ちゃりんこ

端木 子恭

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どっち?

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 グループラインには、日に3度、つむぎのメッセージが載る。

「5時半って、何の時間よ?」

 平日の朝にも関わらず、琉人は5時半に自転車をこぎだしてくれた。
 スマホ越しに通話している。

「向こうの起きる時間」

 つむぎはこぎ初めの寒い空気に震えながら答えた。
 今日はちゃんとサイクルジャージを着ている。
 風通しが良かった。

「したって早いな。もうあっちの山は30分で帰って来るんだろ?」
「まあ、そうなんだけど。女子の支度は時間がかかるから」
「何分」
「30分くらい?」

 へー。と言った琉人は前に出る。

「もう、怪我は痛くないんしょ?今日ちょっと新しいコース教える」

 声が、微妙に笑っている。何か企んでいる。

 橋に向かう道へ曲がった。
 石狩川を越えて、幹線道路も過ぎるとすぐ山に差しかかる。
 入口から斜度は4%からスタートした。

 ここら辺はもう大雪山系の一角で、山を越えればまたすぐ山である。
 道は上がるか下がるかどちらかしかない。
 
 左手に市内が見える道を上った。
 この山はいつもの山より標高が高い。

「きついっ」

 すでに息が切れていた。
 つむぎは前を行くロードバイクを「ずるいのでは」と見遣る。

「山頂で待っとくから」

 そう言うと琉人はぐんと力を入れた。
 ひと踏みごとに離れていく。

「ペース守んないと途中で足止まるぞ。
 最大斜度は7%か8%だから、練習になんべ」

 最初のつづらを折り返すと斜度は6%になった。
 十分きつい。
 体重をかけても無理じゃないかと思ったが、気合で踏んづける。

「亀はさ、なんで水泳部に入ったの?」

 坂を上りながら琉人が聞いた。

「プールが、きれいだったのよ」

 息も絶え絶えのつむぎが答える。

「1年じゅう泳げる、屋内プール。陸トレなし。
 シャワーもお風呂みたいにあったかい。
 なにより、楽しいんだ」

 そして、琉人がどうしてフットサル部なのか気になった。
 仲間のうちで誰よりも水泳が好きそうだったのは彼である。

「毎日泳げるの?」

 いいなー、というような口調だった。

「顧問の先生に許可がもらえれば、泳げるよ。
 全国大会とか国際大会とか出てる子もいるんだ」
「すげーな。
 亀はそんな子たちと泳いでるんだ」
「私は全然だけど。タイムはど真ん中。ザ・中くらいって感じ」

 そして聞いてみた。

「琉人はどうしてフットサル部?
 水泳部もあったんでしょ?フットサル強いの?」

 琉人はしばらく唸る。

「なんだろなー。…才能?」
「うっわあ」

 ぎゃはは、と笑いあった。

「去年のジロデイタリア、観たよ」

 笑ったらいい感じに力が抜ける。
 つむぎは足をつくのをやめて頑張った。

「だいたい流し見しちゃったけど、タイムトライアルの日はちゃんと観た。
 すごい足ずっと回してるんだね。
 太ももとか力入らなくなりそうって思った」

 イヤホン越しに琉人の息が弾んでいる。

「ロードバイクはさ、クリートっていって、金具でぺダルに足くっつけてんの。
 だから太ももの前の筋肉で押すだけじゃないのさ。
 引っ張り上げたりズったりして足全体の筋肉使ってんの」
「それママチャリにはつかないの?」
「付くけど。
 慣れない人が急に使うと足が離れなくて怖いと思うな」

 琉人の呼吸が落ち着いていった。
 もう山頂なんだ、と思った。
 どのくらい先なんだろう。

 山の上半分はコテージが並んでいた。
 宿泊施設だろうか。
 温泉施設もある。

 ぜえぜえ言いながら汗だくで山頂までたどり着いた。
 20分以上かかっている。
 琉人が寒そうに首を縮めていた。

「ここ、下りの終わりがT字になってるから、ちゃんと一時停止な。
 左に曲がったら国道に出れるから」

 それだけ言うと、つっと動き出す。

「ああっ、こっちは着いたばっかなんだけどっ」

 休憩させない相手に抗議した。

「ここ50キロ出るから、気分いいんだわ」

 イヤホン越しに楽しそうな声が聞こえる。
 くそう。でも下りならいいか。
 足つく隙もないままつむぎも下り始めた。
 スピードが乗る前にちゃんとギアを変える。

 下りの斜度もきつかった。
 ママチャリでこんなに出るのかというくらい速くなる。

 虫がサングラスに当たって砕けた。
 つむぎはもうそれくらいでは叫ばない人間になっている。

 5分ほど下るとそのT字が見えた。
 左、市内2㎞。
 青看板にそう書いてある。

「T字を右行くとどうなるの?」

 何気なく尋ねた。

「舗装路をずっと走ってくと、上富良野まで行っちゃうよ。
 国道に戻る方には舗装路がないから行かない」

 琉人が教えてくれた。

「寛登なら毎週そっちに行ってる。
 山ばっかで楽しいけど、今は行くなよ。
 学校に遅れる」
「行かない。絶対」

 T字で止まり、左に折れる。

 国道の信号で琉人が待っていた。

「何キロでた?下り」

 サイコンを確認すると、32㎞/hが今日の最高速度になっている。

「32キロ?」
「おー。結構出せるんだな、ママチャリでも」
「このくらいの速度で走るのか…」

 信号が変わり、走り出す。
 再び川を越えて駅前に戻った。

「言っとくけど、あっちの山も夜は行くなよ。
 車も危ないけど、獣も多いからな。鹿とか出るぞ」
「何その北海道っぽい逸話」

 鹿にも轢かれたら向こうの友達は笑ってくれるだろうか。

 琉人はそこで通話を切ると、家に向かって去っていった。
 帰宅すると、居間でテレビを見ている祖母が振り向く。

「おかえり。今日は時間かかったねえ。
 つむちゃん占い11位だったさ」
「占い?」

 ということは、7時を回っている。
 つむぎは慌ててヘルメットを階段に置いた。
 あせあせと洗面所に行き、シャワーを浴びる。

 縁が迎えに来るぎりぎりで準備がととのった。
 足も手もしびれてふるふるしている。
 
「おはよう、亀ちゃん」

 縁は玄関先でにこにこ手をあげた。

「走ってきたんでしょ?夕方は私も行くからねえ」
「やったー。どこ行く?河川敷行く?」
「そうだねえ。日が暮れないうちに河川敷走ろうかねえ」

 そんなことを話しながら登校する。
 ラインに、放課後、河川敷走ります、と送った。
 実と林太郎から「参加します」と返信がある。

 最低4人で行けるんだな。よしよし。

 河川敷は一番楽で、7㎞の距離を往復するお手軽コースだった。
 時間があるときは河川敷を突きあたったところで農道へ出て行く。
 そこから引き返してくると全部で25㎞走れるのだ。
 
 今日走った山の事を縁に教える。
 少し先にスマホを手に歩く舷がいた。

 つむぎと縁に気づくと「おはようございます」と頭を動かす。
 挨拶を返してからつむぎは近寄ってみた。

「長谷川くん、放課後…」
「俺は行かねえよ」

 会話したくないみたいな口調で返される。
 つむぎはむっと目を据わらせた。
 構わずに彼は続ける。

「やる気なしチームと練習したって何にもならねえべや。
 練習はやる。俺は琉人と走ってるから」
「やる気はあるわ。
 つかやる気って何よ。あるかねえか何で量ったのさ」

 面倒、という感じの顔で舷はつむぎを見返した。

「やる気はあのタイムだろ。
 亀さん、優勝とか表彰とか、言ってた本人がしばらく練習してあのタイムはねえしょ。
 出るって言ったからちゃんとやるよ。
 ただ、向いてる方向が違う人としても足引っ張られるだけだから」

 舷の威圧感に負けず、つむぎは小さな体全体で睨み返す。
 相手はまったく怯まなかったが。

「ねえ、あんたどっち向いてやってんの?
 仲良しの方?勝負の方?」

 舷の中ではそれは一緒にはいられないのだ。

「即答しかねます」

 心配そうに縁が腕を掴む。
 つむぎは「大丈夫だよ」というように縁の手を握り返した。

「だけど、後日回答いたしますので待っとけ」

 それだけ言い放って縁を足早に玄関へ入る。
 
「亀ちゃん、長谷川くんはきつい人なんだよ。
 後で言い返したらもっときついこと言われるよ」

 縁がはらはらしていた。

「でも、話さないと。
 ほっといたらいけないと思うんだよ。
 よりちゃんは怖い思いするから、次言い返すときはひとりで行く」
「亀ちゃぁん…」

 縁はもっと何か言いたそうだったが、下を向いて黙る。

「大丈夫だよ。同じ中学生じゃん。話せば分かるって」

 つむぎは気楽に言って笑った。

 
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