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第二部
11.
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応接室に通されたメイドは緊張した顔で座っていた。
しかし私の姿を見た途端安堵の表情に変わる。
そして彼女は口を開いた。
「ちょっと、いつまで待たせるのよ、うすのろエリカ!」
「……相変わらずね、リタ」
私は呆れながら言う。彼女の名前はリタ。
オルソン伯爵家に仕える若いメイドだ。
アベニウス公爵家に嫁ぐまでの私はメイドと同じ待遇を家で与えられていた。
そして彼女と組んで仕事をすることが多かった。
しかし決して仲が良かった訳ではない。
「私の顔を見て気が緩んだのかもしれないけれど、もう少し周囲を見た方が良いわよ」
昔からそう思っていたけれど。
私がそう告げるとリタは顔を怒りに赤くした。
けれど私の背後に侍女のアイリと家令のカーヴェルが居る事に気付いたようだ。
口を怒鳴る形に開けたまま目をきょろきょろと泳がせると縋るような目でこちらを見て来た。
シンプルに言うとリタは賢くない。
伯爵家にメイドとして勤め続けて一年以上経過している筈だが彼女一人では子供でも出来るような仕事しか無理だった。
使用人たちが愚痴交じりに噂していた話だと継母が知人に頼まれて雇ったとのことで解雇が難しいらしい。
しかし古参メイドたちはリタの教育を早々に投げ出した。逃げたとも言う。
そして拒否権の無いエリカが教育係を押し付けられた。
だがリタはエリカが伯爵家で冷遇されていることを知るとローズや古参メイドたちと同じように馬鹿にし始めた。
そして自分の分の仕事を押し付けたり、虫の居所が悪い時は罵倒して憂さ晴らしをしていたのだ。
いや最後辺りは何も無くても常にこちらを馬鹿にして鼻で笑っていた。
私の顔を見た途端その癖が今ここでも出てしまったのだろう。
条件反射という物だろうか。
「貴方が相手なら話を聞くまでも無いわね、カーヴェル、お帰り頂いて」
「はい、奥様」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、私と貴方の仲でしょう?!」
私の指示にリタは目を見開いて驚く。そこまで驚くような事だろうか。
公爵邸の中で公爵夫人を伯爵家のメイドが『うすのろ』呼ばわりしたのだ。
追い出されるだけで済むのは寧ろ温情だと思う。
しかしそう言ったことを理解出来ないからリタなのだろう。
「だからよ、一緒に働いたことがあるからわかるの、貴方にまともなお使いなんて出来ないと」
「お、お使いじゃないわ。個人的な頼みよ!」
「個人的な頼み?」
だったら尚更話を聞く理由が無い。
そう言い返す前にリタが話し出す。その迅速さをメイドの業務でも活かして欲しかった。
「私をここで雇って欲しいの、オルソン伯爵家はもう駄目だもの」
「何ですって?」
「旦那様と奥様は毎日のように喧嘩してローズお嬢様も不機嫌で私たち使用人に当たり散らすし、もう働き辛いったら無いわ!!」
「……あの家がそうなのはいつもの事じゃない」
何を今更と私は呆れる。
伯爵夫妻の関係はエリカが物心ついた時から不仲だったし異母姉のローズは上機嫌な日の方が少ない。
「でもメイドたちが次々辞めて私がやらなきゃいけない仕事が増えて最悪なのよ、私なんて毎日お嬢様に怒鳴られて、どうして急にこんなことに……」
「そんなこと、私が伯爵家を出たからに決まっているわ」
伯爵夫人もローズも八つ当たりをする相手を選べるなら真っ先にエリカを狙う。
でも私はローズの代わりに公爵家に輿入れしたからオルソン伯爵家からは消えた。
その後二人が八つ当たりの対象にするのが誰かなんてわかりきっている。それなりに立場が弱くて見ているだけで苛立つ存在だ。
寧ろリタがあの苛烈な性格のローズに怒鳴られる位で済んでいることに驚いている。
「貴方は良いわよね、公爵家で綺麗なドレスを着て……そんなに恵まれているなら元同僚の私を助けてくれても良いじゃない」
じっとりとした眼差しでリタが言う。
エリカが伯爵家でどんな目に遭っていたか知らない訳でも無いだろうに。
そして私が公爵家でケビン相手にどんな綱渡りをしているかも知らない癖に。
「助ける理由が無いわ」
伯爵家の使用人たちがエリカに優しくしてくれていたなら同情したし、ある程度の救済に動いたかもしれない。
けれどそんな人間は伯爵家に居なかった。
だから正直どうでも良いのだ。継母と異母姉の仕打ちに耐えられないなら辞めればいい。
そして私はリタの新しい雇用主になるつもりは全く無かった。
「辛いなら辞めて別の場所で働けば良いでしょう、私は絶対雇わないけれど」
「……何でよ、エリカのケチ!」
「公爵夫人をケチ呼ばわりするメイドなんて雇える筈が無いわ……それに」
私は溜息を吐くとリタの目を真っ直ぐに見る。
目が合った当初はこちらを睨みつけていた目がやがて耐えきれないように逸らされた。
「メイド服で来ている時点で辞めるつもりなんて無いでしょう、ローズから公爵邸に潜り込めという命令でも受けたのかしら?」
だとしたら人を見る目の無いお姉さまね。
私が口端だけで笑うとリタは顔を青褪めさせた。
しかし私の姿を見た途端安堵の表情に変わる。
そして彼女は口を開いた。
「ちょっと、いつまで待たせるのよ、うすのろエリカ!」
「……相変わらずね、リタ」
私は呆れながら言う。彼女の名前はリタ。
オルソン伯爵家に仕える若いメイドだ。
アベニウス公爵家に嫁ぐまでの私はメイドと同じ待遇を家で与えられていた。
そして彼女と組んで仕事をすることが多かった。
しかし決して仲が良かった訳ではない。
「私の顔を見て気が緩んだのかもしれないけれど、もう少し周囲を見た方が良いわよ」
昔からそう思っていたけれど。
私がそう告げるとリタは顔を怒りに赤くした。
けれど私の背後に侍女のアイリと家令のカーヴェルが居る事に気付いたようだ。
口を怒鳴る形に開けたまま目をきょろきょろと泳がせると縋るような目でこちらを見て来た。
シンプルに言うとリタは賢くない。
伯爵家にメイドとして勤め続けて一年以上経過している筈だが彼女一人では子供でも出来るような仕事しか無理だった。
使用人たちが愚痴交じりに噂していた話だと継母が知人に頼まれて雇ったとのことで解雇が難しいらしい。
しかし古参メイドたちはリタの教育を早々に投げ出した。逃げたとも言う。
そして拒否権の無いエリカが教育係を押し付けられた。
だがリタはエリカが伯爵家で冷遇されていることを知るとローズや古参メイドたちと同じように馬鹿にし始めた。
そして自分の分の仕事を押し付けたり、虫の居所が悪い時は罵倒して憂さ晴らしをしていたのだ。
いや最後辺りは何も無くても常にこちらを馬鹿にして鼻で笑っていた。
私の顔を見た途端その癖が今ここでも出てしまったのだろう。
条件反射という物だろうか。
「貴方が相手なら話を聞くまでも無いわね、カーヴェル、お帰り頂いて」
「はい、奥様」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、私と貴方の仲でしょう?!」
私の指示にリタは目を見開いて驚く。そこまで驚くような事だろうか。
公爵邸の中で公爵夫人を伯爵家のメイドが『うすのろ』呼ばわりしたのだ。
追い出されるだけで済むのは寧ろ温情だと思う。
しかしそう言ったことを理解出来ないからリタなのだろう。
「だからよ、一緒に働いたことがあるからわかるの、貴方にまともなお使いなんて出来ないと」
「お、お使いじゃないわ。個人的な頼みよ!」
「個人的な頼み?」
だったら尚更話を聞く理由が無い。
そう言い返す前にリタが話し出す。その迅速さをメイドの業務でも活かして欲しかった。
「私をここで雇って欲しいの、オルソン伯爵家はもう駄目だもの」
「何ですって?」
「旦那様と奥様は毎日のように喧嘩してローズお嬢様も不機嫌で私たち使用人に当たり散らすし、もう働き辛いったら無いわ!!」
「……あの家がそうなのはいつもの事じゃない」
何を今更と私は呆れる。
伯爵夫妻の関係はエリカが物心ついた時から不仲だったし異母姉のローズは上機嫌な日の方が少ない。
「でもメイドたちが次々辞めて私がやらなきゃいけない仕事が増えて最悪なのよ、私なんて毎日お嬢様に怒鳴られて、どうして急にこんなことに……」
「そんなこと、私が伯爵家を出たからに決まっているわ」
伯爵夫人もローズも八つ当たりをする相手を選べるなら真っ先にエリカを狙う。
でも私はローズの代わりに公爵家に輿入れしたからオルソン伯爵家からは消えた。
その後二人が八つ当たりの対象にするのが誰かなんてわかりきっている。それなりに立場が弱くて見ているだけで苛立つ存在だ。
寧ろリタがあの苛烈な性格のローズに怒鳴られる位で済んでいることに驚いている。
「貴方は良いわよね、公爵家で綺麗なドレスを着て……そんなに恵まれているなら元同僚の私を助けてくれても良いじゃない」
じっとりとした眼差しでリタが言う。
エリカが伯爵家でどんな目に遭っていたか知らない訳でも無いだろうに。
そして私が公爵家でケビン相手にどんな綱渡りをしているかも知らない癖に。
「助ける理由が無いわ」
伯爵家の使用人たちがエリカに優しくしてくれていたなら同情したし、ある程度の救済に動いたかもしれない。
けれどそんな人間は伯爵家に居なかった。
だから正直どうでも良いのだ。継母と異母姉の仕打ちに耐えられないなら辞めればいい。
そして私はリタの新しい雇用主になるつもりは全く無かった。
「辛いなら辞めて別の場所で働けば良いでしょう、私は絶対雇わないけれど」
「……何でよ、エリカのケチ!」
「公爵夫人をケチ呼ばわりするメイドなんて雇える筈が無いわ……それに」
私は溜息を吐くとリタの目を真っ直ぐに見る。
目が合った当初はこちらを睨みつけていた目がやがて耐えきれないように逸らされた。
「メイド服で来ている時点で辞めるつもりなんて無いでしょう、ローズから公爵邸に潜り込めという命令でも受けたのかしら?」
だとしたら人を見る目の無いお姉さまね。
私が口端だけで笑うとリタは顔を青褪めさせた。
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