ただ、君を恋ふ -萩と白露-

冴月希衣@商業BL販売中

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白露 【四】

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 本当に、夢のようなひと時でした。

 ほぅ、と長い息をつき、閉じていた目を開けば、夕景を眺めに行く前に萩の君から告げられた言葉が蘇ってくる。

『白露、私の宮に来てはもらえぬか』

『え……』

『突然、すまぬ。が、私も官としての責務がそれなりにあり、多忙な時は役所に詰めることもある。そうなれば、此処に来ることすら、ままならなくなってしまうだろう。だから、私の宮に居を移してほしいのだ』

『……っ』

 萩の君は、皇子である以前に、官吏としての能力を認められた秀でた御方。

 丘で出逢ったあの朝は、鬱々とした気分を晴らすための遠駆けだったのだと、後日、話してくださった。その理由については、ただ微笑むだけで教えてはいただけなかったのだけれど。

 だから、私と約束をしたその翌日を例外として、萩の君の訪れは省(つかさ)でのお仕事が終わられた午後の、ほんの限られたひと時となっていた。

『それは……居を移すということは、あなた様のお側に侍(はべ)る、ということでしょうか。私、それは困ります』

 ふるふると首を振り、俯く。そのまま目線を合わさずに拒む言葉を口にした私の手が、掬い取られた。

『白露のままで良いのだ』

 絡んだ指から、包まれた手のひらから、しっとりと温もりが伝わってくる。

『私との関係は今のままで良い。名も、明かさずとも良いのだ。ただ私の傍に、目の届くところに居てほしい。あなたの笑顔を毎日見たい。それだけなのだ』

 射干玉(ぬばたま)の瞳が、私だけを見つめて煌めく。

『家人の心配も要らぬ。私の宮の奥は、がら空きだ。家人ともども奥に入り、好きにしてくれれば良い』

『萩の君……』

『返事は急がぬ。が、どうか前向きに考えてみてほしい』

 真摯な、それでいて慈愛溢れる笑み。指先から伝わる温もりとその笑みが、じわりと胸に染み、内側を焦がしていく。

 そのお言葉に、すがってしまいたくなる。

 ですが、何の後ろ盾も財も持たない私などが、どうしてあなたの宮に入ることができるでしょう。

『もう一度言うが、私は毎日でもあなたに会いたいのだ』
 
私もお会いしたい。叶うなら、毎日でも。

 けれどそれは、あなたが『また会いたい』とおっしゃってくださる間だけのこと。

 飽きられてしまうまでの間のこと。

 私などが夢を見てはいけない。大それた望みを抱ける立場ではないと、わきまえております。

 ですから、この丘を出ることはできません。

 此処で見られる『ひと時の夢』だけで、私には充分、なのですから。


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