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弐
白露 【五】
しおりを挟む翌日、いつもよりも早く萩の君がおいでになった。
たわんだ枝から萩の花びらが微風に舞い、彩りがひらめく中、明らかに普段とは違うご様子を感じる。
「もしかして、お疲れなのですか?」
「いや……」
お見受けする硬い表情に、此処に来てくださることでお疲れなのではと心配したけれど、ただ首を振られる。
そして、落ち着かなげに視線をさまよわせた後、つと、私の背後に回られた。
「萩の君?」
「白露、前を向いていてくれ。それから、少しの間だけ目を閉じていてほしい」
わずかに首だけで振り仰いだお方は私の頬にそっと指を添え、前方へ向き直るよう告げてこられる。
どうなさったのでしょう?
訝しく思いつつも、素直に目を閉じる。
ややあって、首筋に萩の君の指が触れ、かちゃりと何かが擦れる音とともに重みを感じた。
「もう、良いぞ」
「まぁ! あの、とても綺麗ですけれど……これは?」
目を開き、首にかけられた物に驚愕する。戸惑い、もの問う私の身体がくるりと回されて、あたたかな温もりに包まれる。
「私の気持ちだ」
「でも、こんな……このような高価なお品……」
首にかかる重みは、紅珊瑚(べにさんご)と白瑪瑙(しろめのう)の首飾りだった。
「受け取ってくれ」
身に余る美しい贈り物に震えていた指が、大きな手に包まれる。
「白露、私の嬬(つま)になってほしい」
「……っ!」
「昨日、『私との関係は今のままで良い』と言ったが、あれは嘘だ。つい見栄を張ってしまって、あれから酷く後悔した」
捧げ持つようにされた指先に、唇がそっと触れる。
「私の本心は、あなたを嬬に迎えたい。あなたと、ともに生きていきたい。そう願っている」
「……っ……わ、私はそのようにおっしゃっていただける身分では……」
あぁ、きっぱりと拒まなければいけないのに、上手く言葉が紡げない。
「白露のままで良い、と言ったろう? こちらは見栄ではないぞ? 私には、白露でなければ駄目なのだ」
慈愛のこもった笑みと、溢れんばかりの情熱に胸が震える。
萩の君。あなたが見せてくださる夢は、なんと甘美なのでしょう。
「次に会う時に返事を聞かせてくれ」
首を横に振らなければいけないのに、できない。
未来の約束など口に出来る境遇ではないのに、あなたの情熱から目が離せないのです。
ずるい私は、頷くことも拒絶することもせず、ただ心の中で語りかける。
萩の君。あなたが、好きです。とても。
心から、お慕い申し上げております。
あなたの嬬に、なりたい――――叶うなら。
応援ありがとうございます!
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