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ひりつく、疵(きず) 【9】

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「真南……本当、か? お前に恋人って……それ、本当?」

 どうして何度も聞くんだろう。俺の嘘、そんなに下手だったかな。

 それなら、ちゃんと信じてもらえるように、何か補足をつけ加えないと。

「ほ、本当に決まってるじゃないですかっ」

 今日のうちに、きっちり納得してもらうんだ。でないと、俺は意志が弱いから、自分で決めた『パティシエと客』という線引きを自分でなし崩しにしかねない。

「今、仕事を頑張ってるのも、その人のためなんですよ。クリスマス商戦を乗り切って、それで、クリスマスの夜に彼女と一緒にケーキを食べる。それが、今の俺のささやかな目標なんです」

 しまった。嘘を重ねてみたものの、これ、何かおかしい。こんな目標、ささやかすぎるだろ。馬鹿か、俺は。

「……だ」

「え?」

「駄目だ」

 俺のおかしな説明に、先輩からダメ出しが入った。なぜ、ダメ出し?

「あの、何が駄目……」

「お前と一緒にケーキを食うのは、俺だ」

「……は?」

 え? 先輩、今、なんて?

「だから、そんなのは許さない」

 あいていたほうの先輩の手が、俺の手首に伸びてくる。

 肩を掴まれていた手は、腰に回った。

「お前は、絶対に逃がさない」

 抱きしめられた。きつく、きつく、背がしなるほどに





「真南っ」

 先輩が、俺の名を呼んでる。

「真南……真南っ」

 何度も、何度も。

「駄目だっ。駄目なんだ」

 耳元に降ってくる、切羽詰まったような声。それは、とても情熱的で――。

「だから、真南。俺とっ……」

 こんなに近くで聞こえてるのに、その言葉の意味が、俺の脳内に入ってこない。

 意味不明。わけが、わからない。

「先輩? あの、離れて、ください」

「……っ」

 だから、目を見て尋ねよう。

「嫌だ」

「え?」

 けれど、自由を得ようと身じろいだ身体は、また固定される。

「離さない」

 抱きしめる腕の力が増した。動けない。

「絶対に、離さないっ」

 噛みつくようなキスが、降ってきた。


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