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第一章
金髪ハーフのカメラマン【3】
しおりを挟む「嶋村さん。これ、鎌倉土産です。嶋村さんは甘いものを好まれると事務員さんが教えてくださったので」
「え?」
「お口に合うと嬉しいです。どうぞ!」
「あ、いえ。お気持ちは嬉しいんですが……すみません。受け取れません」
仕事上での個人的な贈答品は、相手が誰であっても受け取らない主義。勢いよく差し出された紙袋に手を出すことなく、頭を下げた乃亜は断りの言葉を述べる。
「ええぇーっ。お菓子もだめですかー?」
ただ、頭上から落ちてきた明らかな落胆の声には、少なからず申し訳ない気持ちが湧いてしまう。
「嶋村さんにはお世話になってるから、ほんとは食事にでも行きたいのに、いつも断られるし。それなら、せめてお土産で御礼したいと思ったのに」
端正な容貌が悲しげに歪むのを目にして、なぜだか、つきんっと胸が痛む。
「これ、試食したら、すっげぇ美味しかったんですよ。キャラメルに胡桃がみっちり詰まってて、マジで旨いんで! 嶋村さんに絶対食べてもらいたいって思って、張り切って買ってきたんです。なので是非! 是非、受け取ってください!」
傘を持っていないほうの手が掬い取られ、紙袋の持ち手を強引に押しつけてくる相手の両手の感触を、『あぁ、温かいなぁ』などと思ってしまう。
「あ、はい……では、ありがたく頂戴します」
「やった! こちらこそ、受け取ってくれてありがとうございます!」
気づけば、受け取ってしまっていた。公私の区別をきっちりとつける主義は、どこへ行ってしまったのか。
リンゼイさんが強引だから、仕方なかったんだ。受け取らざるを得なかった。
でも、今回だけだ。今回は仕方ないけど、次からは絶対に断る。断固として主義は曲げない。ただ、今回はリンゼイさんのしょげた様子があまりにも気の毒だったから、僕が折れる選択をしただけ。
乃亜に土産を渡すミッションを完遂し、晴れやかな笑顔を雨中で存分に披露しているユージンの横で、ダークスーツの男は頭の中を言い訳で埋め尽くしている。
「実は、前から、この胡桃のお菓子を食べてみたいと思っていたんです。ですので……嬉しいです」
「ほんとですか? やっぱり、これにして良かった!」
つい受け取ってしまった自分の行動を、お菓子への興味に理由づけたのだが。さらに嬉しそうに破顔したカメラマンの表情の輝きが、そんな乃亜に眩しく降り注ぐ。
どんよりとした雨模様だというのに、とことん晴れやかな笑みを向けられて、不思議な心地だ。なぜだか、じくじくと胸が疼く。
優しく甘く、くすぐったい疼きだ。
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