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白露 【五】

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 翌日、いつもよりも早く萩の君がおいでになった。

 たわんだ枝から萩の花びらが微風に舞い、彩りがひらめく中、明らかに普段とは違うご様子を感じる。

「もしかして、お疲れなのですか?」

「いや……」

 お見受けする硬い表情に、此処に来てくださることでお疲れなのではと心配したけれど、ただ首を振られる。

 そして、落ち着かなげに視線をさまよわせた後、つと、私の背後に回られた。

「萩の君?」

「白露、前を向いていてくれ。それから、少しの間だけ目を閉じていてほしい」

 わずかに首だけで振り仰いだお方は私の頬にそっと指を添え、前方へ向き直るよう告げてこられる。

 どうなさったのでしょう?
 訝しく思いつつも、素直に目を閉じる。

 ややあって、首筋に萩の君の指が触れ、かちゃりと何かが擦れる音とともに重みを感じた。

「もう、良いぞ」

「まぁ! あの、とても綺麗ですけれど……これは?」

 目を開き、首にかけられた物に驚愕する。戸惑い、もの問う私の身体がくるりと回されて、あたたかな温もりに包まれる。

「私の気持ちだ」

「でも、こんな……このような高価なお品……」

 首にかかる重みは、紅珊瑚(べにさんご)と白瑪瑙(しろめのう)の首飾りだった。

「受け取ってくれ」

 身に余る美しい贈り物に震えていた指が、大きな手に包まれる。

「白露、私の嬬(つま)になってほしい」

「……っ!」

「昨日、『私との関係は今のままで良い』と言ったが、あれは嘘だ。つい見栄を張ってしまって、あれから酷く後悔した」

 捧げ持つようにされた指先に、唇がそっと触れる。

「私の本心は、あなたを嬬に迎えたい。あなたと、ともに生きていきたい。そう願っている」

「……っ……わ、私はそのようにおっしゃっていただける身分では……」

 あぁ、きっぱりと拒まなければいけないのに、上手く言葉が紡げない。

「白露のままで良い、と言ったろう? こちらは見栄ではないぞ? 私には、白露でなければ駄目なのだ」

 慈愛のこもった笑みと、溢れんばかりの情熱に胸が震える。

 萩の君。あなたが見せてくださる夢は、なんと甘美なのでしょう。

「次に会う時に返事を聞かせてくれ」

 首を横に振らなければいけないのに、できない。

 未来の約束など口に出来る境遇ではないのに、あなたの情熱から目が離せないのです。

 ずるい私は、頷くことも拒絶することもせず、ただ心の中で語りかける。

 萩の君。あなたが、好きです。とても。

 心から、お慕い申し上げております。

 あなたの嬬に、なりたい――――叶うなら。


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