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31話 死神の寵愛

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 ディストの眼帯の下には黒い瞳が隠されていた。彼の本来の物ではない。

 そして鮮血皇帝と呼ばれている俺の瞳でもないだろう。 


「もしかして……その目、リヒトのか?」

「ええっ、ふっざけんなマジで!この変質者!!」


 恐る恐る俺が尋ねた直後にリヒトの怒声が聞こえる。気持ちはわかる。

 ディストは楽しそうに、そうですと肯定した。


「魔力の高い人間の髪や血には高値がつけられます。まして賢者の瞳なら希少な宝石扱いですよ」


 金策に困ったら売ろうと保管し続けて売らないまま死んでしまいました。

 ディストの言葉が冗談なのか本気なのか判断できない。

 彼の背後では本来の眼球の持ち主が低い声で呪詛を吐き続けていた。

 俺は盲目の賢者の代わりに、瞳の仮の宿主に話しかける。

  
「もう使わないならリヒトに返してやってくれないか」

「レオンの頼みなら」


 あっさりと俺の手に抜いた眼球を置く。濡れた感触とぬくもりに鳥肌が立ったが耐えた。

 これは人形のパーツだと思い込むことで生理的嫌悪感を誤魔化す。


「向うのレオンの臓器移植が終わったら、拷問で受けた傷も癒して眼球も戻して差し上げようと思っていたのに」


 肝心の誰かさんが消えてしまうから何十年も預かる羽目になりました。

 そうわざとらしく溜息を吐くディストに背後の賢者が噛みつかない訳がなかった。


「何恩着せがましく言ってんだか、俺の目を使ってこっちの世界を出歯亀していたスケベ野郎の癖に」

「そういうことが出来る物をこちらの世界に置いていった賢者様の落ち度では?」


 自分の魔力と肉体の価値を誰よりもわかっているのは貴男でしょうに。そう続けて言われてリヒトの反論は途絶えた。

 悔しそうな雰囲気はディストの背後からひしひしと感じている。暫くの静寂の後、やっと賢者が新たな言葉を発した。 


「……何しに来たんだよ」 


 それは俺も知りたいことだった。眼帯を付け直した別世界のネクロマンサーをじっと見つめる。

 リヒトも正面に回って彼と対峙すればいいのではと思ったけれど、心の傷を考えると口に出せなかった。

 彼の片目を抉ったのも、目の前で自害して絶望させたのも親友のカインだということは知っているが、その前にディストが拷問していないとは聞いていない。

 掘り下げて確認したくないというのが正直な気分だ。このディストを嫌いにはなりたくない。

 俺の方を見て紫眼の青年は優しく微笑んだ。亡くなった祖父を思い出すような笑みだった。


「死ぬついでに愚かな賢者に恩を売りつける嫌がらせをしようと思いまして」
 
「はあ?今のところ迷惑しかかけられてませんけど?」

「この幼いレオンは私が保護していなければ、既に冥界に連れ去られていましたよ」


 貴男は私が攫ったと思っていたようですが。そう後ろに視線を流しながら言う彼の腕の中で俺は驚愕していた。

 そういうことは最初に説明して欲しい。いや、そもそも死にかける心当たりがないのだが。

 俺はただ冷たい廊下で蹲って寝てしまっただけの筈だ。


「彼は母親似で昔から体が弱いんです。特に寒さに弱くてすぐに高熱を出す。そう父から聞いています」

「何だよそれ……具合が悪いのは太っていたからじゃないってわけ?」


 どうして言わないんだよ、そうリヒトに責めるように言われる。それが怒りからくるものだけでないとわかっていた。

 ただ俺はわざと黙っていた訳ではない。忘れていたのだ。

 何年もの間俺は寒い場所に佇むことなどなかった。自室は常に快適な状態で整えられていた。

 そして太り切った俺は出歩くことをせず一日の大半をそこで過ごしていた。


「リヒト、貴男は倒れて運ばれてきたレオンを見て私が魂を攫ったと鏡面世界を捜しまわったのでしょうが逆です」


 この兄弟は死神に愛され過ぎている。守るには神殺しが出来るぐらいにならないと駄目です。

 そう厳しい教師のような厳粛さで紫眼のネクロマンサーは盲目の賢者に告げた。

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