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回想 -始まりの日- 【3】
しおりを挟む「先輩、これ、差し入れです。良かったら食べてください」
「おっ、ケーキじゃないか! いいのか? 食っていいのか?」
ふふっ。すごいな、この目の輝き。先輩って、ほんとにスイーツが好きなんだー。
黙ってれば黒縁眼鏡が冷たい印象の顔立ちなのに、スイーツを目にした途端、まるで別人みたいな笑顔をくれるもんだから、ドキドキしてしまう。頬だって、熱くなってしまう。
やばい、やばい。こういうのを『ギャップ萌え』って言うんだろうか。
「はい、遠慮なく召し上がってください。実は俺の家、老舗の煎餅屋なんですけど、妹が大のスイーツ好きで。『手作りケーキを食べたい』ってねだられたから、作ってみたんです。お裾分けで申し訳ないですが、良かったらどうぞ」
「お前、いい兄ちゃんだなぁ。おー、旨ぇ!」
俺の作ったケーキを食べて大きく破顔する千葉先輩に、自然と口元がほころんでいく。
あぁ……また、この笑顔を見られた。
市販のカップケーキに溶かしたチョコレートをかけてトッピングしただけの簡単な仕上がりなのに、こんなに幸せそうに笑ってくれるなんて……。
嬉しい。嬉しい、嬉しいっ。
小さな火が、ぽうっと胸に灯る。じわり、じわり。それはゆっくりと全身に広がり、俺を温めてくれる。
思い切ってチャレンジして良かった。先輩に嘘をつくことになったけど。そのことで、ちょっとだけ良心が痛むけど。
うちの家業が煎餅屋なのは本当だけど、妹がスイーツ好きだなんて嘘だ。
どうしても先輩のこの笑顔が見たくて。そのためだけに、やったこともないケーキ作りに挑戦した。小学生の妹に、生温かい目で見られながら。
「あー、旨かったぁ! おい、真南。お前、ケーキ作りの才能あるんじゃね? 裾分けでも試食でも毒味でも、何でも俺が引き受けてやるからさ。また作って食わせてくれよ」
「はいっ!」
やった! すごく喜んでくれてる。
よし。次は、今回諦めたケーキミックスを使ってオーブンで焼いてみようか。その次は、パイシートを使ってリンゴやサツマイモで――。
そうして、俺はどんどんお菓子作りの腕を上げていった。
――*――*――
「先輩、ご卒業おめでとうございますっ。これっ……卒業祝い、ですっ……うぅっ」
卒業式の後、手渡した箱の中身は先輩の大好物、ガトーショコラ。
本当はバレンタインに贈りたかったけど、ドン引きされそうで直前で諦めた物だ。
卒業祝としてなら受け取ってくれると思って、作った。
「ふはっ! なんだよ、お前、泣きすぎだろ。でも、サンキュー。ありがとうな、真南」
初めて出会った時と同じように、頭を撫でられた。
少しだけ雑で、けれど優しい手のひらの動き。そこに感じられるのは、いたわりと慰め。俺に向けられた、温かな気持ち。
泣き虫の後輩を馬鹿にせず、優しい励ましだけをくれる人に、言葉を贈らなければ。涙を拭って顔を上げた。
「先輩、三年間、ありがとうございました。椿山に行っても頑張ってください。応援してますっ」
胸に渦巻く感情は、もっと別の言葉を形成したがってた。でも、俺の立場で口にできるのは、感謝と激励だけ。
千葉先輩は、付属の高校ではなく、水泳の強豪、椿山高校への進学を選んで旅立っていった。
俺に、忘れられない手の温もりと、蕩けるような笑顔。切ない片想いの記憶だけを残して。
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