶対殺してやるべぇえ!)
おらの中でやり場のない怒りが膨らんでいく。
それを感じ取ったのか、目の前の男は微笑みながら、おらにとって魅力的な言葉を囁いた。
「カイリ君、マミヤに復讐したくないかい?」
「してえ。したいっぺ。だけんどもおらにはそんな力はねえ……。マミヤは強い冒険者な上に本当は伝説の魔王ダンジョンマスターなんだべ。おらにはとても……」
不甲斐なさに項垂れるおらの肩にそっと手を当て、男は微笑んだ。
「俺の力があればマミヤに対抗できる。君が心からそれを望むなら力を貸してあげてもいいよ」
「本当だべか?」
「勿論だよ。ただし、君の全てを俺に捧げる必要があるけどね」
「おらの全てを……」
男はタダでは力を貸してくれなかった。
人生の全て、魂の全てを捧げる必要があるのだとか。それは悪魔の取引とも呼べるものだった――けんども、おらの覚悟は決まっていた。
「お願いしますべ! おらに力を貸してくれっぺ!」
「そうか。ではまず、俺たちの本当の姿を知ってもらおうとしようか」
おらの迫真の思いを感じ取ったのか、男はその真の姿を晒した。
「吸血鬼だべかっ!?」
「ご名答。そして人間の時の姿はこれだ」
「昼間のっ!? ヨミトさん!?」
「その通りだ」
おらを助けてくれた謎の男の正体は、昼間会った冒険者――ヨミトさんだった。
まさかあの人が吸血鬼でありダンジョンマスターだったなんておったまげたべ。
「では契約の誓いを立ててくれるかい?」
「ああ。おらはヨミトさんに全てを捧げるべ」
おらは再度覚悟を決めると、ヨミトさんに忠誠を誓った。
するとおらの覚悟を見届けたかのように腕が光り始め、紋様のようなものが浮かんできた。
「交渉成立だね」
おらの腕に刻まれたのは、ヨミトさんの眷属の証だそうだべ。おらは一生、未来永劫、彼の下僕となることが決まってしまったんだべ。
けどどうでもよかった。そんなことよりもマミヤだ。吸血鬼の下僕になってでも、アイツに復讐してやりたいと思ったんだべ。
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