4 / 28
2
回想 -始まりの日- 【3】
しおりを挟む「先輩、これ、差し入れです。良かったら食べてください」
「おっ、ケーキじゃないか! いいのか? 食っていいのか?」
ふふっ。すごいな、この目の輝き。先輩って、ほんとにスイーツが好きなんだー。
黙ってれば黒縁眼鏡が冷たい印象の顔立ちなのに、スイーツを目にした途端、まるで別人みたいな笑顔をくれるもんだから、ドキドキしてしまう。頬だって、熱くなってしまう。
やばい、やばい。こういうのを『ギャップ萌え』って言うんだろうか。
「はい、遠慮なく召し上がってください。実は俺の家、老舗の煎餅屋なんですけど、妹が大のスイーツ好きで。『手作りケーキを食べたい』ってねだられたから、作ってみたんです。お裾分けで申し訳ないですが、良かったらどうぞ」
「お前、いい兄ちゃんだなぁ。おー、旨ぇ!」
俺の作ったケーキを食べて大きく破顔する千葉先輩に、自然と口元がほころんでいく。
あぁ……また、この笑顔を見られた。
市販のカップケーキに溶かしたチョコレートをかけてトッピングしただけの簡単な仕上がりなのに、こんなに幸せそうに笑ってくれるなんて……。
嬉しい。嬉しい、嬉しいっ。
小さな火が、ぽうっと胸に灯る。じわり、じわり。それはゆっくりと全身に広がり、俺を温めてくれる。
思い切ってチャレンジして良かった。先輩に嘘をつくことになったけど。そのことで、ちょっとだけ良心が痛むけど。
うちの家業が煎餅屋なのは本当だけど、妹がスイーツ好きだなんて嘘だ。
どうしても先輩のこの笑顔が見たくて。そのためだけに、やったこともないケーキ作りに挑戦した。小学生の妹に、生温かい目で見られながら。
「あー、旨かったぁ! おい、真南。お前、ケーキ作りの才能あるんじゃね? 裾分けでも試食でも毒味でも、何でも俺が引き受けてやるからさ。また作って食わせてくれよ」
「はいっ!」
やった! すごく喜んでくれてる。
よし。次は、今回諦めたケーキミックスを使ってオーブンで焼いてみようか。その次は、パイシートを使ってリンゴやサツマイモで――。
そうして、俺はどんどんお菓子作りの腕を上げていった。
――*――*――
「先輩、ご卒業おめでとうございますっ。これっ……卒業祝い、ですっ……うぅっ」
卒業式の後、手渡した箱の中身は先輩の大好物、ガトーショコラ。
本当はバレンタインに贈りたかったけど、ドン引きされそうで直前で諦めた物だ。
卒業祝としてなら受け取ってくれると思って、作った。
「ふはっ! なんだよ、お前、泣きすぎだろ。でも、サンキュー。ありがとうな、真南」
初めて出会った時と同じように、頭を撫でられた。
少しだけ雑で、けれど優しい手のひらの動き。そこに感じられるのは、いたわりと慰め。俺に向けられた、温かな気持ち。
泣き虫の後輩を馬鹿にせず、優しい励ましだけをくれる人に、言葉を贈らなければ。涙を拭って顔を上げた。
「先輩、三年間、ありがとうございました。椿山に行っても頑張ってください。応援してますっ」
胸に渦巻く感情は、もっと別の言葉を形成したがってた。でも、俺の立場で口にできるのは、感謝と激励だけ。
千葉先輩は、付属の高校ではなく、水泳の強豪、椿山高校への進学を選んで旅立っていった。
俺に、忘れられない手の温もりと、蕩けるような笑顔。切ない片想いの記憶だけを残して。
14
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
若頭、初恋を掴む
うんとこどっこいしょ
BL
新人賞を受賞したばかりの小説家・前田誠也。
憧れの作家・小山内のもとに弟子入りし、夢に向かって歩き始めた矢先、彼の裏切りによって誠也の日常は崩れ去る。
逃げ出したホテルの廊下で、誠也は思いがけず“初恋の人”──幼なじみの桐生翔吾と再会する。
かつては隣にいた少年が、今は関東屈指の組織「桐生組」の若頭。
冷たくも優しいその瞳に、誠也は再び惹かれていく。
しかし翔吾は、誠也の知らぬところで警察との危うい駆け引きを続けていた。
守りたいのに、関わればまた傷つけてしまう──。
それでも翔吾は誓う。
「もう二度と、お前を泣かせない」
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる