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六章
戦いの後2/2(転生者スイ)
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ダンジョン地下最奥にある捕虜収容所。
捕虜が脱走することは万が一にもないようにしているが、その万が一があった時のために、捕虜がダンジョンの外にすぐに逃げられないように最も深い位置に作ってある。
現在、マミヤの配下にあったものの多くは、既に俺の軍門に降って眷属となっている。だが一部のマーマンたちは、頑なに俺の支配を拒み続けている。
そんなマミヤ狂信者とも言える一部マーマンたちが収容されている場所に、俺は足を運ぶ。最も厳戒に管理された部屋の中に、目当ての人物はいた。
百螺吹――通称スイ。
マミヤの前世からの知り合いで、マミヤとほぼ同時期にこの世界に転生してダンジョンマスターになっていたものの、マミヤの姦計にハマって奴隷となっていた。そんな彼女のいる部屋だ。
「やあスイ。気分はどうかな?」
部屋の隅っこにいるスイは、膝に顔を埋めるようにして体育座りしていた。俺が話しかけると、徐に顔を上げる。
その顔は美人だが能面のように無表情で不気味である。
「最悪ですよ。こんな薄暗い場所に何日も閉じ込められて。暗い海の底の方が幾分マシですね」
スイは淡々とした調子で言う。
「俺の眷属になれば今すぐにでも解放してあげるよ。マミヤは既に死んだ。君は自由なんだ。鞍替えして俺についてもいいだろう?」
「何度も申し上げましたが、それはお断りします」
「そんなこと言わずさ、転生者同士、お友達になろうよ。前世の歳も近いみたいだしさ。仲良く焼肉パーティーでもやろうぜ?」
「……」
俺の誘いに、スイは表情を動かさない。ずっと表情の抜けた能面のような顔をしている。
言っておくが俺のせいではない。拷問して追い詰めたわけでも、俺がつまらない冗談を言ったせいで表情が凍りついたわけでもない。
彼女は元からこんな感じだったのだ。マミヤの所にいた時からそうだ。
「自決しようにもできない。常に監視がついている。餓死しようにも、気づけば強制的に栄養を摂取されている。これでは生き地獄ですよ」
スイは表情を動かさずに言う。
「貴方は悪魔ですね」
「ふふ吸血鬼の悪魔だからね俺は。ところでスイ、君は死にたいのかい?」
「……貴方の軍門に降るくらいならマミヤ先輩の後を追って死にます。先輩のいない世界なんて、私には……」
スイは健気にもマミヤへの忠誠を示すような言動を見せる。だがそのわりには表情が動いていない。
「私は愛するマミヤ先輩の後を追いたい。私は死にたい、死にたい死にたい……」
まるでロボットのようだ。心からそう言っているというよりかは言わないといけない、言わなきゃ死んでしまう、みたいな強迫観念が感じられる。
既にマミヤは死んでおり、彼女はその縛りから抜けている。なので、その強迫観念は彼女自身に由来するものだろう。大方察しはついている。
「君はマミヤの同盟相手だったのに裏切られて乱暴されたんだろ? 心から慕って尊敬する先輩に裏切られ、自暴自棄になっている所をつけこまれ、ダンジョンマスターの権利を取り上げられ、眷属にされた。さらにこき使われ、何度も慰み者にもなり、挙句の果ては子どもまで産まされた。そんな酷い扱いを受けてきた君が、死んだマミヤに忠誠を尽くす理由がわからないよ」
「……何故そのことを」
事実を暴露してやると、スイの表情がやや崩れる。
流石に今の暴露には動揺したようだな。他人には絶対に知られたくない秘密というやつなのだろう。
「ああそういうことですか。貴方、マミヤ先輩が死んで眷属契約の縛りから逃れた私を、知らぬ間に幻術にかけて情報を引き出しましたね?」
「ご名答だよスイ。やはり君は頭も良いね」
「……プライバシーの侵害です」
「悪いね。でも必要なことだったからね。ちょいと調べさせてもらったんだよ」
スイは無表情のまま、秘密を覗くなんて心外だと伝えてくる。
「何故マミヤに忠誠を尽くすのか。理由くらい聞かせてくれよ」
「マミヤ先輩は私の尊敬する先輩です。大好きな人です。だから何をされても平気ですし、どんな形であれ、愛する先輩の子どもを産むのは本望です。私の愛するマミヤ先輩とその子どもたちを皆殺しにした、貴方のような悪魔に降るくらいなら、私は彼らの後を追うだけです」
スイは相変わらずロボットのように言う。
「それは君の本当の心の声かい?」
「勿論です。本心です。嘘偽りなどありません」
スイはそう言うものの、やはり心からの言葉には思えないな。
「嘘だね。そのわりには酷い表情だ。まるでそう信じ込むことで、裏切られた哀れな自分を慰めているかのように聞こえるよ」
「ッ!?」
俺の言葉に、スイは大きく表情を動かす。
「五月蝿い! 黙れ!」
「おや図星かい? 能面のような表情が大きく壊れてしまったよ? 今のは嘘偽りない本心の怒りのようだね」
「五月蝿い五月蝿い! どうでもいい、もうどうでもいいんです!」
俺の挑発により、スイの無表情の仮面が一気に崩れていく。
今までずっと現実逃避していた彼女にマミヤに裏切られたという事実を再度突きつけてやるのは、かなりメンタルに響くようだな。このまま畳み掛けるように言葉を重ねてやろう。
「いいから早く殺してください! 早く殺せ! 私を愛するマミヤ先輩と子どもたちの元に逝かせてください!」
「マミヤは君を愛してなどいなかった。心から愛している人にそんな惨い仕打ちはしないものだよ。君は所詮、マミヤにとって性的興味のある一人くらいの価値しかなかったんだよ。多くいるマミヤの愛人の一人に過ぎなかったんだ。前世からの深い繋がりがあるのにも関わらずね。ああ可哀想な子だ」
「違う! マミヤ先輩は私を愛してくれていた! 先輩が色欲に溺れてしまったのは、海のゴブリンと呼ばれる絶大な精力を誇るマーマンに転生してしまったからです! ダンジョンマスターという強い力を手に入れ、その力に溺れ、歯止めがかからなくなってしまっただけですから!」
スイは必死になってマミヤを庇い立てる。庇うというよりかは、そう信じたいといった感じだ。
「違うね。マミヤは元から色欲に塗れた海のゴブリンのような男だったと思うよ。見目は整っていたけど、女を見る時の心はシブヘイと同じく醜悪だったんだろうよ」
「シブヘイって誰なんですか!?」
「豚だよ。強欲で性欲に塗れた愚かな豚さ。元ニートのエロゲをこよなく愛する転生者で、去年の秋頃、俺が討伐してお亡くなりになった。今頃マミヤとあの世で仲良くやっているんじゃないかな?」
「知らない! そんな豚、私は知らない! マミヤ先輩は違う! ニートじゃないしエロゲなんてしない! 信じない信じない!」
スイは狂ったように叫びながら俺の言葉を全否定する。
彼女は優秀だが狂っているね。バッドスキルによる影響ではない。
マミヤによって壊されてしまったのだ。この状態を治すことは無理だろうね。
でもそれを補って余りあるくらい優秀で、殺すには惜しい人材だ。なんとしても手に入れたい。
「君が本当にマミヤの後を追って死にたいと言うのなら、同じ転生者の誼だ、逝かせてやるのも吝かではない。君が死ぬことで莫大なDMが手に入るだろうし、ウチの眷属の誰かの経験値にもなるからね」
「だったら早く! 早く殺して!」
「だがいいのかい? 君が死ぬということは君以外も死ぬということになるんだよ。今の君は自分のことしか見えていないようだけどね。君の命は君一人のものではないのさ」
「何をわけのわからないことをッ!」
「さあ入っておいで」
俺の合図で拘束された三匹のマーマンが入ってくる。いずれも男型だ。イケメンで利発そうな顔をしている。
「母上!」
「ご無事でしたか!?」
「よかったです!」
そう、三匹はスイの子である。マミヤとの間にできた子だ。
魔物の子であるので成長は早いようで、生まれて数年くらいしか経ってないだろうが、青年みたいな逞しい風貌をしている。
三匹はスイの子ということでマミヤにも贔屓されていたらしく、サポートキャラであったメロウやハーヴほどじゃないが、それなりに強化されていたようだ。交渉にも使えるし殺すのは惜しい存在だったので捕虜にしておいた。
彼らはスイと同じく俺の支配を拒み続けて収容されていたが、ここで引き合わせることにした。三匹共、スイ共々眷属にし、俺の手駒とするつもりである。
「ノブ、ヒデ、ヤス……貴方たち生きてたの?」
「「「「はい、母上もご無事なようでよかったです!」」」
三匹とスイは柵越しの再会を喜ぶ。
しばらく、親子水入らずの時間を過ごさせてやる。それから再び交渉に入る。
「さあ面会時間は終わりだよ」
「あと少しだけ! お頼み申す!」
時間だと言うと、三匹は縋るように言ってくる。
「駄目だよ約束は守らなきゃ。ただし、俺の眷属になればいつでも彼女に会わせてあげるけどね。それどころか一緒に暮らせるよ」
「それはできぬ相談! 我々は父上の仇である貴殿の軍門になど降らぬ!」
「ふふそうかい。まあいつでも撤回してくれてもいいよその言葉」
俺の言葉を聞き、マーマン三兄弟は苦虫を噛み潰したような顔をして部屋を出ていった。
彼らはスイさえ落とせば簡単に落ちてくれるだろう。三匹共、お母さん大好きっこみたいだからね。
「私とマミヤ先輩の子、殺されてなかったんですね……」
「ああそうだ。彼らは君同様、我が軍門に降る気はないようだ」
「そうでしょうね。父親思いの子ですから」
我が子が生きていてほっとしているスイだが、ここで厳しい現実を突きつけてあげよう。
心が緩んだ所で思いっきりぶん殴る。上げて落とす交渉術だ。
「君が死ねば、生かしておく理由もない。母子共々、我がダンジョンの糧になってもらうだけだ」
「ッ!?」
能面のような表情を浮かべるスイだが、今までにないくらい表情を崩す。腹を痛めて産んだ子が死ぬと聞いて動揺しない母はいないから当然の反応だろう。
「貴方って人は! この悪魔!」
「ふふその通り、悪魔だよ。見ればわかるだろ?」
邪悪に染まる真っ黒な吸血鬼の翼を見せびらかしながら冗談っぽく囁いてやる。
「君が死ねば、あの子たちも死ぬ。となると、この世界からマミヤの遺伝子は完全に消えることになるかもしれないね。君とマミヤが愛し合っていたという痕跡は、この世界から永久に消え去ることになりそうだ」
「くっ……」
あり得るかもしれない残酷な将来図を示してやると、戸惑う様子を見せるスイ。
ぶん殴るのはこれくらいにして、悪魔の言葉を囁いてあげよう。鞭の後は飴だ。
「ただし、その残酷な道から逃れる方法がただ一つだけある。あの子たちは死なず、君も死なない。永遠に親子共々仲良く暮らしていくことができる。いつも穏やかな楽園のようなダンジョンの海辺で、毎日海鮮バーベキューパーティーをやって楽しむこともできる。どうすればいいか、聡明な君なら皆まで言わずともわかるだろう?」
聡明なスイはすぐにその答えに辿り着いたようだ。
「貴方の……眷属になること……」
「その通りさ。返事は明日にでも聞こう。一晩ゆっくり考えてみてくれ」
一方的に伝えた後、俺はその場を後にしようとする。
「……待ってください」
後ろからスイの声がかかった。その声は覚悟の篭ったものだった。
一晩考えずとも、聡明な彼女は答えを導き出せたようだ。話を最後まで聞かずとも、俺は彼女が落ちたことを確信した。
(よっしゃ、元ダンマスの眷属、ゲットだぜ。転生者の仲間ができて嬉しいな♪)
一度眷属契約さえ結んでしまえば、後でムカついて裏切ってやろうと思っても無理である。それなりに厳しい条件を課しておけば、眷属契約に違反しない範囲での反逆(情報漏洩とか)を起こそうと思っても不可能だ。
これでスイは俺の従順なる下僕となるしかなくなったというわけだ。
まあ交渉が上手くいかなかったら、スキル【洗脳】などで無理やり洗脳した上で眷属契約を結び、眷属契約を結んだ後にDMを注ぎ込んで【洗脳状態】を解除する方法もあったんだけどね。ダンジョンマスターの権利を放棄してこの世界の住人と変わらない存在となっている彼女にはその方法が使える。バッドスキルが通用するからね。
ただその方法はDMを無駄に消費するので、できればやりたくなかった方法だ。
しなくて済んだ。脅しに屈してくれてラッキーである。
(いつか心から恭順してくれよスイ。それまでは仮面夫婦ならぬ仮面を被った仲間同士でいようじゃないか)
腹に一物を抱えたスイを自由にさせておくつもりはない。しばらくはきつい契約で縛っておく。
何十年、何百年経った頃には恨みも消えているだろう。その頃には縛りを解くつもりだ。
何十年と恨みを抱え続けることは難しい。あの赤穂浪士でさえ、主君の仇を忘れ、何人かは脱落しているのだ。
討ち入りを果たした赤穂浪士が恨みを抱え続けた期間がおよそ2年だ。その何十倍よりももっと長い期間、スイは恨みを抱え続けることができるだろうか。
まず無理だろう。何十年と経つ頃にはマミヤよりも俺たちと過ごした期間の方が圧倒的に長くなっている。マミヤの記憶は薄れ、俺たちに対してそれなりに情が移っているに違いない。
息子共々ダンジョンで楽しく過ごしていれば、恨みは日に日に薄れていくに違いない。今は俺に恨みの種を抱える彼女であるが、何十年後かには心の底から恭順してくれるに違いない。
その頃には、彼女のこの能面のような表情も解れているといいんだがな。
「貴方は恐ろしい人ですねヨミトさん。マミヤ先輩よりもよっぽど……」
「ん、何か言ったかいスイ?」
「いえ……」
眷属契約を結んで彼女を牢屋から出してやる際、彼女がぶつぶつと何か言っていたが、その声は俺に届くことはなかった。
それからスイを伴い、彼女の息子たちの所に向かう。
「母上が降るのであれば……」
「我らは母上を守りたい」
「敗者に語る道理なし。恨みを飲み込んでお仕え申す。ヨミト殿」
彼女の息子たちも眷属に加える。
「良い心がけだね。お互い過去のことは水に流そうじゃないか」
「「「はい」」」
「君たちの亡き父マミヤは、今までにないくらい優秀で強大な敵だった。その血を受け継ぐ君たちも偉大なことだろう。母であるスイ共々、これからの働き、期待しているよ?」
「「「ははっ」」」
敗者の血を利用して、我がダンジョンはさらに強くなる。支配者の仮面の下で、俺は吸血鬼らしく邪悪に笑ったのであった。
捕虜が脱走することは万が一にもないようにしているが、その万が一があった時のために、捕虜がダンジョンの外にすぐに逃げられないように最も深い位置に作ってある。
現在、マミヤの配下にあったものの多くは、既に俺の軍門に降って眷属となっている。だが一部のマーマンたちは、頑なに俺の支配を拒み続けている。
そんなマミヤ狂信者とも言える一部マーマンたちが収容されている場所に、俺は足を運ぶ。最も厳戒に管理された部屋の中に、目当ての人物はいた。
百螺吹――通称スイ。
マミヤの前世からの知り合いで、マミヤとほぼ同時期にこの世界に転生してダンジョンマスターになっていたものの、マミヤの姦計にハマって奴隷となっていた。そんな彼女のいる部屋だ。
「やあスイ。気分はどうかな?」
部屋の隅っこにいるスイは、膝に顔を埋めるようにして体育座りしていた。俺が話しかけると、徐に顔を上げる。
その顔は美人だが能面のように無表情で不気味である。
「最悪ですよ。こんな薄暗い場所に何日も閉じ込められて。暗い海の底の方が幾分マシですね」
スイは淡々とした調子で言う。
「俺の眷属になれば今すぐにでも解放してあげるよ。マミヤは既に死んだ。君は自由なんだ。鞍替えして俺についてもいいだろう?」
「何度も申し上げましたが、それはお断りします」
「そんなこと言わずさ、転生者同士、お友達になろうよ。前世の歳も近いみたいだしさ。仲良く焼肉パーティーでもやろうぜ?」
「……」
俺の誘いに、スイは表情を動かさない。ずっと表情の抜けた能面のような顔をしている。
言っておくが俺のせいではない。拷問して追い詰めたわけでも、俺がつまらない冗談を言ったせいで表情が凍りついたわけでもない。
彼女は元からこんな感じだったのだ。マミヤの所にいた時からそうだ。
「自決しようにもできない。常に監視がついている。餓死しようにも、気づけば強制的に栄養を摂取されている。これでは生き地獄ですよ」
スイは表情を動かさずに言う。
「貴方は悪魔ですね」
「ふふ吸血鬼の悪魔だからね俺は。ところでスイ、君は死にたいのかい?」
「……貴方の軍門に降るくらいならマミヤ先輩の後を追って死にます。先輩のいない世界なんて、私には……」
スイは健気にもマミヤへの忠誠を示すような言動を見せる。だがそのわりには表情が動いていない。
「私は愛するマミヤ先輩の後を追いたい。私は死にたい、死にたい死にたい……」
まるでロボットのようだ。心からそう言っているというよりかは言わないといけない、言わなきゃ死んでしまう、みたいな強迫観念が感じられる。
既にマミヤは死んでおり、彼女はその縛りから抜けている。なので、その強迫観念は彼女自身に由来するものだろう。大方察しはついている。
「君はマミヤの同盟相手だったのに裏切られて乱暴されたんだろ? 心から慕って尊敬する先輩に裏切られ、自暴自棄になっている所をつけこまれ、ダンジョンマスターの権利を取り上げられ、眷属にされた。さらにこき使われ、何度も慰み者にもなり、挙句の果ては子どもまで産まされた。そんな酷い扱いを受けてきた君が、死んだマミヤに忠誠を尽くす理由がわからないよ」
「……何故そのことを」
事実を暴露してやると、スイの表情がやや崩れる。
流石に今の暴露には動揺したようだな。他人には絶対に知られたくない秘密というやつなのだろう。
「ああそういうことですか。貴方、マミヤ先輩が死んで眷属契約の縛りから逃れた私を、知らぬ間に幻術にかけて情報を引き出しましたね?」
「ご名答だよスイ。やはり君は頭も良いね」
「……プライバシーの侵害です」
「悪いね。でも必要なことだったからね。ちょいと調べさせてもらったんだよ」
スイは無表情のまま、秘密を覗くなんて心外だと伝えてくる。
「何故マミヤに忠誠を尽くすのか。理由くらい聞かせてくれよ」
「マミヤ先輩は私の尊敬する先輩です。大好きな人です。だから何をされても平気ですし、どんな形であれ、愛する先輩の子どもを産むのは本望です。私の愛するマミヤ先輩とその子どもたちを皆殺しにした、貴方のような悪魔に降るくらいなら、私は彼らの後を追うだけです」
スイは相変わらずロボットのように言う。
「それは君の本当の心の声かい?」
「勿論です。本心です。嘘偽りなどありません」
スイはそう言うものの、やはり心からの言葉には思えないな。
「嘘だね。そのわりには酷い表情だ。まるでそう信じ込むことで、裏切られた哀れな自分を慰めているかのように聞こえるよ」
「ッ!?」
俺の言葉に、スイは大きく表情を動かす。
「五月蝿い! 黙れ!」
「おや図星かい? 能面のような表情が大きく壊れてしまったよ? 今のは嘘偽りない本心の怒りのようだね」
「五月蝿い五月蝿い! どうでもいい、もうどうでもいいんです!」
俺の挑発により、スイの無表情の仮面が一気に崩れていく。
今までずっと現実逃避していた彼女にマミヤに裏切られたという事実を再度突きつけてやるのは、かなりメンタルに響くようだな。このまま畳み掛けるように言葉を重ねてやろう。
「いいから早く殺してください! 早く殺せ! 私を愛するマミヤ先輩と子どもたちの元に逝かせてください!」
「マミヤは君を愛してなどいなかった。心から愛している人にそんな惨い仕打ちはしないものだよ。君は所詮、マミヤにとって性的興味のある一人くらいの価値しかなかったんだよ。多くいるマミヤの愛人の一人に過ぎなかったんだ。前世からの深い繋がりがあるのにも関わらずね。ああ可哀想な子だ」
「違う! マミヤ先輩は私を愛してくれていた! 先輩が色欲に溺れてしまったのは、海のゴブリンと呼ばれる絶大な精力を誇るマーマンに転生してしまったからです! ダンジョンマスターという強い力を手に入れ、その力に溺れ、歯止めがかからなくなってしまっただけですから!」
スイは必死になってマミヤを庇い立てる。庇うというよりかは、そう信じたいといった感じだ。
「違うね。マミヤは元から色欲に塗れた海のゴブリンのような男だったと思うよ。見目は整っていたけど、女を見る時の心はシブヘイと同じく醜悪だったんだろうよ」
「シブヘイって誰なんですか!?」
「豚だよ。強欲で性欲に塗れた愚かな豚さ。元ニートのエロゲをこよなく愛する転生者で、去年の秋頃、俺が討伐してお亡くなりになった。今頃マミヤとあの世で仲良くやっているんじゃないかな?」
「知らない! そんな豚、私は知らない! マミヤ先輩は違う! ニートじゃないしエロゲなんてしない! 信じない信じない!」
スイは狂ったように叫びながら俺の言葉を全否定する。
彼女は優秀だが狂っているね。バッドスキルによる影響ではない。
マミヤによって壊されてしまったのだ。この状態を治すことは無理だろうね。
でもそれを補って余りあるくらい優秀で、殺すには惜しい人材だ。なんとしても手に入れたい。
「君が本当にマミヤの後を追って死にたいと言うのなら、同じ転生者の誼だ、逝かせてやるのも吝かではない。君が死ぬことで莫大なDMが手に入るだろうし、ウチの眷属の誰かの経験値にもなるからね」
「だったら早く! 早く殺して!」
「だがいいのかい? 君が死ぬということは君以外も死ぬということになるんだよ。今の君は自分のことしか見えていないようだけどね。君の命は君一人のものではないのさ」
「何をわけのわからないことをッ!」
「さあ入っておいで」
俺の合図で拘束された三匹のマーマンが入ってくる。いずれも男型だ。イケメンで利発そうな顔をしている。
「母上!」
「ご無事でしたか!?」
「よかったです!」
そう、三匹はスイの子である。マミヤとの間にできた子だ。
魔物の子であるので成長は早いようで、生まれて数年くらいしか経ってないだろうが、青年みたいな逞しい風貌をしている。
三匹はスイの子ということでマミヤにも贔屓されていたらしく、サポートキャラであったメロウやハーヴほどじゃないが、それなりに強化されていたようだ。交渉にも使えるし殺すのは惜しい存在だったので捕虜にしておいた。
彼らはスイと同じく俺の支配を拒み続けて収容されていたが、ここで引き合わせることにした。三匹共、スイ共々眷属にし、俺の手駒とするつもりである。
「ノブ、ヒデ、ヤス……貴方たち生きてたの?」
「「「「はい、母上もご無事なようでよかったです!」」」
三匹とスイは柵越しの再会を喜ぶ。
しばらく、親子水入らずの時間を過ごさせてやる。それから再び交渉に入る。
「さあ面会時間は終わりだよ」
「あと少しだけ! お頼み申す!」
時間だと言うと、三匹は縋るように言ってくる。
「駄目だよ約束は守らなきゃ。ただし、俺の眷属になればいつでも彼女に会わせてあげるけどね。それどころか一緒に暮らせるよ」
「それはできぬ相談! 我々は父上の仇である貴殿の軍門になど降らぬ!」
「ふふそうかい。まあいつでも撤回してくれてもいいよその言葉」
俺の言葉を聞き、マーマン三兄弟は苦虫を噛み潰したような顔をして部屋を出ていった。
彼らはスイさえ落とせば簡単に落ちてくれるだろう。三匹共、お母さん大好きっこみたいだからね。
「私とマミヤ先輩の子、殺されてなかったんですね……」
「ああそうだ。彼らは君同様、我が軍門に降る気はないようだ」
「そうでしょうね。父親思いの子ですから」
我が子が生きていてほっとしているスイだが、ここで厳しい現実を突きつけてあげよう。
心が緩んだ所で思いっきりぶん殴る。上げて落とす交渉術だ。
「君が死ねば、生かしておく理由もない。母子共々、我がダンジョンの糧になってもらうだけだ」
「ッ!?」
能面のような表情を浮かべるスイだが、今までにないくらい表情を崩す。腹を痛めて産んだ子が死ぬと聞いて動揺しない母はいないから当然の反応だろう。
「貴方って人は! この悪魔!」
「ふふその通り、悪魔だよ。見ればわかるだろ?」
邪悪に染まる真っ黒な吸血鬼の翼を見せびらかしながら冗談っぽく囁いてやる。
「君が死ねば、あの子たちも死ぬ。となると、この世界からマミヤの遺伝子は完全に消えることになるかもしれないね。君とマミヤが愛し合っていたという痕跡は、この世界から永久に消え去ることになりそうだ」
「くっ……」
あり得るかもしれない残酷な将来図を示してやると、戸惑う様子を見せるスイ。
ぶん殴るのはこれくらいにして、悪魔の言葉を囁いてあげよう。鞭の後は飴だ。
「ただし、その残酷な道から逃れる方法がただ一つだけある。あの子たちは死なず、君も死なない。永遠に親子共々仲良く暮らしていくことができる。いつも穏やかな楽園のようなダンジョンの海辺で、毎日海鮮バーベキューパーティーをやって楽しむこともできる。どうすればいいか、聡明な君なら皆まで言わずともわかるだろう?」
聡明なスイはすぐにその答えに辿り着いたようだ。
「貴方の……眷属になること……」
「その通りさ。返事は明日にでも聞こう。一晩ゆっくり考えてみてくれ」
一方的に伝えた後、俺はその場を後にしようとする。
「……待ってください」
後ろからスイの声がかかった。その声は覚悟の篭ったものだった。
一晩考えずとも、聡明な彼女は答えを導き出せたようだ。話を最後まで聞かずとも、俺は彼女が落ちたことを確信した。
(よっしゃ、元ダンマスの眷属、ゲットだぜ。転生者の仲間ができて嬉しいな♪)
一度眷属契約さえ結んでしまえば、後でムカついて裏切ってやろうと思っても無理である。それなりに厳しい条件を課しておけば、眷属契約に違反しない範囲での反逆(情報漏洩とか)を起こそうと思っても不可能だ。
これでスイは俺の従順なる下僕となるしかなくなったというわけだ。
まあ交渉が上手くいかなかったら、スキル【洗脳】などで無理やり洗脳した上で眷属契約を結び、眷属契約を結んだ後にDMを注ぎ込んで【洗脳状態】を解除する方法もあったんだけどね。ダンジョンマスターの権利を放棄してこの世界の住人と変わらない存在となっている彼女にはその方法が使える。バッドスキルが通用するからね。
ただその方法はDMを無駄に消費するので、できればやりたくなかった方法だ。
しなくて済んだ。脅しに屈してくれてラッキーである。
(いつか心から恭順してくれよスイ。それまでは仮面夫婦ならぬ仮面を被った仲間同士でいようじゃないか)
腹に一物を抱えたスイを自由にさせておくつもりはない。しばらくはきつい契約で縛っておく。
何十年、何百年経った頃には恨みも消えているだろう。その頃には縛りを解くつもりだ。
何十年と恨みを抱え続けることは難しい。あの赤穂浪士でさえ、主君の仇を忘れ、何人かは脱落しているのだ。
討ち入りを果たした赤穂浪士が恨みを抱え続けた期間がおよそ2年だ。その何十倍よりももっと長い期間、スイは恨みを抱え続けることができるだろうか。
まず無理だろう。何十年と経つ頃にはマミヤよりも俺たちと過ごした期間の方が圧倒的に長くなっている。マミヤの記憶は薄れ、俺たちに対してそれなりに情が移っているに違いない。
息子共々ダンジョンで楽しく過ごしていれば、恨みは日に日に薄れていくに違いない。今は俺に恨みの種を抱える彼女であるが、何十年後かには心の底から恭順してくれるに違いない。
その頃には、彼女のこの能面のような表情も解れているといいんだがな。
「貴方は恐ろしい人ですねヨミトさん。マミヤ先輩よりもよっぽど……」
「ん、何か言ったかいスイ?」
「いえ……」
眷属契約を結んで彼女を牢屋から出してやる際、彼女がぶつぶつと何か言っていたが、その声は俺に届くことはなかった。
それからスイを伴い、彼女の息子たちの所に向かう。
「母上が降るのであれば……」
「我らは母上を守りたい」
「敗者に語る道理なし。恨みを飲み込んでお仕え申す。ヨミト殿」
彼女の息子たちも眷属に加える。
「良い心がけだね。お互い過去のことは水に流そうじゃないか」
「「「はい」」」
「君たちの亡き父マミヤは、今までにないくらい優秀で強大な敵だった。その血を受け継ぐ君たちも偉大なことだろう。母であるスイ共々、これからの働き、期待しているよ?」
「「「ははっ」」」
敗者の血を利用して、我がダンジョンはさらに強くなる。支配者の仮面の下で、俺は吸血鬼らしく邪悪に笑ったのであった。
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