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その瞬間 【1】
しおりを挟む何が起こったのか、考える間もなく窓枠に手をかけていた。
そのまま室内に身を踊らせ、物音がした方角へと一気に駆ける。
「――抵抗すんな。昨夜の歌姫のように、手首を折られたいか? 黙ってピアスを差し出せば、すぐに退散してやる」
「残念ながら、ひとり暮らしの女性宅ばかりを狙うようなチンケな賊に、親の形見はやれないね……うっ!」
「ファナっ!」
寝室を突っ切り、開け放たれたドアから飛び出した板の間に居たのは、ファナだけじゃなかった。
「あ? 男が居るじゃねぇか。おめぇ、ひとり暮らしじゃなかったのかよ」
いかにもな黒ずくめの装束。目元以外を黒い布で隠している賊が、くぐもった舌打ちを聞かせてきてる。まさかの、心配的中だよ。
「くそっ。ガッツリ溜め込んでやがるから、ひとり暮らしの女ばかり狙ってんのに。なんで男が……ゴフッ!」
「お前、黙れ。あと、僕のファナに何してる。許さないぞ」
「うぎゃああぁっ!」
――グギ、ィッ
賊の悲鳴に重なって、骨の折れる鈍い音が手のひらに伝わってきた。あー、気持ち悪い。
でも、仕方ないね。コイツは、僕のファナに乱暴を働いたんだから当然の報いだよ。
「あ……シ、ン? どうして……?」
「ファナっ、大丈夫っ? あぁっ、鞭の痕がくっきり! 痛いよね?」
僕が茂みの中で身悶えてる間に侵入していたんだろう賊は、現場に飛び込んだ時にはもう、ファナの足首を鞭で絡め取り、床に転ばせて脅してた。
彼女がとても大切にしてる、母親の形見。エメラルドのピアスを差し出せ、と。
「だ、大丈夫。それより、どうしてここに……」
「ちょっと待って。諸々の説明の前に傷の手当てだよ。というか、コイツ邪魔だから先に捨ててくるねっ」
鞭を持ってた手首を派手に折ってやるだけじゃ怒りは収まらなかったけど、もしも盗賊が現れた時のために用意してた荒縄でギューギューに縛り上げるだけで見逃してやることにした。
ファナの家を血で汚すわけにはいかないもん。
手首を折る前の『ゴフッ!』で顎を砕いてやったから、よだれは飛んでしまったのが悔やむところだ。後で綺麗に掃除します。
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