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君に溺れてしまうのは僕だから.57

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「よくわからないけど、そもそも何でニセの彼氏なんて必要だったの?そんなことしなくても、村井に好意を寄せてる奴なんて山ほどいるんだから、ちゃんとつきあえばいいじゃん」

「だって、好きな人いないんだもん」

「だったら、何で無理に付き合ったふりなんてしてるの?」

「それは…、坂口君には言う必要ないでしょ」

「ふうん、軽々しく言えないってことは、相当訳ありなんだね」

 伊織は坂口にうまく喋らされてしまっているのが何だか悔しい。

 喋れば喋るほど墓穴を掘ってしまいそうで、伊織は口をつぐんだ。



「じゃあ、急いで帰らないとね」

「うん…、ごめんね急がせて」

「いいけど、家に帰ったら村井が叱られそうで心配だよ」

「大丈夫だよ。おじさまはちょっと過保護すぎるだけだから」

「過保護か。まあ、何かマズくなったら俺のせいにしていいからね。そもそも今回の泊まりは俺が無理に誘ったんだし」

「うん、ありがとう。でも、本当に大丈夫」

「じゃあ、帰るか」

「うん」

 二人は荷物を担ぐと別荘を出た。



 たった二日間過ごしただけなのに、伊織はなんだかここを去るのが寂しいと思っていた。

「なんか無理に誘って悪いことしちゃったな」

 いまさら気づくなんて…、やっぱり坂口君はかなり天然なのだろうか、それともこれも計算してる?

「ううん、結構楽しかったよ」

 これから起こることを除けばだけど。

「本当?よかった。無理やり連れてきて、楽しくなくて、それで家に帰って叱られたら村井かわいそ過ぎるもん」

 一歩間違えばそうなっていたかもしれないということに坂口君が気付いていればいいのだけれど。

「ははっ、そうだね」

 伊織は力なく笑った。



 こんなことがこれから先一ヶ月弱も続くんだと思うと憂鬱になる。

 そんなことをぼんやりと考えているうちに、最寄り駅に到着してしまった。

「送っていこうか?」

 坂口君の厚意はありがたいが、ひょっとして武彦に出くわしたりしたら事態がさらに悪化するだろう。

「ううん、大丈夫。ありがとう」

 伊織は坂口に別れを告げると、家路を急いだ。



 玄関の前で伊織はしばらく立ち尽くしていた。

 家の中に入るのは心の準備が必要だ。

 だけど、この時間ならまだ田所さんがいる。

 そうであれば、武彦もそうストレートに話をしてこないかもしれない。

 伊織はそんな淡い期待を胸に、勇気を振り絞って玄関の扉を開けた。

 時刻は夕方の六時を少しまわったところだ。

 いつもだったら、台所から田所さんが夕食の準備をしている音が聞こえてくる時間なのになぜだろう、今日はシンと静まり返っている。

 伊織は不思議に思いながらも出来るだけ音を立てないように二階へ上がっていった。

 何も考えず自分の部屋のドアを開けた。

 すると伊織の部屋のソファになぜか武彦が座っていた。
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