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恋の作法 【2】
しおりを挟む「好き。大好き。初めて店を訪れてくれた時からずっと」
うわぁ……。
「あんなに美しい男性、今まで見たことない。洗練された物腰や、優しい物言い。それに、聴く者全てを陶酔に浸らせる甘やかな歌声を持つ人。素敵すぎるでしょ」
お、おおぅ……。
「あの美声で、『君のために作った曲だよ』と恋歌を贈ってもらえた時は、幸せすぎて死ぬかと思った。恋物語に出てくる麗しい王子様のようで、その場で転がってキャーキャー叫びそうになったわ」
え、そうだったの?
「実際のあたしは、『恋歌なんて聴かされても腹の足しにならないね』って、憎たらしく悪態をついただけだったけど」
うん、そう言われたよ。ものすごく醒めた目で。
「仕方ない。舞い上がるわけにはいかない。がさつで大女、おまけに大酒飲みのあたしが、美点だらけのシンに釣り合うわけがないもの」
ちょっ、何言ってんの? ファナのほうが僕よりも大人で妖艶で、ふるいつきたくなるほどの美女じゃないか。おまけに、パンとビールの神業職人だし。
「それにあたし、ちゃんとわかってる。あの美麗で希有な人は、流浪の吟遊詩人。いつかは見送らなきゃいけない人だってこと。でもね、あと少しだけ……ほんの少しでいいから、あたしの作ったパンを嬉しそうに頬張る姿を見たい。『美味しいよ』って褒めてもらいたいの」
いるいる! ここにいるよ、ずっと。それで、毎日『美味しい』って言う。褒めまくる!
「だから、頑張って気持ちを隠す。恋に手慣れた大人の女を演じて、“本当のあたしを隠す”。それが、あなたを大好きなあたしの『恋の作法』だわ」
ファナぁぁ……!
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