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転機 【1】
しおりを挟む『飲みに行かないか?』
千葉先輩からの唐突な電話がかかってきたのは、秋の気配が濃く漂い始めた、とある水曜日の午後。
平日だし、躊躇するところもあったが、いつもとは違う雰囲気の先輩の声に『いいですよ』と返事をしてしまっていた。
何か、あったんだろうか。
「……フラレた」
「は?」
「今夜は飲むぞ。つき合ってくれ、真南」
「あっ、いきなりそんな強いのを煽ってっ……先輩っ?」
先輩からの呼び出しの理由は、やけ酒の相手を求めて、だった。
「――それでな? ずっと好きで、待ち続けてた相手と再会できたんだとよ」
「……はぁ」
「今日、その相手が院に迎えにきてさ。アイツ、最高に綺麗な笑顔で出ていきやがった」
「……」
「けどさ。ずっと好きだったのは俺も同じ、なんだけどなぁ」
先輩の大きな手が、その目元を覆う。長い指が、かけた眼鏡ごと、先輩の表情を隠した。
くっと力を入れた指先の動きと、噛みしめた唇だけが、その心情を俺に伝えてくる。
先輩が、ずっと片想いをしていたことは知っていた。
その女性は、専門学校の一年後輩。ここ浅草が地元の子で、初恋の相手をもう十年以上も待ち続けている健気な子なんだと聞かされていたから。
その子が柔道整復師を目指したのは、地域の高齢者の力になりたいという夢のためで、先輩はその夢を叶えてあげるためにわざわざ浅草で開業した。
まぁ、これは俺も同じか。俺たち、実家は埼玉なのに、ふたり揃って浅草に来てるんだもんな。お互いに開業理由は口を噤んで。
先輩は、好きな相手のために。俺は、先輩と繋がっていたくて。
「ん? あれ? おかしいな。真南の顔が三つに見える。いつから分身してんの? かと思ったら、今度は逆さまになった。あははっ! お前、逆さまでも可愛いなぁ」
「何、言って……先輩、大丈夫ですか?」
「おぉ、今度はグルグル回りだした。あはははっ、面白いなー。でも、グルグルって、けっこう気持ち悪い…………うっ、うぅっ!」
「ぎゃあっ! 先輩っ? 大丈夫ですか、せんぱいーっ!」
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