私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?

ミィタソ

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 レイナが涙に暮れていると、突然……ふわりとした銀髪が視界に入った。
 振り返ると、そこにはパーティの主催者であるロクシュタイン侯爵家の令息――ラダルが立っていた。
 彼は人懐っこくも落ち着いた顔立ちを銀縁の眼鏡で引き締め、その奥では熟成された蒸留酒のような明るい茶色の瞳が優しげにレイナを見つめている。
 ラダルは黙って上着を脱ぎ、そっとレイナの脚にかけて隠してくれた。

「立てるか? 貴族の前で泣き崩れるなど馬鹿らしい」

 その言葉にハッとしたレイナは、ラダルの上着で脚を覆いながら、かすかに頷いて立ち上がる。

「申し訳ありません、ご迷惑を……すぐに帰りますので」

 彼女が立ち去ろうとしたその時、ラダルが低い声で呼び止めた。

「待て、ついて来い。ロクシュタインに恥をかかせるつもりか?」

 強い瞳ときつい口調だったが、不思議と不快感はない。
 ラダルの眼差しには、責めるような厳しさではなく、どこか頼り甲斐のある強さが宿っているように見えた。

 レイナが促されるままについて行くと、ラダルは彼女をメイドの待つ小さな部屋へと案内し、「中で着替えるといい」と言ってドアを閉めて立ち去った。
 メイドが差し出したのは、上品な白いドレス。
 少しサイズが合わなかったが、レイナの淡い水色の髪と深い青の瞳に映える、美しい衣装だった。
 メイドの手伝いで、慌てて身支度を整えたレイナは少しだけ胸を張り、ドアを開けて待っていたラダルの元へと戻った。

「母上のドレスでは、少し大きかったか」

「婚約破棄され、みっともない姿を晒し、ラダル様に恥ずかしい思いをさせてしまいました。パーティを台無しにしてしまい、申し訳ありません」

 レイナは深々と頭を下げる。
 貴族同士の交流と、ログシュタインの力を示すことが目的のパーティで、醜態を晒して負の注目を浴びてしまったしまったことを深く謝罪した。

「あー……すまない。僕は口下手なんだ。おそらく、また勘違いさせてしまったようだね。……えーっと、難しいな。少し時間をもらえるかい?」

 ラダルの真摯な表情に、レイナは戸惑いながらも顔を上げた。
 彼は少し言葉を探すようにしながら、顎に手を当てながら悩む。

「注目が集まる中、ずっと泣いていたら悪い噂は広まるばかりだろう? そんなの馬鹿らしいから、早くその場を離れるべきだ……って、言いたかったんだけど。それと、パーティの主催者として、レディを恥ずかしめたまま帰らせるなんてできないからね。お詫びをさせて欲しいという意味だったんだ。……伝わってなかったよね?」

 リリアナに侮辱され、アインスに汚い言葉と婚約破棄をぶつけられたレイナに追い討ちをかけるようなラダルの言葉であったが、真逆の意味だったらしい。
 申し訳なさそうに、いたずらをして叱られた少年のような困り顔を浮かべるラダル。
 先ほどまで失意の底に沈んでいたレイナの心が、少しだけ温まる。
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