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はじまりの庭 ※過去編です。
見学の日
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公開裁判。
なんとも恐ろし気な響きの言葉にリロイははじめ床を見ていた。
ウィムが予備知識として見習いたちに趣旨を説明する。
「今日の裁判は捕虜の扱いが適正だったかどうかなんだが。
難しい境界線の判例になる。今後そういう場面に出くわすこともあるだろう。
ちゃんと自分のこととして聞いておくようにな」
黒っぽい石でできた軍事裁判所だ。
大きな法廷がいくつもある。今いる場所も広い。
法廷の二階が通路のようになっていた。
周りを取り囲むそれは見学者の立ち見スペースを兼ねる。
「被害者はアレスティア兵だ。交渉のために他国へ軍隊を連れて乗り込んだ」
それは交渉か。
「ヘイデンはその国からの救援要請を受けて出たんだ。
アレスティアと戦って、捕虜をとって交換を持ちかけた。
ところが、捕虜の収容中に喧嘩が起きて預かってた隊長が制圧した。
それがちょっと私怨あってやりすぎたのではないかという審議だ」
「ヘイデンの隊長の罪ですか?」
リロイが聞いた。
顔はこわばっていて、これから起こるのはひどいことだと確信している。
珍しいことにウィムは目を大きくした。
「悪いのは被害者でしょう?」
「まあ、捕虜になってまで喧嘩するなよって思う気持ちはあるが」
ウィムは戸惑いながら複雑に笑う。
その表情は出征の際に見たアレスティアの狼藉に何か心当たりがあるようだ。
「ヘイデンは法が何者よりも上にある国だ。王様ですら従わなければならない」
裁判が始まると、まずことの経緯を説明する事務官が記録を朗読した。
「……完全に悪いのってアレスティアだよな?」
クレイグが手すりに顎を乗せて目だけリロイを見上げる。
「そうだよね」
被害者はこの場にいないけれど、被告席にいる人が極悪人とは思えなかった。
志が高そうな顔をしている。
ウィムと同じくらいの年に見えた。
立派に軍に勤めている人。
「拘束中の被害者にするには過重な制圧でしたね」
被害者の負傷の様子を証言した後、治療師がそう感想を述べる。
そのあたりでリロイが忙しなくあたりを見渡した。
治療師が下がり、次に証言するのは同じ隊の兵士である。
以前にアレスティアに隊の人間が捕まったことがあると証言した。
その兵士が帰ってきた時の痛ましい姿に心が平静ではいられなかったのだろう。
記憶がよみがえって怒りが湧いたのではないかと擁護した。
「治療師……、同じ隊の人間が……」
なおも観衆を見る。
「リロイ、もしかしてびっくりしてる?」
クレイグとは逆隣にいたカーロが聞いた。
「うん」
幼い子のように素直にリロイが頷く。
先だって商品が泥棒の被害にあった時のセルジ侯爵の沙汰を思い出した。
どちらも素人だったが、重犯だった方は警吏に引き渡し、仲間も捜査中だ。
初犯だった元従業員には事情を聴いた。
途中から犯罪だと気づいたが恐ろしくて逃げられなかった。
報酬はもらっておらず、詳細も知らない。
セルジ侯爵は傷ついた商品の世話を命じた。
エミールの作った薬で世話をするように。
騎士団ではなく下働きとして雇うから今後あやしい仕事に応募しないこと。
リロイはセルジ侯爵がこの世でひとりくらいのいい大人なのだと思った。
ところが、今日のこの裁判でも群衆は大人しい。
声を張り上げて被告を断罪するアレスティアの公開裁判とは全く違った。
「アレスティアの公開裁判はただの吊し上げだからな。
広場の真ん中で見せしめにあうだけのやつ」
クレイグが鼻で息を吐く。
「リロイはあれ見るの嫌なんだよな」
ウィムが非常に同情するような顔をした。
公開裁判と聞いただけで俯く様子を珍しいと思っていたが。
「捕虜の怪我を治療師にみせることもしない。
裁判で被告を庇おうものなら証人も危険だ」
「それ本当に隣の国?」
カーロが唖然として呟く。
「こんなに静かに進むんだ」
「そりゃそうだろ。騒いでたら法律に照らし合わせて考えられない。
裁判官たちがいい迷惑だよ」
カーロの向こうからエギルマールが口を出した。
「法廷での言葉は重い。被告や原告の人生に関わる。
騒ぐってことはひとりの人間の人生を壊してやるって行為だぞ」
隙間から法廷を見ていたエミールは複雑な表情をしている。
「うちの近くでも怖い国はあるなあ。
絶対に戦はしたくないし、捕虜なんてとんでもない」
「戦しないためにコルフはどんな工夫をしているの?」
リロイがちょっと振り向いて尋ねた。
「学術研究の大きな機関がある。
国際的な価値のある施設だ。それが一つの盾になってる」
後は……、と続けたエミールは結局なことを言う。
「資金かな。水源を持っている国同士だと最後は資金がものをいう」
「それはどこも変わんないな」
エギルマールは笑った。
被告の証言の時間になっていた。
過度な暴力になってしまったことは反省している。
だが過去に虐げられた仲間のことを思ったことは責められないだろう。
味方の兵士にまで粗暴な行動をとったあのアレスティア兵に怒りを禁じ得なかった。
今後は二度と同じことはしない。
そんなところで仕返ししても仲間は喜ばないとよく分かった。
裁判官たちが話し合いに退席する前にもうひとり証言に立った。
高官のようで、物静かな雰囲気の人だ。
「この度は被告にも被害者にも痛ましいことであった」
その人はそのように切り出した。
「あなたはかつて被害にあった仲間を思い、今捕虜になっている仲間を案じたんだね。
その心は責められるものではない。焦りから判断を誤ることはよくある。
しかし、この度あなたは隊長であった。
大変な辛苦であるが、隊長は一段と厳しく法を遵守し遂行する者でなければならない。
そのことには納得いっているかな?」
そう語る人を、リロイは見つめる。
まるで自分が法廷に立っているかのように真っ直ぐ。
「今日はあなたがこれまでにしてきた英雄的な行いや温かい人柄を排除して考えなければいけない。
非常に惜しく、申し訳ない。
私はあなたの正義感や武勇を知っていても、今日の判決にそれを加味しない。
あなたがその時行った行為にのみ焦点を当てる。
それが法で統制された国ヘイデンの在り方だ」
穏やかだけれど厳しい言葉だった。
被告は不安そうな面持ちで下がっていった。
「高潔すぎるだろ。あの隊長は悪くない。
役人は実戦に出たことないんだ。だからさらっとあんなこと言えるんだよ」
エギルマールが口を尖らせて言う。
「あの方は戦場にいらした方よ」
カムが反論した。
「強かったの。人格者でもあった。
あの隊長の心が十分理解できる人。
その上でああ言ったのよ」
「法が大事って、それって国の体面が大事ってことだろ?
兵士のことなんてもう考えてないんじゃないか?」
「考えてるからあえてああ言ったの」
「俺も、あの隊長に軽い判決が出るといいと思うな」
ウィムが空の被告席を眺めながら言う。
「分かるよ。正直俺だってアレスティアには捕まりたくない。
捕まって帰ってきた兵士も何人も見た。あれはひどい」
リロイとクレイグがそんな世話係を見た。
いっこも反論が浮かばない。その通りだから。
「でも、それでもヘイデンが法を破っちゃいけない。
あの隊長の罪は国家への怒りを個人に向けたことだ。
こっちにも事情があったろうが、あっちにだって暴れた事情がある。
戦ってそういうもんだ」
なんて言えばこの気持ちがすっきりするのか、ウィムはしばし考える。
「リロイやクレイグが隊長になったら国際法に則った運用をしてくれ。
俺がもし同じ戦場にいて劣勢になったらおまえたちの旗のところにいって捕まる。
だからちゃんと守ってくれ」
カーロが吹き出した。
「そうだ。それがいいね。
見習いが終わる前に二人の旗印教えてよ。
俺は多分最初から一目散に向かうかもしれない」
「戦えよ、少しは」
エギルマールがカーロの肩を小突く。
この仲間たちと戦場で会う時。
リロイはそんな言葉が浮かんで胸が痛んだ。
起こりうる未来だ。
自分が振るう剣の先にみんながいる。
判決は三ヶ月の再教育ということで結審した。
「どういう罪?」
クレイグがウィムに聞く。
「もう一度、勉強し直すってことだな。
捕虜の扱いや自分の感情を制御することを学び直す」
「それはあの人にどんな影響がある?」
「もう出世は諦めなければならないが、現場の兵士として隊長は続けていける。
有罪にならなくても隊長どまりはよくあることだ。
本人の気持ち次第で軍人を続けられるよ」
軽めの刑が確定したと分かって見習いたちは一様に安堵した。
「法が運用されるって気分がいいな」
クレイグが帰り道でリロイに言う。
「下を見ずに済む」
どんな国なんだとカーロがまた心配そうな顔になった。
なんとも恐ろし気な響きの言葉にリロイははじめ床を見ていた。
ウィムが予備知識として見習いたちに趣旨を説明する。
「今日の裁判は捕虜の扱いが適正だったかどうかなんだが。
難しい境界線の判例になる。今後そういう場面に出くわすこともあるだろう。
ちゃんと自分のこととして聞いておくようにな」
黒っぽい石でできた軍事裁判所だ。
大きな法廷がいくつもある。今いる場所も広い。
法廷の二階が通路のようになっていた。
周りを取り囲むそれは見学者の立ち見スペースを兼ねる。
「被害者はアレスティア兵だ。交渉のために他国へ軍隊を連れて乗り込んだ」
それは交渉か。
「ヘイデンはその国からの救援要請を受けて出たんだ。
アレスティアと戦って、捕虜をとって交換を持ちかけた。
ところが、捕虜の収容中に喧嘩が起きて預かってた隊長が制圧した。
それがちょっと私怨あってやりすぎたのではないかという審議だ」
「ヘイデンの隊長の罪ですか?」
リロイが聞いた。
顔はこわばっていて、これから起こるのはひどいことだと確信している。
珍しいことにウィムは目を大きくした。
「悪いのは被害者でしょう?」
「まあ、捕虜になってまで喧嘩するなよって思う気持ちはあるが」
ウィムは戸惑いながら複雑に笑う。
その表情は出征の際に見たアレスティアの狼藉に何か心当たりがあるようだ。
「ヘイデンは法が何者よりも上にある国だ。王様ですら従わなければならない」
裁判が始まると、まずことの経緯を説明する事務官が記録を朗読した。
「……完全に悪いのってアレスティアだよな?」
クレイグが手すりに顎を乗せて目だけリロイを見上げる。
「そうだよね」
被害者はこの場にいないけれど、被告席にいる人が極悪人とは思えなかった。
志が高そうな顔をしている。
ウィムと同じくらいの年に見えた。
立派に軍に勤めている人。
「拘束中の被害者にするには過重な制圧でしたね」
被害者の負傷の様子を証言した後、治療師がそう感想を述べる。
そのあたりでリロイが忙しなくあたりを見渡した。
治療師が下がり、次に証言するのは同じ隊の兵士である。
以前にアレスティアに隊の人間が捕まったことがあると証言した。
その兵士が帰ってきた時の痛ましい姿に心が平静ではいられなかったのだろう。
記憶がよみがえって怒りが湧いたのではないかと擁護した。
「治療師……、同じ隊の人間が……」
なおも観衆を見る。
「リロイ、もしかしてびっくりしてる?」
クレイグとは逆隣にいたカーロが聞いた。
「うん」
幼い子のように素直にリロイが頷く。
先だって商品が泥棒の被害にあった時のセルジ侯爵の沙汰を思い出した。
どちらも素人だったが、重犯だった方は警吏に引き渡し、仲間も捜査中だ。
初犯だった元従業員には事情を聴いた。
途中から犯罪だと気づいたが恐ろしくて逃げられなかった。
報酬はもらっておらず、詳細も知らない。
セルジ侯爵は傷ついた商品の世話を命じた。
エミールの作った薬で世話をするように。
騎士団ではなく下働きとして雇うから今後あやしい仕事に応募しないこと。
リロイはセルジ侯爵がこの世でひとりくらいのいい大人なのだと思った。
ところが、今日のこの裁判でも群衆は大人しい。
声を張り上げて被告を断罪するアレスティアの公開裁判とは全く違った。
「アレスティアの公開裁判はただの吊し上げだからな。
広場の真ん中で見せしめにあうだけのやつ」
クレイグが鼻で息を吐く。
「リロイはあれ見るの嫌なんだよな」
ウィムが非常に同情するような顔をした。
公開裁判と聞いただけで俯く様子を珍しいと思っていたが。
「捕虜の怪我を治療師にみせることもしない。
裁判で被告を庇おうものなら証人も危険だ」
「それ本当に隣の国?」
カーロが唖然として呟く。
「こんなに静かに進むんだ」
「そりゃそうだろ。騒いでたら法律に照らし合わせて考えられない。
裁判官たちがいい迷惑だよ」
カーロの向こうからエギルマールが口を出した。
「法廷での言葉は重い。被告や原告の人生に関わる。
騒ぐってことはひとりの人間の人生を壊してやるって行為だぞ」
隙間から法廷を見ていたエミールは複雑な表情をしている。
「うちの近くでも怖い国はあるなあ。
絶対に戦はしたくないし、捕虜なんてとんでもない」
「戦しないためにコルフはどんな工夫をしているの?」
リロイがちょっと振り向いて尋ねた。
「学術研究の大きな機関がある。
国際的な価値のある施設だ。それが一つの盾になってる」
後は……、と続けたエミールは結局なことを言う。
「資金かな。水源を持っている国同士だと最後は資金がものをいう」
「それはどこも変わんないな」
エギルマールは笑った。
被告の証言の時間になっていた。
過度な暴力になってしまったことは反省している。
だが過去に虐げられた仲間のことを思ったことは責められないだろう。
味方の兵士にまで粗暴な行動をとったあのアレスティア兵に怒りを禁じ得なかった。
今後は二度と同じことはしない。
そんなところで仕返ししても仲間は喜ばないとよく分かった。
裁判官たちが話し合いに退席する前にもうひとり証言に立った。
高官のようで、物静かな雰囲気の人だ。
「この度は被告にも被害者にも痛ましいことであった」
その人はそのように切り出した。
「あなたはかつて被害にあった仲間を思い、今捕虜になっている仲間を案じたんだね。
その心は責められるものではない。焦りから判断を誤ることはよくある。
しかし、この度あなたは隊長であった。
大変な辛苦であるが、隊長は一段と厳しく法を遵守し遂行する者でなければならない。
そのことには納得いっているかな?」
そう語る人を、リロイは見つめる。
まるで自分が法廷に立っているかのように真っ直ぐ。
「今日はあなたがこれまでにしてきた英雄的な行いや温かい人柄を排除して考えなければいけない。
非常に惜しく、申し訳ない。
私はあなたの正義感や武勇を知っていても、今日の判決にそれを加味しない。
あなたがその時行った行為にのみ焦点を当てる。
それが法で統制された国ヘイデンの在り方だ」
穏やかだけれど厳しい言葉だった。
被告は不安そうな面持ちで下がっていった。
「高潔すぎるだろ。あの隊長は悪くない。
役人は実戦に出たことないんだ。だからさらっとあんなこと言えるんだよ」
エギルマールが口を尖らせて言う。
「あの方は戦場にいらした方よ」
カムが反論した。
「強かったの。人格者でもあった。
あの隊長の心が十分理解できる人。
その上でああ言ったのよ」
「法が大事って、それって国の体面が大事ってことだろ?
兵士のことなんてもう考えてないんじゃないか?」
「考えてるからあえてああ言ったの」
「俺も、あの隊長に軽い判決が出るといいと思うな」
ウィムが空の被告席を眺めながら言う。
「分かるよ。正直俺だってアレスティアには捕まりたくない。
捕まって帰ってきた兵士も何人も見た。あれはひどい」
リロイとクレイグがそんな世話係を見た。
いっこも反論が浮かばない。その通りだから。
「でも、それでもヘイデンが法を破っちゃいけない。
あの隊長の罪は国家への怒りを個人に向けたことだ。
こっちにも事情があったろうが、あっちにだって暴れた事情がある。
戦ってそういうもんだ」
なんて言えばこの気持ちがすっきりするのか、ウィムはしばし考える。
「リロイやクレイグが隊長になったら国際法に則った運用をしてくれ。
俺がもし同じ戦場にいて劣勢になったらおまえたちの旗のところにいって捕まる。
だからちゃんと守ってくれ」
カーロが吹き出した。
「そうだ。それがいいね。
見習いが終わる前に二人の旗印教えてよ。
俺は多分最初から一目散に向かうかもしれない」
「戦えよ、少しは」
エギルマールがカーロの肩を小突く。
この仲間たちと戦場で会う時。
リロイはそんな言葉が浮かんで胸が痛んだ。
起こりうる未来だ。
自分が振るう剣の先にみんながいる。
判決は三ヶ月の再教育ということで結審した。
「どういう罪?」
クレイグがウィムに聞く。
「もう一度、勉強し直すってことだな。
捕虜の扱いや自分の感情を制御することを学び直す」
「それはあの人にどんな影響がある?」
「もう出世は諦めなければならないが、現場の兵士として隊長は続けていける。
有罪にならなくても隊長どまりはよくあることだ。
本人の気持ち次第で軍人を続けられるよ」
軽めの刑が確定したと分かって見習いたちは一様に安堵した。
「法が運用されるって気分がいいな」
クレイグが帰り道でリロイに言う。
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