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そして、時は流れ、俺と美桜は社会人になった。業種も会社も別々になったが、お互い地元からは離れなかったため、会う頻度はそこまで下がらなかった。連絡はほぼ毎日とっていたし、週に1回程度は会うようにしていた。社会人になった美桜は、慣れない仕事に奮闘しながらも、楽しく過ごしているようで、会うときはいつも笑顔で仕事であったことを嬉々として話していた。俺も、社会の厳しさにもまれながらも、良い職場環境で充実した日々を送っている。
毎年、桜の開花時期になると、大学生の時と同じように、あの展望台に桜を見に行った。社会人になった今も、美桜はここにくると子どものようにはしゃいでいた。展望台のあちこちを駆け回りながら桜を堪能し、そのあとは展望台から散りゆく満開の桜をみながら、
「桜って本当に綺麗だよね。綺麗に咲いて、綺麗なまま散っていく…。桜のような生き方でいたいよね」
儚げな面持ちで、決まってそうつぶやくのだった。だけど、就活に苦悩していたあの時のように、散ろうとすることはなかった。美桜はいったい、何を想いながら桜を眺めているのだろう。桜吹雪に包まれる美桜を見ながら、俺はいつ散ってしまうかわからない不安定な桜のような彼女を、ずっと支えていこうと思った。
それから3年が経った。俺と美桜は相変わらず、仕事もプライベートも充実した生活を送っていた。社会人として4年目に入った4月の上旬。俺と美桜は、今年も展望台へと足を運んでいた。
いつもの満開の桜、いつもの険しい山道、いつもの人気のない展望台。初めて来たときから、変わらないこの景色。
目の前を元気よく歩いていく美桜は、少しだけ変わった。学生時代はショートヘアだった彼女は、今は少しだけ髪が伸びて、ミディアムの長さになっている。服装も、学生時代はピンクが多かったが、今は落ち着いた白やブラウンでおとなっぽくなっている。俺も美桜も、すっかり学生から社会人になってしまった。完全に大人になってしまった。
だからだろうか。毎年変わらない、この景色が、今日だけは違って見えた。何が違っているのかはわからない。ただ、今日はなんだか、いつもと違う、そんな感じがした。
「今年の桜も綺麗だー!」
「元気、だな……。はぁ、はぁ、疲れた……」
「ちょっと大樹、運動不足なんじゃないの?」
ようやく険しい山道を抜け、展望台にたどり着いた。元気よく展望台から身を乗り出す美桜とは対照的に、俺は息切れぎれで展望台の手すりにもたれかかる。
「社会人になってからあんま運動とかしてないからな…。デスクワークだし…。あー、ツラい」
「もー!ちゃんと運動しなきゃダメだよ!」
「そうだな…。心がけるようにするわ…」
美桜も仕事はデスクワークなはずだし、同い年でもあるはずなのに、この差はなんなんだろうと思いながら、これからは日々にもう少し運動を取り入れようと俺は決意した。
息を整え、俺は美桜の隣で一緒に満開の桜を眺める。
「桜、綺麗だな」
さあっ、と風が吹き、桜の花びらが舞い踊る。今日は少し風が強い気がする。
「うん!今年も一緒に来れてよかった!」
強い風でなびく髪をかき上げながら、美桜は笑顔で言った。幸せそうな笑顔。最近、仕事が忙しくなってきたが、とても楽しいと語っていたのを思い出した。
「仕事はどう?最近順調みたいだけど」
そう美桜に問うと、彼女はさらに満面の笑みを浮かべ、
「めちゃくちゃ順調!」
と元気よく答えた。
「仕事も慣れてきたし、後輩も素直でいい子ばっかりだし!そうだ!あのね、来月から始まるちょっと大きめのプロジェクトがあるんだけど、そのプロジェクトの企画メンバーに選ばれたの!」
「おぉ!それはすごいな!美桜、仕事一生懸命がんばってるもんな」
「うん!いろいろ資格も増えてきたし、上司の評価も良いし、私この仕事してよかったなぁって」
美桜の職場の話はよく聞いていた。雰囲気も良く、努力がちゃんと評価されてやりがいも感じられる職場。その中で、美桜は会社に貢献するためにたくさん努力をしていた。時には忙しそうだったり、資格勉強に行き詰まっていたりもしていたが、そういうのも含めて、美桜はこの仕事を楽しんでいるのが、日々のやり取りの中から伝わってきていた。
「あぁ、すごく活き活きしてるよ、美桜」
そんな美桜を見ていると、俺も頑張ろうと思えてくる。俺が仕事を積極的に頑張れているのは、美桜の影響がかなり強い。美桜の前向きさは、周りをも巻き込んでくれる前向きさだ。
「えへへ、すごく幸せだなぁ…」
美桜は遠くの桜を眺めながら、そうつぶやいた。さらに強い風が吹き、桜の木を揺らす。しばらく、風の音だけがあたりを包んでいた。
「桜って、本当に綺麗だよね。綺麗に咲いて、綺麗なまま散っていく」
いつもの美桜の言葉。いつもと同じはずなのに、彼女のこの言葉も、今日だけは違った雰囲気な気がする。
「うん」
そんな違和感を覚えながら、俺は相槌をうった。ふと、俺たちの周りを風に運ばれてきた桜の花びらが舞っているのに気が付いた。あの日と同じような、桜吹雪。
「私、今すごく幸せなの。仕事も評価されてるし、職場の人たちにも恵まれてるし、学生時代の友達ともずっと仲良しだし、大樹もずっと一緒にいてくれるし」
そう語る美桜の表情は、一点の曇りもない幸せそうな笑顔だった。そして、美桜は身体を翻し、手すりにもたれかかった。手すりの高さは腰より少し高いくらいの位置で、このまま後ろの体重をかけていくと、あっけなく落ちてしまう。
そんな危ない状態で、美桜は俺の目をまっすぐ見据えながら、
「ねぇ、大樹。私、今が最高に綺麗だと思うの。だから、今散るのが一番綺麗な最期だよね」
荒れ狂う桜吹雪の中、笑顔でそう告げた。
毎年、桜の開花時期になると、大学生の時と同じように、あの展望台に桜を見に行った。社会人になった今も、美桜はここにくると子どものようにはしゃいでいた。展望台のあちこちを駆け回りながら桜を堪能し、そのあとは展望台から散りゆく満開の桜をみながら、
「桜って本当に綺麗だよね。綺麗に咲いて、綺麗なまま散っていく…。桜のような生き方でいたいよね」
儚げな面持ちで、決まってそうつぶやくのだった。だけど、就活に苦悩していたあの時のように、散ろうとすることはなかった。美桜はいったい、何を想いながら桜を眺めているのだろう。桜吹雪に包まれる美桜を見ながら、俺はいつ散ってしまうかわからない不安定な桜のような彼女を、ずっと支えていこうと思った。
それから3年が経った。俺と美桜は相変わらず、仕事もプライベートも充実した生活を送っていた。社会人として4年目に入った4月の上旬。俺と美桜は、今年も展望台へと足を運んでいた。
いつもの満開の桜、いつもの険しい山道、いつもの人気のない展望台。初めて来たときから、変わらないこの景色。
目の前を元気よく歩いていく美桜は、少しだけ変わった。学生時代はショートヘアだった彼女は、今は少しだけ髪が伸びて、ミディアムの長さになっている。服装も、学生時代はピンクが多かったが、今は落ち着いた白やブラウンでおとなっぽくなっている。俺も美桜も、すっかり学生から社会人になってしまった。完全に大人になってしまった。
だからだろうか。毎年変わらない、この景色が、今日だけは違って見えた。何が違っているのかはわからない。ただ、今日はなんだか、いつもと違う、そんな感じがした。
「今年の桜も綺麗だー!」
「元気、だな……。はぁ、はぁ、疲れた……」
「ちょっと大樹、運動不足なんじゃないの?」
ようやく険しい山道を抜け、展望台にたどり着いた。元気よく展望台から身を乗り出す美桜とは対照的に、俺は息切れぎれで展望台の手すりにもたれかかる。
「社会人になってからあんま運動とかしてないからな…。デスクワークだし…。あー、ツラい」
「もー!ちゃんと運動しなきゃダメだよ!」
「そうだな…。心がけるようにするわ…」
美桜も仕事はデスクワークなはずだし、同い年でもあるはずなのに、この差はなんなんだろうと思いながら、これからは日々にもう少し運動を取り入れようと俺は決意した。
息を整え、俺は美桜の隣で一緒に満開の桜を眺める。
「桜、綺麗だな」
さあっ、と風が吹き、桜の花びらが舞い踊る。今日は少し風が強い気がする。
「うん!今年も一緒に来れてよかった!」
強い風でなびく髪をかき上げながら、美桜は笑顔で言った。幸せそうな笑顔。最近、仕事が忙しくなってきたが、とても楽しいと語っていたのを思い出した。
「仕事はどう?最近順調みたいだけど」
そう美桜に問うと、彼女はさらに満面の笑みを浮かべ、
「めちゃくちゃ順調!」
と元気よく答えた。
「仕事も慣れてきたし、後輩も素直でいい子ばっかりだし!そうだ!あのね、来月から始まるちょっと大きめのプロジェクトがあるんだけど、そのプロジェクトの企画メンバーに選ばれたの!」
「おぉ!それはすごいな!美桜、仕事一生懸命がんばってるもんな」
「うん!いろいろ資格も増えてきたし、上司の評価も良いし、私この仕事してよかったなぁって」
美桜の職場の話はよく聞いていた。雰囲気も良く、努力がちゃんと評価されてやりがいも感じられる職場。その中で、美桜は会社に貢献するためにたくさん努力をしていた。時には忙しそうだったり、資格勉強に行き詰まっていたりもしていたが、そういうのも含めて、美桜はこの仕事を楽しんでいるのが、日々のやり取りの中から伝わってきていた。
「あぁ、すごく活き活きしてるよ、美桜」
そんな美桜を見ていると、俺も頑張ろうと思えてくる。俺が仕事を積極的に頑張れているのは、美桜の影響がかなり強い。美桜の前向きさは、周りをも巻き込んでくれる前向きさだ。
「えへへ、すごく幸せだなぁ…」
美桜は遠くの桜を眺めながら、そうつぶやいた。さらに強い風が吹き、桜の木を揺らす。しばらく、風の音だけがあたりを包んでいた。
「桜って、本当に綺麗だよね。綺麗に咲いて、綺麗なまま散っていく」
いつもの美桜の言葉。いつもと同じはずなのに、彼女のこの言葉も、今日だけは違った雰囲気な気がする。
「うん」
そんな違和感を覚えながら、俺は相槌をうった。ふと、俺たちの周りを風に運ばれてきた桜の花びらが舞っているのに気が付いた。あの日と同じような、桜吹雪。
「私、今すごく幸せなの。仕事も評価されてるし、職場の人たちにも恵まれてるし、学生時代の友達ともずっと仲良しだし、大樹もずっと一緒にいてくれるし」
そう語る美桜の表情は、一点の曇りもない幸せそうな笑顔だった。そして、美桜は身体を翻し、手すりにもたれかかった。手すりの高さは腰より少し高いくらいの位置で、このまま後ろの体重をかけていくと、あっけなく落ちてしまう。
そんな危ない状態で、美桜は俺の目をまっすぐ見据えながら、
「ねぇ、大樹。私、今が最高に綺麗だと思うの。だから、今散るのが一番綺麗な最期だよね」
荒れ狂う桜吹雪の中、笑顔でそう告げた。
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