西涼女侠伝

水城洋臣

文字の大きさ
60 / 75
第六章 報仇の時

第四十五集 月下の死闘

しおりを挟む
 その夜の枹罕ふかん城は全方位に展開する馬超ばちょう軍が大量の篝火かがりびを焚いており、夜が更けても明るく照らされていた。
 荒野の只中にあって普段は周囲を暗闇に包まれるこの城の兵士たちにとっては異様な光景であり、それまで無縁であった戦という物に巻き込まれたのだと嫌でも思い知る。

 敵の強攻を単騎で防いだ大将軍を城内の大勢の者が褒め称えた。半ば浮かれ気味になっている者も多く、士気が上がって良いと思っていた何冲天かちゅうてんであったが、既に祝杯を挙げんばかりの気の早い者には、翌朝には再び戦いが始まると釘を刺して回った。
 ただ剣の腕だけを頼りに、人を殺すしか芸の無い刺客として生きてきたはずが、そんな将軍らしい事をしている事に自嘲する何冲天。

 そんな歯痒さに耐えきれず、とにかく人目を避けたかった。敵に動きがあれば知らせろと兵に言い含め、城内に用意された私邸に向かう。
 私邸へと向かう間も、自然と人の目を避けて裏道を通ってしまうのは悪い癖であった。

 周りを土壁に囲まれた裏道は、表通りに立てられた篝火の火も届かず、光源と言えば頭上から降り注ぐ月明りのみ。それ以外は全て闇に包まれている。

 多くの者が闇を恐れるが、ずっと独りで生きてきた彼には、そんな闇こそが安心感を与えてくれる物であった。剣を学ぶ前の幼い頃も、復讐を遂げて刺客になった後も、ずっと変わらず周囲に味方など誰もいなかった。向けられるのは敵意だけ。そうしてずっと人の目を避け、闇に溶け込む事で己の存在を守り続けていたのである。

 闇の中を歩きながら、何冲天は明日以降の戦いに考えを巡らせた。今日の単騎駆けが抑止力となり、以後の戦いは恐らく睨み合いになると踏んでいた。旧涼州派の決起は高確率で今回の馬超の出兵に合わせてくるであろうという予測も鍾離灼しょうりしゃくとの間で一致した見解である。それまで耐え抜けば良いのだ。

 路地を抜けた先に用意された自分の私邸がある。
 大将軍などという地位にいるが、華美な物を嫌う何冲天はとにかく自分ひとりが住めさえすればいいと質素な家を用意させ、庸人ようじん(使用人)なども雇ってはいなかった。
 場所も人通りの少ない場所を選び、日が暮れれば家の周りに城内の住人が歩き回る事も無かった。だがその夜は、彼の家の前に二つの人影があった……。

 枹罕城内に侵入した趙英ちょうえい呼狐澹ここたんは、何食わぬ顔で表通りの住人に大将軍の家はどこかと聞いて回り、こうして仇敵の帰りを待っていたのである。
 先に口を開いたのは何冲天の方であった。

「驚いたな。今度こそ殺されに来たのか?」

 呼狐澹がそれに答えた。今までとは違い、非常に落ち着き払っている。

「親父の事を知っても、あんたがオレの仇である事は変わらない。あんたと決着を着けないと、オレも前には進めないんだよ」

 何冲天は笑みを浮かべた。がそこにいたからだ。なればこそ、その思いには応えなくてはならない。
 とは言え先日の戦いで、その腕前は把握していた。だからこその二人がかりという事であろう。そうして呼狐澹の隣に立つ趙英に目を向けた。
 趙英の方もどこか達観している。倒すべき敵である事に変わりはないが、彼女自身に何冲天への恨みは無かった。りょう州を乱した陰謀それ自体は宋建そうけんの物であり、彼はその尖兵に過ぎない。
 強いて個人的な因縁があるとすれば、両者がその腰にいた、同じ鍛冶師が作ったであろう宝剣と、非常に良く似た技に関してであった。

「やりあう前にさ、訊かせてくれよ。この剣と、そして俺とあんたの技、どういう繋がりなんだ?」

 趙英のそんな純粋な質問だが、正直な話、それは何冲天の方も知りたい事であった。

「さぁな。西域の彼方、天山てんざんの麓にある洞窟で、この剣と、誰かが書いた奥義書を見つけたというだけの話だ。そこで独りで学んだ。だから俺も驚いたぞ。お前の剣と技にな」

 何冲天も趙英も、互いにその出所を知らぬまま、その剣と技を伝えられた。恐らくは百年以上も前に遡る話なのであろう。かつて同じ所にあったであろう物が、こうして時を越え、敵対する二人の手にある因果。
 そこに思いを巡らせれば、趙英も何冲天も、何か大きな流れの一部に過ぎないという気になって来る。

「もう語る事もあるまい。これより先は、これで語り合うのみ」

 そう言って獄焔ごくえんを抜き放った何冲天に、趙英もほぼ同時に冰霄ひょうしょうを抜き放った。その隣にいる呼狐澹は動いてはいない。
 何冲天は先の戦いで、動きに反応できなかった少年を思い出し、足手まといにならぬ為に下がっている気であろうと判断した。
 しかし、誰よりも先に動いたのは呼狐澹の方であった。その踏み込みは一瞬で何冲天の目の前に現れるほどの速さであり、そのまま鞘から直剣を抜き放った。

 突然の奇襲に、流石の何冲天も肝を冷やしたが、間一髪でその刃を獄焔で止めた。呼狐澹が持っている直剣は何の変哲もない量産品であるが、そこに込められた内力は、本当に先日と同一人物か疑うほどに強まっている。恐らくは趙英と同等。
 そんな趙英はと言えば、何冲天が呼狐澹の刃を受け止めた瞬間に跳躍しており、上から斬りかかってきていた。
 何冲天は呼狐澹をその刃ごと押し返して趙英の斬撃を避けると、即座に背後の路地の闇へと飛び退き、迷路のような裏道を駆け抜けた。呼狐澹がこの短い期間で予想外の成長を遂げていた事に混乱し、一旦仕切り直そうというのである。

 そんな何冲天を、趙英と呼狐澹は二手に分かれて追った。闇に包まれた路地に入るのは、視覚聴覚共に鋭く夜目も効く呼狐澹の方である。
 当然ながら追手がある事も想定済みである何冲天が、闇の中から何度か奇襲をかけるも、その音と気配から位置を把握し、その剣を危なげなく受け止める呼狐澹。

 趙英と出会ってから二年の間に剣の腕を上げた南匈奴みなみきょうどの少年は、夜明けまでという制限はあるが、九天神功きゅうてんしんこうの存在によって趙英と同等の内力も得ている。だが何よりも、物心ついた頃から狩人として生きてきた五感の鋭さこそ、呼狐澹の本質的な武器であったのだ。

 何冲天の今までの人生において、闇とは彼を守ってきてくれた味方であった。ところがこの夜、呼狐澹という少年を前にして、初めて闇が彼の味方をしなかったのである。
 闇の中、逆に不利となっている状況にあって、今まで自分が仕留めてきた標的と同じく、見えない刃の存在を恐れる側となってしまった。

 このままではまずいと判断し、軽功けいこうで土壁を駆け登り、民家の屋根を飛び移りながら移動する。
 そして彼が辿り着いた先は、枹罕城で最も高い位置にある場所。城内中央に位置する宮殿の屋根の上である。頭上には満月が輝いて照らしている。その位置からならば、敵が闇に隠れる事は出来ない。

 だがその場所には、まるで彼を待っていたかのように趙英が佇んでおり、その視線は何冲天に向けられている。未だ路地を駆けているのか、呼狐澹の姿はそこに無かった。
 敵の力を侮る事は出来ない。ここは一人ずつ片づけさせてもらう。何冲天はそう思い至り趙英に獄焔の刃を向けた。

 夜空に浮かぶ満月が照らす宮殿の上で、二人の剣士が対峙したのであった……。





しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...