勇者の帰りを待つだけだった私は居ても居なくても同じですか? ~負けヒロインの筈なのに歪んだ執着をされています~

砂礫レキ

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第一章

五十二話

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「結局、人間が魔物になったって人間でしかないのよ」


 両腕の動きを封じられたリンナを前にミランダさんが言う。

 その表情は冷徹にも疲弊しているようにも見えた。

 彼女は自らの豊かな胸の谷間にその手を差し込む。

 まるで袋の中から目当ての物を取り出すように、そこから一本の杖が出てきた。

 それと同時に妖艶な美女だったミランダさんが一気に老け込む。

 けれどその声には変わらず大魔女としての威厳があった。

 
「アディーちゃんの御蔭で、じっくりと体内で魔力を練らせて貰ったわ。後は楽な仕事さ」


 最期の長話は楽しかったかい?

 そう老婆の姿になったミランダさんは言う。

 その間も私の心臓は張り裂けそうな程に脈打っていた。恐る恐るリンナを見つめる。

 リンナも私を見た。強い憎悪と救いを求める哀願。

 それだけが彼女の瞳には満ちていた。

 そのに私は安堵する。


「……私は居ても居なくてもいい人間じゃない。そんな無害な女じゃなかった」
 
「アンタっ、アディー……」

「私はリンナを助けない。貴女はここで死ぬの、人間として」

「嫌よ、そんなの嫌!どうして今度は許してくれないのよ!!」


 あの時は許してくれたのに。その悲痛な叫びに幼い少女の姿が揺らぐ。

 けれど私の心は揺らがない。ざまあみろという気持ちもない。
 
 早く、終わって欲しい。


『氷の女王に慈悲はない』

『罪深き人間は罰せられ氷像となり』


 ミランダさんの詠唱が始まる。

 前もって知らされた通り彼女にしては大掛かりだ。


「リンナ!リンナぁ!!」


 彼女に駆け寄ろうとしたその母親を自らの体で止める。

 肩に思い切り爪を立てられた。それでも離さない。


『魂は凍り付き永久に生と死の狭間を彷徨う』


「アタシだって、幸せになりたかっただけなのに!」


『そして罪人は地の底に棄てられた』


「助けてよ、アディー……お姉ちゃ……」


『朽ちなき死者を抱け、フリージング・ヘル』



 リンナの両腕を拘束する魔法陣の盾。

 そして彼女の真正面に立ちはだかるミランダさんの杖から私でも感じ取れるほどの凄まじい凍気が同時に放出される。

 私はリンナが完全に凍り付くのを無言で見ていた。

 それは随分と長いようでいて数秒だったかもしれない。

 自らを魔物の女王だと誇った彼女は幼い少女の泣き顔で終わりを迎えた。

 リンナの母親が先程よりもずっと激しく慟哭の声を上げる。

 けれど、本当は、まだリンナの肉体は死んでいない。

 幾つもの長い根を持つ魔植物となったリンナの体が腐れば地盤に影響がある。

 急速な凍結による仮死状態。それをミランダさんは魔法で再現して見せると言った。

 適した魔法はある。だが複雑で大掛かりなそれを放つ為の準備時間が必要なのだと。
 
 私はその役目を引き受けた。恐ろしい程作戦は上手くいった。

 手癖の悪さゆえに孤独に陥ったリンナ。

 彼女の楽し気なお喋りを聞き続けるだけでそれは叶った。

 時間稼ぎも、そしてもう一つのことも。


「……馬鹿ね、リンナ」


 貴女、魔物になったのだから二本の腕以外でも私たちを攻撃できたでしょうに。

 私はそれをずっと恐れていたのに。

 久しぶりに誰かと話すのが楽しくてすっかり忘れてしまったのね。

 私は勇者でも魔女でもないが、魔物を一時的に人間に戻すことはできたようだった。

 彼女は自分を人間だと認識したから、両手を拘束されただけで観念したのだ。


「後はこの場所を封印すればいい。お疲れ様、アディーちゃん」

「……ええ、疲れました」


 ミランダさんの労いの声に、それだけを返す。

 リンナへの哀悼の涙は零れなかった。

 きっと凍ってしまったのだろう。

 私は今日、魔物を殺した。ただそれだけだった。
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