ちゃりんこ

端木 子恭

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北の大地

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 せっかくだからと、新幹線のチケットを買ってくれた。
 父は鉄道大好きだ。

 しかも間違いがないよう、1週間も前にすでに発券していた。
 
 反抗期だったので学校帰りに払い戻してやった。
 羽田から新千歳までの航空券を最安値で買っている。
 差額はいただきだ。

 そんなわけでつむぎは空の旅を満喫した。
 スマホも新しく買ってもらって、2台持ちになった。
 とりあえず行きの分の腹はこれで治まる。
 
 北海道の輪郭が見え、やがて飛行機が下がり始めた。
 つむぎは鬱々とした顔をして、北の大地におりた。

 空港からさらに約2時間。
 札幌から北へ100㎞いったところが目的地だった。

「寒ぅいっ」

 すっかり本州に染まって半袖できた女子1名。
 3月はまだ残雪が道路脇に積まれている。
 そうだ。道々これらを踏んづけて、崩して歩いていたことを思い出した。

 エコバックが道中買った菓子で膨らんでいる。
 必要なものは一切入っていない。
 生存スキルがなさすぎだな、と自分であきれた。

 祖母の家までは歩いて10分ほど。
 まっすぐな道をすたすた歩き出す。

 駅前に、コンビニが1軒。
 その隣が市営の温水プール。
 そして病院。の、近くには市場。
 向こうに図書館。
 そう。図書館は大きくてきれいで、夜遅くまで開館している。
 晩ごはんの後によく連れて行ってもらっていた。

 ここに一生住みたい。

 5年生までのつむぎは思っていた。
 こんないいところ他にない。
 なんでもあるじゃん。

 父の転職で引っ越すことが決まった。
 つむぎは小学校の成績が良かったので、試しに受験しようとなった。
 その方が知らない土地でも友達が作りやすいだろうと。
 その時はナイス両親と思った。
 寂しいとは思ったが、勉強時間が長くてしんみりする間もなかったと思う。
 受験本番には1か月ちょっと向こうに滞在した。
 そして、希望の学校に合格した。

 北海道を離れる日はさすがに辛くて泣いたけれど、すぐ忘れてしまっていた。

 電車で通学する日々。
 制服で「あの学校」と好意的にささやかれると誇らしい。
 つむぎの学業は並だったが、黙っていれば賢そうに見えるのかもしれない。
 虎の威を借りて、ゆるゆるとした毎日を過ごしていた。

 祖母の家が道路の向かいに見える。
 信号待ちをしているつむぎの前を、自転車が走り抜けた。

 ジャッ、と、車道の泥が飛び散る音がする。
 黒いフレームのロードバイクだ。

 うお、速い。

 黒いヘルメットに、黒っぽいサイクルジャージ。
 サングラスは虹色で、顔は見えなかったけれど、同じくらいの男の子かなと思った。
 山のある方へ去っていく。

 祖母の家に行き、インターホンを鳴らした。
 
「つむちゃん」

 小さくて丸い祖母がにこにこしながら出てくる。
 セキュリティの低さが懐かしかった。

「ばあちゃん。来たよ」

 つむぎはかわいい顔で笑う。

「おやつ食べようねえ。
 こんな遠くまでありがとう」

 いそいそとつむぎを中に招く。
 テーブルの上には甘い菓子が山盛りに盛られていた。
 そして、そばに小学校の卒業アルバムがある。

「あ、荷物もう着いたんだ?」

 たしかあれは引っ越しの荷物に入れたもの。

「そうなの」

 ほうじ茶をいれてくれながら祖母は言った。

「つむちゃんのお友達はみんな同じ中学校だから、きっとまた仲良くなれるよ」
「…そうだねえ」

 つむぎは偉そうにソファにふんぞり返りながらお茶をすする。
 1杯飲み切ったところで思い出した。

 自分は、この、祖母の世話をしに来たのでは?

「つむちゃん水泳続けてるんでしょ?それで髪切ったのかい?」

 髪を切る仕草をして祖母が尋ねる。

「う~ん。そういうわけでもないよ。
 気分。ただの気分」

 男の子みたいに短くしてみたかったから切った。
 それだけである。
 小学生の頃は切らずに放っていたから長く伸びていた。

「ばあちゃん体調は?最近は良いの?」

 遠慮なしに菓子を口に入れる。
 祖母はテレビをつけた。

「いいよ?なんだかあの一回だけで、あとは大丈夫だね。
 暖かくなってきたから元気が出てきたよ」
「……、よかった。ね」

 私の来た意味は。

「せっかく来たんだから、ゆっくりして行ってねえ」

 祖母はゆったりと笑う。
 
「ねー」

 愛想を返しておいて、つむぎは胸の内で泣いた。
 夏休み中に、学力の確認テストを受けねばならない。
 ゆっくりもしていられないことは決まっているのだ。

 小学生の時に使っていた部屋に、荷物は運び入れられている。
 2階まで祖母が持って上がったとは思えないからきっと宅配便の人だ。
 通う予定の中学校の制服もあった。

「あー…、ワンピースだったっけ」
 
 小学校の卒業式でみんなが着ていた。
 つむぎだけ、赤いリボンのブレザーだった。
 自身では、この世界で一番似合わない服がワンピースだと確信している。
 3ヵ月もの間、それを身に着けて歩くのだ。

 小学校の頃のセーターやズボンがクローゼットに残っている。

「着られんし」

 身長は5㎝ばかり伸びただけ。
 160㎝に数センチ及ばずというところだ。
 しかし、柄が。
 名も知らぬ動物柄だったり、よく分からない場所にレースがついていたりする。

「ダセェ。うける。ダッセェ」

 ひゃひゃひゃっと一人で笑ってしまった。

「ばあちゃん、自転車ある? 服屋さん行きたい。
 薄着しか持ってこなかったの」

 2階から声をかけると、祖母はのっちのっちと階段をきしませて上ってくる。

「あら、もう小学生の時のは着れないかい?」

 困ったように部屋を覗き込んだ。

「何か子どもっぽいからさぁ」

 甘えん坊の声で言う。

「つむちゃんはまだ子どもでしょや」

 祖母は笑ってつむぎの要求をはたき落としてきた。

「中学校のジャージ着て歩くといいよ。
 みんなそうしてるから」
「ふうん」

 クローゼットの制服の隣に、青と白のジャージがある。
 上を引っ張り出してみると、背中に赤い六芒星が背負われていた。
 
 陰陽師か?
 あれは星型か。

 はっきりと漢字で中学校の名前が冠されている。
 胸には布の名札。
 ‘三浦’とマジックで書いていた。

 三浦さん、ありがとうございます。
 私の親の無茶を聞いてくださった三浦さん。

 ナゾ柄のピンクのセーターを着て、その上に中学ジャージを重ねた。
 仮の名の三浦として外に出る。

「ばあちゃん、車庫に自転車あったよね?
 ちょっと確かめるね。
 乗れそうなら出かけるよ」
「はぁい」

 階段を駆け下りたつむぎのあとを追って、祖母は急ぎ足で下りてきた。
 玄関先で靴をとんとんやりながらつむぎはそれを制止する。

「ばあちゃん、ゆっくり下りて。
 私は勝手にやるからさ。けがしないでよ」

 早口で告げる孫に「分かったよー」と手を上げた。

 車庫の自転車は祖母に合わせてサドルが最大まで低くなっている。
 ちょっと持ち上げてペダルを回してみた。
 チェーンがゆるゆる。
 防犯登録を見ると、20年前だ。
 変速機なんかついていない。
 かごには小花柄の布でカバーがかけられているが、なかなかに日焼けしていた。
 パンクはしていない。
 スポークが所々なくなっているが、問題ない…、よね。

 車庫に転がっている空気入れで空気を入れ、準備完了だ。

「ばあちゃん、ちょっと自転車で走って来るー」

 靴を履いたまま這って居間へ侵入し、スマホを握る。

「気を付けてねー」

 流しで何かやりながら祖母が手を振った。

 あ、やべ。さっきのおやつのあと片づけてない。

 気がついたが、もう外に出てしまったし。

「いってきまーす」

 派手にきいきい鳴らしながら、つむぎは中学生らしい服を求めて走り出した。

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