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吟遊詩人(バード)の決意
しおりを挟む港町ルーンの湾外には、一箇所だけ、他とは逆回りになる海流地点がある。
そこは常に白波を高く散らし、うねりと風音を絶え間なく巻き起こしているのだという。
陸路でルーンへやってきた僕は、その現場を見たことがない。
水平線から昇る曙光の色に染まり始めた港で既に立ち働いている、金髪碧眼の船乗りや褐色の肌の行商人を見やり、羨ましく思う。
この早起きの働き者たちなら見たことがあるんだろうなぁ、と。
「次は海路にしてみるかな。いや、その前にまずファナを口説き落とさないとだよ。さて、仮眠、仮眠」
目に映る全てが次から次へと朝陽の金色《こんじき》に美しく燃えていく光景に目を眇めつつ、うーんっとその場で大きく伸びをした。
朝まで続く資産家邸の宴での荒稼ぎを終えた身には、清冽な曙光は少々眩しい。
「ふあぁ、眠ぅ……」
「――おい、聞いたか? 昨夜は、水晶楼の歌姫が狙われたらしいぞ」
「例の盗賊か? で、歌姫は無事なのかっ? まさか、その前の被害者のように大怪我を負ったり――」
……ん?
濃い潮の香りをぶつけてくる風を吸い込みつつ、大きく欠伸をした僕の背後で交わされ始めた物騒な会話に、思わず聞き耳を立てた。
「気の毒に、溜め込んだ宝石を守るために抵抗して手首を折られたそうだ」
「あぁ、可哀想に。ここのところ毎晩じゃないか。ひとり暮らしの美女ばかり狙う、盗賊騒ぎ……うわっ!」
「親父さんたち! その話、もっと詳しくっ!」
開店準備中の肉屋と魚屋のご主人の会話に、強引に割り込む。
「盗賊騒ぎって、何? なぜ、ひとり暮らしの美女ばかりが狙われてるの? じゃあ、次はファナっ? ファナしかいないじゃないかぁーっ!」
「ちょっ。兄ちゃん、落ち着きなよ。ファナって、『小麦と酵母亭』の豪快な女主人だろ? 確かに美人だけどさぁ」
「そうそう。男勝りで大酒飲みだから、いくら美人でも狙われるわけない……あ、いや、すぐに狙われる……と思う。なぁ、魚屋っ?」
「お、おう。そうだな。次に狙われる美女は、きっとファナに違いない。なっ、肉屋!」
よし。燃え滾るファナへの愛情を、おじさん二人への冷え冷えとした恫喝の眼差しに変換してみたら、簡単に同意を得られた。
そうだろう。そうだろう。どっかの強欲な歌姫よりも、僕のファナのほうが断然、魅力的なんだよ。
ついでに、盗賊の情報をペラペラと教えてくれたおじさんたちに御礼を言って、即座にその場を立ち去る。
呑気に朝帰りなんてしてる場合じゃなかった。ファナの身に危険が迫ってたのに、僕の馬鹿やろう。
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「か弱くて美しいファナは、僕が守るっ。盗賊! だめ! ぜったいっ!」
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