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弐
月影に謡う 【四】
しおりを挟む「あつこ、たのしくない、か?」
「うずら丸っ。やっと姿を見せてくれたのね」
良かった。邸内のどこかに居ると思っていたけれど、宴が始まっても現れないから心配していた。
「ためいき、ついてたぞ。うたげ、たのしくない? いやか?」
「いいえ、とても楽しんでいるわよ」
誰にもわからないように密かに零した溜息は、たぶん私の傍らで隠形して潜んでいた妖猫にだけは丸見えだったようだ。可愛らしい心配をしてくれるお友だちが愛しい。
「それに嬉しい。うずら丸が膝に乗ってくれているから。私のために術で奏者を集めてくれたこともよ?」
真っ白な体毛に顔を埋め、ぎゅっと抱きしめると、ごろごろと嬉しげな声を聞かせてくれるところも可愛い。
「よかった。たけるをよんだこと、きにくわないのかと、おもって、もうすこしで、たけるをふきとばす、ところだったぞ」
「まぁ、駄目よ。建様はお歌を担当してくださっているのに」
「びゃくえんさまにも、とめられた。ねっぷうで、ふきとばしたら、こげるからって。だから、がまんした。まもりは、すこしなら、やっていいって、いったけど」
「えっ、真守様もいらしてるの?」
建様をかばう言葉を続けるつもりが、真守様のお名前のほうに反応してしまった。
「どちらに? ねぇ、うずら丸、真守様はどちらにいらっしゃるの?」
それだけではなく、お姿を探し求めて、きょろきょろと視線をさまよわせてしまう始末。はしたないことに。
それほど、真守様の存在は私にとって大きく、重要。
「まもりは、うたげがおわるまで、そとにいるって、いってた。いま、じくうかんようじゅつを、つかってるから、まんいちのための、たいきだ」
「万一のための待機? うずら丸の妖術の補佐、ということかしら」
「うん。にたようなこと、びゃくえんさまもいってた」
「そう。では、宴が終わったら、真守様と白焔様にも御膳を召し上がっていただきましょう。うずら丸は、私の御膳を一緒に食べましょうね」
「うずらまる、かつお、くいたい」
「堅魚の煮物ね。はい、どうぞ」
はむはむと煮魚にかぶりつく妖猫の可愛らしさに目を細めつつ、今この時も邸の外で待機してくださっているお二方にお出しする食事をどうしようかと思案する。
うずら丸の妖術はまだ不完全な面があるから、いざという時のために術の管理を邸外でしてくださっているのだろう。
御膳をご用意してもいいけれど、気が張ってお疲れかもしれないし、お土産の形にしたほうがいいかしら。それとも——。
「あつこ。あつこは、まもり、すき?」
「えっ?」
「まもり、すきか?」
「どうしたの? 急に」
お髭に魚の欠片をつけたお友だちからの唐突な問いに、目を見開く。真守様が、なんですって?
「たまこと、はなしてた、だろう? みつなりより、すきなやつが、いるって」
珠子と? それに、光成お兄様?
「あっ……わかったわ。私と珠子が濡れ縁で話してた時のことね。うずら丸、あの時にはもう私の傍で隠形してたの?」
知らなかった。あの濡れ縁に、うずら丸がいたなんて。
*隠形
術を用いて姿を隠し、誰からも視認できなくすること。
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