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回想 -始まりの日- 【4】
しおりを挟むその後、チビだった俺も中3になってそれなりに背が伸び始め、水泳部の副部長となる。
部をまとめ、個人練習にも励みつつ忙しい日々を送る中、次第に千葉先輩とは疎遠になっていった。
実は椿山高校が出場してる大会に何度か足を運んでみたんだが、先輩の得意種目であるバタフライ以外の種目でも、その姿を見つけることは出来ず。不審に思ってメッセージを打ち込んでみたものの、悩んだ挙げ句、それを送信することは出来なかった。
けれど、俺の心にはずっと先輩が居た。
何かひとつ。どんな細い糸でもいい。先輩に繋がるものが欲しくて。親の反対を承知でパティシエになる決意をした。職人気質の父に何発か殴られるのを覚悟で。
が、これは要らぬ心配だったようで、煎餅屋は妹と交際中の従兄弟が継いでくれるという、なんとも俺得な後押しのおかげで、すんなりと許しを得られた。
そうして、進学した専門学校の近くのカフェで、偶然にも先輩と再会する。
肩の怪我を何度も繰り返していた先輩は競泳を引退。柔道整復師を目指して専門学校に通っていた。
互いの専門学校が同じ最寄り駅にあるという偶然が俺を有頂天にさせたけれど、それはすぐに萎む。
先輩には、真剣に想う相手がいたから。
それでも俺は、たまに連絡を取り合う仲になれて嬉しかった。
二十歳の誕生日を祝ってもらった後、ウィーンに一年、フランスに二年、海外修業に出た俺と、先輩は途切れることなく近況報告を交わしてくれた。時折、想う相手とのやり取りも含めて。
それが、どれほど俺の心を癒し、安らげて。同時に鋭く抉ったか、先輩は知らない。
帰国後、都内のパティスリーで二年修業して、今年ようやく浅草に自分の店を持つまでになれた。
先に、ここに整骨院を開業していた先輩を追いかけて、同じ江戸通り沿いにオープンしたんだ。
店名は、『パティスリー La belle mer 』。「美しい海」を意味するフランス語だ。
豪快なフォームで生き生きと泳いでいた先輩が忘れられない。
猛禽類のように猛々しいその人が、俺に向かって甘く蕩ける瞬間に、その記憶は直結しているから。
あー、でもさ。俺、一歩間違えたら、危ないストーカーだよな。同じ通りに店を出すとか。
でも、先輩のほうから、ここのテナントが空いてるって教えてくれたんだし。俺は差し出された手に飛びついただけ。
それに、この気持ちを伝えるわけじゃない。だから、このままでもいいんだ。大丈夫。
そう、自分に言い聞かせ、呑気に構えていた。
――あの日まで。
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