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緑の仔犬
狩りミッション
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下宿している子はなんとかヒルが逃がしたそうだ。
仕事をさぼらせようとは、ジョエルはひとでなしであると非難する。
夏の日差しを避けるように森の中を内陸部へと進んでいた。
「ヒルはさぁ、働きすぎなんだから。
ここいらでガッと稼いでしばらく店休もう」
ジョエルは簡単に思いつきの行動を「心配している風」にすり替える。
「誰かがちゃんと稼がないからだろ」
ヒルは特に怒鳴るでもなくそう言う。
「ちゃんととは、曖昧だなー。
生きてるんだから最低限こなしているということだ。
稼がない誰かなんていない。ヒルが働き虫なだけ」
涼しい顔で言って返すジョエルを、ダナは見つめた。
人間の最低限の労働とは、なんだろう。
ヒルの眉根が苦そうなしわを寄せる。
「毎月支払いは来るんだぞ。働いておかないと。
狩りなんて博打みたいなことあてにできない」
「博打より当たるよ。ここらは辺鄙だ。野生動物がたくさんいる。
鹿ひとつだって、家賃分にはなるだろ?」
利益が大きいから猟師たちは今日こぞって狩りに出ているのだ。
「サラさん、平気ですか?疲れてませんか?」
ヒルはたびたび振り返ってはサラを気遣う。
「平気ですよ。森で生活してますから」
サラはぎこちなく笑って答えた。
普通の人間と狩りなんて初めてである。
それも突然。
サラの狩りは魔法で行うから、きっとヒルが思っているのとは違うだろう。
サラが手出しをしたら。
猟奇殺人犯と思われる可能性が高まるのを感じた。
何せ、狼の心臓をぶち抜いている。
人間らしい狩りも教えておいてほしかった。
サラは祖父や両親をちょっと恨む。
2時間も歩くと開けた草原に出る。
まばらに木が立っていた。
ダナを背に乗せたまま、トビアスが滑るように前へ出る。
顔を遠くへ向けると、突然一声吠えた。
それが存外に大きな声だったからか動物たちはびくりと体の動きを止める。
背中の荷台に構わず走りながらトビアスはもう一つ吠えた。
その目は獲物をとらえているようである。
草原の向こうまであっという間に走っていった。
トビアスが更に一度吠えた時、その目の前には四つ足の動物の群れがいた。
草食動物たちは獣の大声に身を竦めて固まっている。
黒と茶色の個体が混ざった群れだ。
黒い方の頭には変わった形の角が生えている。
「トビアス、喉を噛みちぎっちゃダメっ」
ダナが素早く教えた。
トビアスは大きい個体の脚に噛みつく。
群れはその1頭を残して走り去った。
噛みつかれた個体も逃れようと暴れる。
ダナが蹴られそうになって身を縮めると、そこへサラの魔法が降りてきた。
動物の脚はどうしても2人にはぶつからない。
ダナとトビアスを避けていった。
走って追いついたヒルが縄で4つ足を縛り上げる。
びたんびたんと暴れるそれを長い棒にかけた。
「サラさんはすごい魔法使いだな」
二人を守った魔法にヒルは感心している。
ダナは「そうなんです」と笑顔で答えた。
お守りにも同じ魔法がかけられているが、あまり長く効果を発揮しない。
「ジョエル、早く来てくれ。
暴れて角が折れたらまた探し直しになる」
「向かってるー」
ジョエルはサラと話しながらのんびり歩いてきていた。
「トビアスの声は動物を竦ませるのか。
いい特技だ」
ヒルはトビアスの事も褒める。
「ダナはいい相棒を得たね」
「はい」
ダナは大好きな二人を褒められてにこにこした。
「サラさんはあのように攻撃を避けさせる魔法が強力なのです」
それを応用すると、獣を一撃で仕留める技になるらしい。
「それでお守り屋」
納得したようにヒルが呟いた。
「ジョエル、そっちを持て」
動物を括った棒の向こう端を、ことさらのんびり歩いてきたジョエルに突き出す。
頭の方を渡された彼は角が当たりそうになるのにちょっと身を引いた。
棒の端を肩に乗せて引き返す方向に歩く。
「変わった角だな。気に入ってもらえるといいねえ」
ぐるぐると回転しながら伸びる角を面白そうに見つめた。
サラは怪我の有無をダナとトビアスに確認する。
二人とも無事であると報告すると安心したように笑った。
ドローフ商会に納品すると、ジョエルの予想よりもはるかに多い報酬が与えられた。
4人とも目を丸くして領収証を見つめる。
「顔に傷はないし、角もきれいだ。大きい個体というのも評価が高い」
受付のおじさんが高額の訳を説明してくれた。
「どうやって分けよう。
最初の目的通り、1年分の家賃をまず払ってしまおうか」
ジョエルが言うのにヒルはとんでもない提案だという顔をする。
「ジョエルは何もしてないだろ。 なんでお前の目論見にまず使うんだよ」
サラはそんなヒルを宥めた。
「家賃はヒルさんのためにもなりますから。それでいいと思います」
「平等に5等分したっていい金額ですよ?」
ヒルが言うと、ジョエルは「トビアスにも平等か」とあきれる。
「トビアスには肉屋で何か1頭買ってやるほうが金銭よりいいだろ」
確かにその通りだった。
「だから、家賃払って、トビアスに肉をやって。
で、残りは4人で分ければいいんじゃないか」
するとサラが言う。
「いえ、私とダナはついて行っただけです。
お散歩したみたいなものですから報酬なんていりません」
ジョエルがそう?と首を傾げた。
ダナを見て尋ねる。
「ダナも?ダナも今回の獣狩りで自分の報酬はいらないかい?
トビアスはもらうけど」
ダナはうーん、と考えた。
ダナはお守り屋の店員としてサラにもらう給金だけで充分である。
「お金はいりません。
お守り屋のお給金をもらってますから」
「わあ。俺がものすごく金に薄汚れた人間みたいだ」
ジョエルが衝撃を受けたように口を開けた。
「おまえはものすごく穢れた大人だよ」
ヒルが落ち着いて指摘する。
「じゃあ、ヒルがみんなにごちそうして俺の穢れを清めてくれ。な?」
さあ店に戻ろう、と、しゃあしゃあと言ってのけた。
納得いかない表情のヒルは、しかしダナの「ごはん」という呟きに口を封じられる。
困ったようにサラを見た。
同じ輝きをする目を見ると、彼は気が抜けたように笑った。
仕事をさぼらせようとは、ジョエルはひとでなしであると非難する。
夏の日差しを避けるように森の中を内陸部へと進んでいた。
「ヒルはさぁ、働きすぎなんだから。
ここいらでガッと稼いでしばらく店休もう」
ジョエルは簡単に思いつきの行動を「心配している風」にすり替える。
「誰かがちゃんと稼がないからだろ」
ヒルは特に怒鳴るでもなくそう言う。
「ちゃんととは、曖昧だなー。
生きてるんだから最低限こなしているということだ。
稼がない誰かなんていない。ヒルが働き虫なだけ」
涼しい顔で言って返すジョエルを、ダナは見つめた。
人間の最低限の労働とは、なんだろう。
ヒルの眉根が苦そうなしわを寄せる。
「毎月支払いは来るんだぞ。働いておかないと。
狩りなんて博打みたいなことあてにできない」
「博打より当たるよ。ここらは辺鄙だ。野生動物がたくさんいる。
鹿ひとつだって、家賃分にはなるだろ?」
利益が大きいから猟師たちは今日こぞって狩りに出ているのだ。
「サラさん、平気ですか?疲れてませんか?」
ヒルはたびたび振り返ってはサラを気遣う。
「平気ですよ。森で生活してますから」
サラはぎこちなく笑って答えた。
普通の人間と狩りなんて初めてである。
それも突然。
サラの狩りは魔法で行うから、きっとヒルが思っているのとは違うだろう。
サラが手出しをしたら。
猟奇殺人犯と思われる可能性が高まるのを感じた。
何せ、狼の心臓をぶち抜いている。
人間らしい狩りも教えておいてほしかった。
サラは祖父や両親をちょっと恨む。
2時間も歩くと開けた草原に出る。
まばらに木が立っていた。
ダナを背に乗せたまま、トビアスが滑るように前へ出る。
顔を遠くへ向けると、突然一声吠えた。
それが存外に大きな声だったからか動物たちはびくりと体の動きを止める。
背中の荷台に構わず走りながらトビアスはもう一つ吠えた。
その目は獲物をとらえているようである。
草原の向こうまであっという間に走っていった。
トビアスが更に一度吠えた時、その目の前には四つ足の動物の群れがいた。
草食動物たちは獣の大声に身を竦めて固まっている。
黒と茶色の個体が混ざった群れだ。
黒い方の頭には変わった形の角が生えている。
「トビアス、喉を噛みちぎっちゃダメっ」
ダナが素早く教えた。
トビアスは大きい個体の脚に噛みつく。
群れはその1頭を残して走り去った。
噛みつかれた個体も逃れようと暴れる。
ダナが蹴られそうになって身を縮めると、そこへサラの魔法が降りてきた。
動物の脚はどうしても2人にはぶつからない。
ダナとトビアスを避けていった。
走って追いついたヒルが縄で4つ足を縛り上げる。
びたんびたんと暴れるそれを長い棒にかけた。
「サラさんはすごい魔法使いだな」
二人を守った魔法にヒルは感心している。
ダナは「そうなんです」と笑顔で答えた。
お守りにも同じ魔法がかけられているが、あまり長く効果を発揮しない。
「ジョエル、早く来てくれ。
暴れて角が折れたらまた探し直しになる」
「向かってるー」
ジョエルはサラと話しながらのんびり歩いてきていた。
「トビアスの声は動物を竦ませるのか。
いい特技だ」
ヒルはトビアスの事も褒める。
「ダナはいい相棒を得たね」
「はい」
ダナは大好きな二人を褒められてにこにこした。
「サラさんはあのように攻撃を避けさせる魔法が強力なのです」
それを応用すると、獣を一撃で仕留める技になるらしい。
「それでお守り屋」
納得したようにヒルが呟いた。
「ジョエル、そっちを持て」
動物を括った棒の向こう端を、ことさらのんびり歩いてきたジョエルに突き出す。
頭の方を渡された彼は角が当たりそうになるのにちょっと身を引いた。
棒の端を肩に乗せて引き返す方向に歩く。
「変わった角だな。気に入ってもらえるといいねえ」
ぐるぐると回転しながら伸びる角を面白そうに見つめた。
サラは怪我の有無をダナとトビアスに確認する。
二人とも無事であると報告すると安心したように笑った。
ドローフ商会に納品すると、ジョエルの予想よりもはるかに多い報酬が与えられた。
4人とも目を丸くして領収証を見つめる。
「顔に傷はないし、角もきれいだ。大きい個体というのも評価が高い」
受付のおじさんが高額の訳を説明してくれた。
「どうやって分けよう。
最初の目的通り、1年分の家賃をまず払ってしまおうか」
ジョエルが言うのにヒルはとんでもない提案だという顔をする。
「ジョエルは何もしてないだろ。 なんでお前の目論見にまず使うんだよ」
サラはそんなヒルを宥めた。
「家賃はヒルさんのためにもなりますから。それでいいと思います」
「平等に5等分したっていい金額ですよ?」
ヒルが言うと、ジョエルは「トビアスにも平等か」とあきれる。
「トビアスには肉屋で何か1頭買ってやるほうが金銭よりいいだろ」
確かにその通りだった。
「だから、家賃払って、トビアスに肉をやって。
で、残りは4人で分ければいいんじゃないか」
するとサラが言う。
「いえ、私とダナはついて行っただけです。
お散歩したみたいなものですから報酬なんていりません」
ジョエルがそう?と首を傾げた。
ダナを見て尋ねる。
「ダナも?ダナも今回の獣狩りで自分の報酬はいらないかい?
トビアスはもらうけど」
ダナはうーん、と考えた。
ダナはお守り屋の店員としてサラにもらう給金だけで充分である。
「お金はいりません。
お守り屋のお給金をもらってますから」
「わあ。俺がものすごく金に薄汚れた人間みたいだ」
ジョエルが衝撃を受けたように口を開けた。
「おまえはものすごく穢れた大人だよ」
ヒルが落ち着いて指摘する。
「じゃあ、ヒルがみんなにごちそうして俺の穢れを清めてくれ。な?」
さあ店に戻ろう、と、しゃあしゃあと言ってのけた。
納得いかない表情のヒルは、しかしダナの「ごはん」という呟きに口を封じられる。
困ったようにサラを見た。
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