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65話 賢者の大切なもの

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 リヒトは口が悪くて、ふざけ交じりに自信家ぶってみたり俺を子ども扱いする発言をする。

 けれどその軽い口調とは裏腹に内面は凄く繊細なのではないかと俺は思った。

 繊細なだけでなく、傷ついている。ヒビが数えきれない程入って、あと少しの負荷で粉々になる鏡のように。
  
 そんなことを勝手に考えてリヒトに痛々しさを感じてしまう時がある。

 今のように何事かを言い捨てて姿を消す際、錯覚かもしれないが口端が少し震えている時がある。

 そういう時はこの世界にはいない存在のことを語っていたりする。先程のディストのように。

 この世界のディストはまだ少年だ。大量殺人なんてしていない。絶対とは言い切れないが、そう信じたい。

 あの賢者が語ったのは、別世界の大人になったディストの事なのだと。

 俺の知らない紫眼のネクロマンサーを、その戦いをリヒトは知っている。

 白豚皇帝と鮮血皇帝、俺がそう呼ばれた二つの世界で彼はディストと関わっている。当然カインともだ。

 白豚皇帝として弟に殺されて、そのまま二十年後に戻ったような俺と違いリヒトにはそれまでの記憶がある。

 だからリヒトは俺なんかよりずっと辛い生き方をしている。彼は忘却ができない。

 俺を殺した後、革命が成功してからのカインがどのような末路を迎えたのか明確には知らない。

 けれど親友であるリヒトが受け入れず、やりなおしを望んだ内容であるのは確かだ。

 しかしやりなおした先でカインは自害した。リヒトの目の前で己の首を切り落として。

 その際に目を抉られる拷問も彼は受けている。

 親友に生きて幸福になって欲しいという行動はその本人に否定されて、カインが死を迎えても諦めず抗う。

 リヒトの執念と情熱を俺は正直理解できない。

 それは俺に彼のような能力がないからというのもあるし、そこまで執着する対象が思い浮かばないからというのもある。

 でも時々考える。

 この世界のカインが彼の理想通りに末永く幸福な人生を送れたとして、リヒトはそれで満足できるのだろうか。

 一番目や二番目のカインをなかったことにできるのだろうか。

 そんなの無理だと思う。

 ほんの少しの会話と触れ合いしかなかった別世界の隻眼のディスト。

 根本は同じものである筈なのに俺が知るどのディストとも別人だと感じた。

 白豚皇帝の時と違いこの世界のディストはまだ子供だ。けれど全く同じに成長するとは思わない。

 何故なら俺が鮮血皇帝と同じ道を辿るつもりがないからだ。きっと生き方で人間は変わる。

 だからこそリヒトは過去からやり直すのだろうし、だからこそリヒトは最初のカインを救えない。

 けれど俺はそのことを指摘したりなんてしない。

 俺が思い至ることなんてあの賢者は既に通過済みで、それでも認めたくないのだと推測している。

 認めたら心が折れてしまうのかもしれない。

 そうしたらリヒトはこの世界を捨ててしまうかもしれない。


「……嫌だな」


 そう呟く。賢者の助けを得られなくなることだけでなく、リヒトと話せなくなることが単純に恐ろしいのだ。

 この思いを長く抱えて、煮詰めていって、その先に彼の消失が待っていたなら。

 力を持っていたなら、俺はリヒトと同じことをしでかすだろうか。頭を振って考えを消そうとする。

 答えの出ない問題で心を暗くする必要はないと自分に言い聞かせる。

 リヒトがこの世界に存在するものに執着してくれればこの懸念はなくなるのだが。カイン以外にも大切に思える相手が出来てくれたら。


「にぁ」


 まるで立候補するかのように鳴いた黒猫に俺は思わず笑みを漏らす。 

 構って欲しい気分になったのか撫でろと催促するムクロの言う通りにしながら、俺は盲目の賢者が気分を整えるまでの時間を潰した。

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