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44話 異母兄弟ということ

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 ディストが王宮に堂々と忍び込ませていたトピアのお陰で、俺がカインの牢入りを知った「理由」が出来た。

 これで俺は父や他の者たちに、何故その事を知っていると訊かれたらカイン付きの侍女から聞いたと答えればいい。

 回りくどいと感じなかったと言えば嘘になるが仕方がないことだ。

 俺の部屋の鏡には賢者が宿っていて、飼っている黒猫はその賢者の使い魔なのでと言える筈もないのだから。

 それに今回の行動を切っ掛けにして、俺付きの侍女の意識改善とディストの部下であるトピアの存在に気づけたのだから。

 そして、使用人たちが俺の変貌に戸惑っていることも改めて認識出来た。

 後はカインを牢に入れるよう命じた父親に直訴して、弟を解放させるだけだ。


「……だけでは、ないな」


 自分の考えに自分で突っ込みを入れる。

 トピアが退室して暫く経ってから、疲れた顔で戻ってきた侍女たちを少し休んでこいと再び追い払う。

 驚いた顔で口々に礼を言って去っていったが、別に親切心から命じた訳ではないので良心が痛んだ。

 俺はただ邪魔されず厄介ごとに頭を悩ませたいだけだ。いや本当は悩む必要はない。

 父に会って、弟の件で話し合いをして。


「話し合いの時点で無理なんだよな……」


 取り付く島もなく一言二言鞭打つような台詞で彼の部屋から追放される自分の姿が想像できる。

 だが、父を相手にするならそこで食い下がる必要があるのだ。そしてそれが俺にはとても難しい。


「……カインは出来たのだろうな」


 あの厳格な皇帝相手に話したくないものは話したくないと口を噤んで、結果牢送りになった。

 七歳にして大した胆力だ。そもそも七歳が大人の男の手に風穴を開けること自体が異常なのだが。

 どうして言いたくないのかはわからないが、教師に危害を加えた理由はなんとなくわかる。

 アーダルという教師はきっとカインの前で兄である俺を侮辱するような発言をしたのだろう。

 侍女たちが「弟に対し兄の悪口を吹き込むのはよくない」とやらなかったことをやってしまった。

 結果虎の尾を踏み手を噛み砕かれることになったという訳だ。全部想像に過ぎないが。


「しかし、だったら何故それを話さないのか……」


 確かに過激ではあるが、異母弟である彼が第一皇子である俺を尊重した結果の行動とも解釈できる。

 直接は知らないが鮮血皇帝の世界のカインなら寧ろ嬉々として報告して来そうだ。その場合相手は手に風穴どころで済まない気がするが。

 いや向うの世界のカインのことを考えるのはよそう。隻眼のディストのように目の前に現れたら困る。苦手だが強く拒むことができなさそうな所も含めてだ。

 白豚皇帝と鮮血皇帝、そして白豚皇帝時代の記憶を持った皇子である俺。それぞれの世界のカインとディスト。

 まるで同じ人物を使って複数の物語を紡いでいるようだと思う。リヒトはその仕組みをわかっているのだろうか。

 ただその答えを聞くのも怖い気がして触れないままにしている。

 駄目だ、父親と話すことが嫌すぎて考えが散らばってしまう。考えることすら不要で、行動を起こすだけなのに。

 俺がうだうだと躊躇っているだけだとリヒトは知っているから今は鏡に姿を浮かべることもない。呼べば出てくるだろうけれど。

 でも、果たして本当にそうだろうか。カインが父に教師を傷つけた理由を話せばそれで解決するのだろうか。

 なら何故彼は牢屋に入れられてでも黙っているのか。アーダル、カイン付きの男性教師。

 トピアが言うには城に来る前からの付き合いだと言う話だ。


「……あ」


 思わず吐息のような声が漏れる。なんとなく見えてきた気がする。

 いや、今まで気づかなかったのがおかしい。城に来る前からの付き合いだというならアーダルとカインに関りを持たせたのは誰だ。

 カインの母方であるマルドゥク伯爵家だ。そちらと親しくしている者が第一皇子を侮辱する発言をした。

 これは、公になったら不味いだろう。教師がではない。マルドゥク伯爵家と、カインの母親の立場が。

 特にディストと彼の父であるグランシー公爵が知ったら最悪だ。

 
「……トピアに、口止めしないと、いや、言わないか……?」


 彼はカインの制裁を恐れているから、俺にさえ理由を話さなかった。

 逆に念入りに口止めすることでディストに報告しなければと事態が悪化する可能性がある。

 俺は椅子から立ち上がり鏡の表面を軽く小突く。

 するとのっそりとした動きで盲目の賢者が姿を現した。


「何よ、子豚ちゃん。やっとクソ親父に会う勇気出来た?それとも俺に弱音吐きに来た感じ?バブっちゃう?」

「……リヒト!父に会う前にカインの母親の動向が知りたい。ムクロで見てくれ」


 俺がそう告げると賢者は口をへの字にしたまま首を振った。


「言わなかったっけ、この件に関して抗議も嘆願も何もしないってさ。全部陛下のご判断に任せるって」


 そう侍女に話してた。あえてだろう、淡々とした口調でリヒトは語る。

 大人たちは一体何考えてんだろね。怒りを呆れで隠して飄々と呟く賢者の言葉に俺は何も返せなかった。  


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