その木かげで待つひとへ(1)光る道を進んで

端木 子恭

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手にした戦果

抱えた傷の置き場所

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 空模様はまだ崩れずにいた。
 ディアドラのいる丘は森の向こうに見えなくなり、今、下に広がるのはロードの広い畑。

 リボルの背から兵舎の周りに人が集まっているのが見えた。
 隊のみんなが戻ったのだと肩を下ろす。

「よかった。あらかた帰れたみたいだ」

 館の前でリボルから降りた。
 大鳥はすぐ森の方へと飛び去る。

「クレイグ」

 館に入って幼馴染を探した。
 ずっとロードで過ごしているクレイグは、滅多に実家へ帰らない。

「帰ってるよ」

 トゥーレが家人の棟から出てきて教えてくれた。
 手には紙の束がある。
 これから執務室で広げるのだ。

 顔を見ておきたくて館を探す。
 家人の密度から察するにキッチンのようだ。
 土色になった衣服を手にしてランドリーに向かう人たちとすれ違う。

「どうだった?」

 いい匂いのする空間を覗いて聞いた。
 焼き上がったばかりの菓子を片手につまんでいる。
 欲ばりにふたつ口に入れるところだった。

 洗ったばかりの頭に布をかぶったままだ。
 クレイグはリロイに視線をやった。

「どうだ? 腕は」

 適当に引っ張り出したような農作業用の服を着ている。
 先ほどのリロイの質問は聞こえていなかったようだ。
 
 開けっ放しになっているキッチンの扉から中庭が見えた。
 
 春を迎えた中庭は緑が鮮やかだ。
 鳥や虫が飛んでくる。

「いい治療師に会った。もうすっかりいいよ」
「治ったのか」
「それはまだ」

 口元まで菓子を運んだクレイグは、気づいたように手を戻した。

「治療師? いい? 誰?」
「クレイグの知らない人」
「どこの」
「ガエルで会った」
「どうやって」
「教えない」
 
 腕を伸ばされる前にキッチンを出る。

 無事に帰ってきたようでよかった。
 早めに終わったことにも安堵した。

「元気そうだったろ?」

 執務室で紙を整理するトゥーレが聞く。
 笑い返したリロイは一緒に書類を分け始めた。

「なあ、トゥーレさん。リロイが隠し事」
「そうさ。リロイ様はここしばらく秘密を抱えてる。
 みんな知ってる」
「それは隠し事じゃ、……ないですよ」

 みんな知っている隠し事とは。

「クレイグはもうちょっと丁寧に洗ってきた方がいい。
 まだ頭に泥が絡んでるよ」

 髪の毛に石が絡まる人間を浴室へ差し戻す。

「……、これは」

 一枚の紙に目をとめた。
 補償金の内訳だ。

 命果てるまで働いてくれた者の住んでいた場所。
 クレイグは一人、エリアナまで行って届けている。
 
「後でちゃんと石を取るからもうこれでいいな」

 廊下からクレイグの声がした。
 面倒になって櫛を無理やり通して戻ってきている。

 執務室に入ると主人の椅子へ横向きに転がった。
 肘かけから投げ出した両脚をゆらゆらさせる。

 すっかりくつろいでいるけれど、ここはリロイの家。


「今回は全体として負傷者が少なめだったんだけどな」

 館の主リロイが読んでいた書類を見て言った。

「エリアナのは、あの人?」
「うん。他の捕虜が、帰るついでに運ぶのを手伝ってくれた。
 身代金のほかにあの人宛の見舞金も家族が出してくれたりして助かった」
「息を引き取ってしまったんだ」
「そうだけど。……リロイがずっと介抱してやってたから。
 そのおかげでエリアナの捕虜が態度を軟化させた」

 何かあったんだな、という顔でトゥーレが二人を見比べている。

「聞いてよ、トゥーレさん。またあの将軍がさー」

 椅子からうんと手を伸ばしたクレイグは未整理の書類を一枚手に取った。
 顔の前にかざして「これは面倒なやつ」とちょっと口を尖らせる。

 主は立って壁に飾られている大きな剣を見やった。

 伯父のものだったらしい長剣。
 使われなくなって二十年経つけれど、柄の石は綺麗に光っている。

「リロイ様がやつの捕虜を庇ったのか?」
「そうそう。あいつのじゃなかったんだけど。
 エリアナの鉱山の権利持ってる人が年寄りに捕まっちゃって。
 それが色々聞かれてボロボロだったんだよ。
 そこにあいつが乱暴してさー。リロイは気がいいから庇ったんだよな。
 挙句に腕を折られてうちは主力離脱だよ。
 いったんは補給係にまわしたけど、リロイの無駄遣いもいいところ」
「贅沢な使い方だったな」

 トゥーレは笑った。

「トゥーレさんのおかげで助かった。
 バストルの名前を出したら捕虜をおとなしくくれた」
「そりゃよかった」

 バストルはトゥーレの出身国だ。
 貧しい山間の集落の集合体で、数年前にオーヴェの遠征の被害にあった。

 オーヴェが拠点として居座った集落で捕虜の扱いに問題があった。
 捕虜の一人が意地で脱走し、アレスティア軍の次の作戦を仲間に漏らした。
 情報の漏洩と、捕虜の不適切な扱いを隠すため、オーヴェは自ら撤退している。

「その後正面突破でヘイデンの大将を追い詰めたんだけど。
 向こうが頃合いで退いたんだ」
「じゃあ、エリアナは負けた?」

 リロイは驚いてクレイグに聞いた。
 数では十分だったはずだ。

「そう。いったんは負けた。
 去年と同じ量の火薬を納めるように通商の内容を変えさせた。
 だけど都に着いたら状況が変わってた。
 エリアナとヘイデンの共同名義で抗議文が届いていてな。
 二度目の通商交渉は無効である。
 量は今年エリアナが決めた量で承認せよって。
 オーヴェの不在中に抗議のための使節がやってきて。
 訂正の承認をテオフィリュス王にさせて帰ったみたい」
「やっぱりヘイデンだな。あっちからもこっちからもくる」

 リロイが感心して言う。

「オーヴェがさらに変えさせるにはヘイデンに乗りこむしかない。
 けど無理だよ。自分の命令で自分の兵士がほとんどやられてる」

 突撃。正面突破。
 数で押しこむオーヴェは戦果の何倍も自分の被害が大きい。

「勝ってもその度に兵が減る。あの戦い方を変えないんじゃ先が持たない」

 クレイグは軽口のように言う。

「じゃあ、農繁期が終わるまで戦闘はなさそうだ」

 ほっとして、リロイは肩を下ろした。

「ヘイデンの方も、次は別の国との交渉に向かっているらしい。
 しばらくアレスティアやこちらの関係する国にちょっかいはかけられない」
「連れ帰った捕虜は結構いる?」
「何十人か。家には連絡させた。
 ロードでの労役が済んだら帰ると伝えた」
「やった。人手が足りる」

 麦の世話の他に、家畜の出産ラッシュがくる。
 人手はいくらあってもいい。




 翌日、リロイは兵舎で捕虜と対面した。

 何をされるのかと不安がる捕虜たちに今後の処遇を説明する。
 この領地では農村の出稼ぎ労働者と変わらない待遇になるのだ。

 負傷者は手当てを受けながら過ごせる。
 無理はしなくていいことは念を押した。

 労役の期間が満了したら改めて希望を取る。
 ロードで旅費を稼いでから帰るか、ガエルに出てすぐ帰路に着くか。


 どうせあちこち痛むから、ここで農作業もいい。
 しばらく農村でゆっくりして帰れる。
 家族には連絡できる。
 縛られているわけでもない。暴力を振るわれることもない。

 アレスティア軍に捕まったらひどい目に遭うのだという話だった。

 しかしロード伯爵領は違うようだ。

「兵舎がここにいる間の家になります」

 まだ若い伯爵が説明するのを呆けたように見ている。
 背の大きな彼は、ホールに腰を下ろした捕虜たちの前に膝を折って話した。

「もし魔獣を見かけても、刺激せず、黙って動かないでいてください。
 動かなければ人を襲うことは滅多にありません。
 無事に家に帰ってくださいね」


 思わぬ厚遇に捕虜たちは顔を見合わせていた。

 受け入れる側の領民たちは慣れたもので、初対面の人間相手にどんどん仕事を割り振っていく。
 怪我の具合を気にかけ、ぽつぽつと故郷の話を引き出した。

 領主と同じく、無理はしなくていいと言う。
 麦の畑を文字通り見ているだけだってありがたい。

 最初は戸惑っていた捕虜たちだった。
 だがすぐにその頬からはこわばりがほぐれていった。

 笑い合うまでにそんなに日は要さなかった。
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