ちゃりんこ

端木 子恭

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おばあちゃん

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 八亀やかめつむぎ。
 春から中学2年生に進級する。

 しかし事は不穏な流れになっていた。

「だぁいじょうぶだから」

 何にも考えてないような「大丈夫」を、父は電話口で連呼していた。
 相手は北海道で一人暮らししている祖母である。

「つむぎは真面目に勉強してるから。大丈夫だから。
 2学期から戻るって言ったら学校の先生もわかりましたって。
 …だぁいじょうぶだって」

 クッソお父様。

 つむぎはじっと父の背中を見ていた。

 調子のいいことばかり。だったらあんたが行けばいいのに。

 胸に毒が渦巻く。

 年明けの寒い日、祖母は体調を崩した。
 病院から電話がかかって来たときは、てっきりアレなのかと思った。
 次いつまた体調を悪くするか分からないから、誰かご家族の方が近くに来れないですか。
 病院の職員さんに言われたのが1月の事だ。

 両親は話し合いを重ねた。
 不動産屋と何回も面談し、プランは練られていった。

 今年の夏に祖母は家を引き払う。
 つむぎと同じマンションへやって来る。

 そう決まったまでは嬉しかったのだが。

「したらばあちゃんとこにつむぎをやるから」

 しゅっ、と縄でぐるぐる巻きにされたかと思った。
 2月の事だ。
 そのくらいの勢いで父は話を決めてしまった。

「1学期の間だけ。
 病院は歩いて3分でしょ。大丈夫だって。つむぎでも」
「おい。失礼だぞ、父」

 突っ込んでやると、父は振り返って「しぃっ」と言う。

「つむぎも行きたいって。
 しばらくぶりにお友達にも会えるし」
「こっちのお友達とお別れしてな」

 するとまた父は「しっ」と振り向いた。

「うるさ…」

 つむぎはぶすっとして父を睨む。

 
 つむぎは今、県内の私立中学校に通っていた。
 とても気に入っているのに、突然北海道に行けと指令されたのである。

 嫌すぎだ。

 1学期は楽しいことがたくさんある。
 新入生の歓迎会、校外学習、もう一つ校外学習…。

 イベントを3つも捨てる以上の価値が北海道にあるのかよ。
 (しかも都市部ではない)。

 小6まで暮らしていたくせに、腹が立つせいでいい思い出を見れないでいる。
 北海道を出るときは、お別れしたくないと号泣したにも関わらずだ。

 今は3月の半ば。
 明日の終業式をもって、つむぎの住民票は一時的に祖母の元へ移る。


 2月の忌々しい記憶が浮かんだ。
 つむぎは唇を舌打ちの形にする。
 
「なんもだよ。大丈夫大丈夫」

 あの時、適当な言葉を詰め込んで、父は祖母との電話を切った。

「あのさ、ヤングケアラーってやつじゃない?
 虐待だよこれぇ」

 メッセージを打ちながら言う。
 同じような内容を送信していた。

「おばあちゃんは介護が必要なわけじゃないから。
 ケアしなくていいんだよ。
 見守ってるだけで」

 つむぎの派遣が決まってから、父と母は毎日祖母に電話している。 

「じゃあカメラでいいじゃん」

 中学生の知恵を披露してやった。

「セコムとか、スマートウォッチとか、いろいろあんじゃん。

 何で人材派遣?」
「孫に見守ってもらったら嬉しいんでしょ」

 母が父に加勢する。

「つむぎは高校受験がないから、こういう時役に立ってくれてもいいでしょ」

「受験がなくても、大会は、あるんですよ」

 分かってねえですね、うちの親は。

 つむぎはまたそのような内容を友達に送信した。

 つむぎは水泳部をしている。
 成績はそれなりでしかないが、楽しかった。
 2年生になればもっと大会に出られる。
 わくわくしていた。

 なのに。

「最悪。もー最悪」

 祖母は好きだ。
 70歳を過ぎたばかりの祖母。
 すーごくちっちゃくてころころしている祖母。
 座布団が似合ってかわいいよ。
 いつもつむぎのしょうもない話をよく聞いてくれた。
 けどさ。

「3か月…」

 思春期の3か月を見も知らない中学校で無事に乗り切れるのか。
 自信がなかった。

「…マック、あったっけぇ…?」

 半べそのつぶやきに、しばし考えた父が答える。

「ないわ。そういうの一切」
「死刑って言ったー」

 うわーん、と床に突っ伏しながら、さっそくマックない件を友達に教えてあげた。



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