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参
散ずる桔梗に、宿る声 【十一】
しおりを挟む「――光成。今日の私は、やる気に満ちている!」
「……は? 何ですか、急に」
また唐突に、何をおっしゃられているのか。
傷口への懇切丁寧なお手当てを終え、手当ての最中に暴れたことで乱れてしまった袍《ほう》を整えて差し上げていると、突然わけのわからぬ叫び声を上げられたのだ。
いったい、どんな『やる気に満ちて』しまわれたのだろうか。嫌な予感しかしない。が、建殿が無茶をなさる前に、確認しなければ。
「建殿。今日のあなた様は、またもや何もないところで躓いて大江《おおえ》様の背中に盛大に墨をぶちまけるという大失敗をやらかしてくださいましたが、いったい、どのようなやる気に満ちておられるのです?
内容によっては、全力で止めますが」
「うっ」
両の手で握り拳を作り、真一文字に引き結んだ口元で気合いを表している相手に冷ややかに問えば、返ってきたのは、言葉に詰まったような反応のみ。
「『うっ』じゃあ、ありません! 根拠のない自信で何かを宣言するのは、おやめください。はなはだ迷惑です!」
それで、いま以上の怪我などされては、困る。だから、ついつい声を荒げてしまう。
「だいたい今日も、大江様に謝ったり、一緒に拭き掃除をしたり。私はあなたのお世話係ではないのですよっ。もう、本当に勘弁してください。いい加減、迷惑なのです!」
実は、放っておけないし、建殿の尻拭いをするのは私の役目だから迷惑だなどと思ったことは一度もないのだが、ついつい、いつも通りに憎まれ口をきいてしまう。
「光成、ひどい。『迷惑です』を二度、言った……」
ああぁ! 私は、本当に駄目だ。こんな性分だから、そのうち同僚としても見限られてしま……。
「だが、構わない。今日の私の決意は固い。今宵も妖《あやかし》退治についていくぞ。そして、お前を守るのだ。私が! 陰陽生《おんみょうせい》ではなく! この建、が!」
「……え?」
「では、行くぞ。私について来い、光成!」
「え? あの、建殿? えっ……?」
『ついて来い』と力強く言い放った建殿に手を引かれ、慌ただしく殿舎を後にすることになった。
『お前を守るのだ。私が! 陰陽生《おんみょうせい》ではなく! この建、が!』
先ほど、声も高らかに宣言なされた言葉の意味を尋ねる間もなく。
さらに、途中、私の弓を控えの間に取りに寄るという、迂闊な建殿にしては冷静な面を見せつつ、私を先導する歩みには、なぜか迷いがない。
そのことを不審に思い、尋ねると、高らかな笑い声とともに返事が返ってきた。
「実はな。予め、賀茂様に今宵の段取りをお尋ねしていたのだよ。朝一番に陰陽寮に出向いてお聞きしたら、今宵は内裏《だいり》の東西南北の四隅に呪《まじな》いを施し、妖猫を中央におびきよせるのだと答えてくださった。どうだ。私も案外、抜け目がないだろう。ふはははっ!」
なるほど。『朝一番に陰陽寮に出向いて』いたのですね。だから、『抜け目がない』あなたは蔵人所での仕事に遅刻していたのですか。納得です。この点については、後ほどゆっくりと詰問することにいたしましょう。
建殿の説明に、かなりの引っかかりを覚えたけれど、今は黙って流すことにした。
「ということで、承明門《しょうめいもん》に到着した。さぁ、やるぞ。光成!」
「はい」
気合い充分の建殿の背の向こうに、既に門の前に立っておられる基射様と真守殿のお姿を見つけたから。
「建殿。お気持ちはありがたいですが、あまり張り切らないでくださいね。あなたは、張り切れば張り切るほど、ひどい失敗をしでかすのですから。私たちの足を引っ張るのだけは、お控えください」
遅刻理由について詰問するのはやめたけれど、この念押しだけは我慢できずに口にしてしまっていた。
ただでさえ、既に怪我を負っておられる、あなたなのですよ。これ以上、私の心配事を増やさないでください。
無駄に張り切るのは厳禁で、お願いします。
――がたんっ!
「……うっ!」
あ……。
――がたっ、がたんっ!
「……ぐふっ」
なぜ? なぜ、ですか?
「た、け……」
建殿? なぜ……。
「うぁ、っ」
――どさっ
「建殿っ!」
嘘、でしょう?
「建殿! しっかりしてください! 建殿っ!」
なぜ、こんなことに?
「建殿っ! 建殿ーっ!」
閉めきられた承明門《しょうめいもん》の手前。地に膝をつき、くず折れた人のもとへ、急ぎ、駆け寄る。
ほんの刹那、目を離しただけ。なのに、なぜ、このようなことに?
「うっ……うぅっ」
「建殿っ!」
「みつ、なり……ま、まず……不味い……すごく」
「すぐに吐き出しなさい! それは、妖猫用の魚肉団子です! 痺れ薬が入っているのですよ!」
何がどうなって、このようなことが起きたのか。
「うっ……ちょっと、飲んでしまっ……うぇ、っ」
「喋ろうとするから飲み込んでしまうのです! 黙って吐き出しなさい! ほら、口を開けて!」
妖猫が少しでも口にしたら幸いと、念のために準備していた、痺れ薬入りの魚肉団子。
それが、なぜ、建殿の口に入ってしまったのか。
魚肉団子の入った浅鉢に近づいた妖《あやかし》が、それを食べることなく鉢をひっくり返し、前脚で団子をはたき上げた先に、たまたま立っていた建殿が偶然にも大きく欠伸をしていて、綺麗な放物線を描いた魚肉団子がすっぽりと建殿の口におさまったのだ。一気に三個も。
信じられない。
偶然の産物に違いないのだが、まるで狙いすましたかのような、恐ろしいほどの正確さだった。
「ほら、もっと口を開けて! 欠片も残さず吐き出すのです!」
「うえっ! うううっ、うえぇぇぇっ!(指っ! 光成、指突っ込みすぎぃ!」
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