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君に溺れてしまうのは僕だから.102

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「旦那様は愛している女性を泣かせて平気ですか?」

「な、なんだ急に…。話が見えないな」

「とぼけるのもいい加減にしていただけませんか?私がこの家に来て何年あなた方お二人を見てきたと思うんですか」

「そういう回りくどい言い方は好きじゃない。言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」

「わかりました、じゃあ申し上げます。伊織さんを女として愛してらっしゃるとご本人にちゃんと伝えてください」

「な、なにを言い出すんだ…」



 うろたえる武彦に田所さんはさらに追い打ちをかけた。

「私の過去は全てお話ししましたね。私はそういう女ですので、人が人を好きになる気持ちは社会のルールとは全く関係ないと思っています」

 伊織は知らなかったけれど、田所さんは武彦に自分の過去のことを話していたのだ。

「そ、それは…、田所さんはそうかもしれないが…、私は、私は…」

 武彦は崖の端に追い詰められた犯人の様に落ち着きを失っていた。



「伊織さんは旦那様のためだけに生きていることがそばにいて分かりませんか?特に趣味もなく、親しい友人もいません。彼女の様な素敵な女性なら友人など作ろうと思えば簡単に作れるはずです。だけどそれをしないのは旦那様との関係を一番に考えているからだとなぜ分からないんですか」

 田所さんが伊織の行動の意味をそこまで理解してくれているなんて…。

 今度は武彦よりも伊織が驚く番だった。

「伊織さんはもう覚悟ができているんですよ。それなのに旦那様はまだ逃げるおつもりですか?」

 決して声を荒げる訳ではないけれど、田所さんの言葉には相手を逃さないという気迫があった。



「逃げてなんかいない。私が伊織の将来を潰すわけにはいかないだけだ」

 ついに武彦は感情をあらわにした。

「逃げていないとおっしゃるんなら、一度でもいいですから伊織さんに愛していると伝えてください」

 田所さんは澄ました様子でそう言い放つと、リビングとキッチンを隔てている扉を開けた。

「さあ、あとはお二人でじっくりお話しになってください。お夕飯の用意はしてありますので。では、私はきょうはこれでお暇させていただきます」

 そう言うと田所さんはさっさと家から出て行ってしまった。



 二人残された伊織と武彦はどちらも口をひらくことができず気まずい時間が流れた。

 そんな時、伊織のお腹がぐぅ~っと音を立てた。

 こんな時に鳴るなんて、タイミング悪すぎ!

「腹が減ったのか」

 しかしそんな間抜けなハプニングのおかげで武彦が話しかけてきてくれた。

「…はい」

「飯にするか」

「はい」



 伊織は田所さんが用意してくれた夕食をテーブルに並べた。

「いただきます」

 二人は黙々と箸をすすめた。

 伊織は途中何度か話そうとしたけれど、やっぱり自分からは何と言っていいか分からなかった。

 二人とも食べ終えて伊織はお茶をいれた。

「田所さんと話したのか」

「はい」

 ついに武彦が口火を切った。
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