君に溺れてしまうのは僕だから

星野しずく

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君に溺れてしまうのは僕だから.56

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 ほどなく田所さんが電話に出て、旦那様と代わりますと言った。

 伊織は昨日の坂口とのことが頭をよぎり、一層緊張が高まる。



「もしもし、伊織か?」

「はい、お父さん」

「田所さんから聞いているが、えらく突然決めたんだね」

「すみません、ちゃんとお話ししてから出かけたかったんですが…」

「まあ、それはいい。で、一緒にいるのは坂口君か?」

「い、いえ違います。女の友達です」

「伊織は私に嘘をつくのかい?」

 もうすでに嘘はついている。

 田所さんには女友達と泊まると告げてきたのだから。

 しかし武彦は、はなから信じていなかったようだ。



「…」

 伊織は言葉が出てこない。

「そこにいる女友達とやらに電話を変わりなさい」

「い、今はちょっと外に行っています」

「ふうん、そうかい。一つ嘘をつくと、次から次へと嘘をつかなければならくなるようだ。私は伊織をそんな風に育ててしまったんだね」

「ち、違います。これは…、帰ってからちゃんと説明します」

「今日帰ってくるのかい?」

「はい」

「じゃあ、気をつけて帰って来なさい。坂口君によろしく」

 そう言うと、武彦はプツリと電話を切ってしまった。



「村井んち、やっぱ変わってるね。親父さんに敬語なんてさ」

「そうだよね。でもうちではそれが普通なんだ」

「そっか。で、親父さんは何て?」

「坂口君といるんだろうって」

「へえ、鋭いね。で、何て答えたの」

「最初は女友達といるって言い張ったんだけど、じゃあ電話口に出してって言われて、もう黙り込んじゃった」

「それじゃあ、俺といるって言ってる様なもんだね」

「うん、私、こういうの苦手」

 伊織は早く家に帰って、武彦に全てを話してしまいたかたった。

 そして、罰を受けるなら受けて、許してもらいたかった。



「帰ったらどうするの?俺と泊まったって言うの?」

「うん…、そのつもりだけど、ダメかな」

「ダメっていうか、どこまで話すつもり?まさかセックスしたことも言うの」

「どうしよう。どこまで話せばいいんだろう。さっき、おじさまに、あ、普段はおじさまって呼んでるの、へんだよね」

「まあ、それが村井んちでは普通なんだろう?」

「うん、でね、さっき電話で、ひとつ嘘をつくと次から次へと嘘をつくことになるって、そんな風に育ててしまったんだなって言われて…」

「なかなか精神的に追い詰めてくるね、君のお父さんは」

「わ、私が悪いの。だって、彼氏がいるっていうのも嘘だし、女友達っていうのも私が勝手についた嘘なんだから」
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