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アイリスフィアの章

アイリスフィアの決断

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 二度目の婚約を私は選ばなかった。

 決して悪い話ではなかったしグラン王子を嫌っていた訳ではないけれど。

 男女で愛し合うということが私にはきっと一生理解できないのだと思ったから。

 そんな不幸な結婚をグラン王子にして欲しくないし、私もしたくなかったので婚約は固辞した。

 それが認められる程度には私の周囲は優しかった、公爵である父も、夫人である母も。そして王たちも。

 そして私が選んだ行き先は教会だった。

 薬に操られていた為とはいえ聖女を罵り嫌がらせをしていた事実は消えない。

 神と聖女に仕えること己の罪を償いたいと願い出た。そしてそれは聖女によって許され、私は今後教会で暮らすことになる。

 公爵家は年の離れた弟が継ぐだろう。グラン王子にも素敵な令嬢が結婚相手として見つかるといい。

 私はもう誰も愛さないから。

 違う。私は最初から誰かを愛してなどいなかったのだ。

 セイレーンの薬で無理やり燃え上がらされた恋心は紛い物でしかなった。私の心には虚無しかない。

 愛して求めたり、愛して苦しんだり、愛して間違えたり、そんなことは出来ない。

 だからこのような私は一生誰かと番ったりしてはいけないのだ。

 早朝の礼拝堂で女神に祈る。厳しいが正しく穏やかなここでの生活に対する感謝を告げる。

 祈りを終え扉を開くと、聖女レノラが美しく微笑んでいた。 


「ここでの生活にはなれましたか」

「はい、有難うございます」

「少しでも気になったことがあれば何でも仰ってくださいねアイリ様」


 この施設の中で最も偉い人間である彼女はいまだに末端である私を様付けで呼ぶ。

 やんわりと呼び名を変えるように提案しても変わらなかった。

 ジルク王子の暴走の件以来、レノアは年上の私をやたら気にかけてくれる。

 彼女の優しさに嬉しさと居心地の悪さを感じながら私は新しい生活を始めている。

 そろそろ朝ごはんの時間だとはしゃぎ手を引いてくる彼女に私は微笑んだ。

 追放されたジルク王子たちはまともな食事をとれているだろうか。二度と会いたくはないが嫌な死に方はしないで欲しい。


「おやさしいこと」


 そうぽつりとレノアの唇からこぼれる。

 聞こえた言葉の意味を考える私の手を引いて聖女は楽し気に食堂へと歩いていく。

 まるで学園での生活に戻ったようだなと少し懐かしく思った。

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