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ありがとう #3
しおりを挟む「……零央?」
山際に照り映える鮮やかな朱をバックに、頼りなげな瞳がゆらゆらと揺れる。
「手、離して?」
強く絡まったはずの視線だったが、つい、と外された。
「嫌だ」
もう一度、俺を見ろよ。
斜に目線を外した初琉を再び捕らえたくて、髪に伸ばした指を更に深く差し込んで上向かせる。
「やっ、何すっ……」
「……お前」
強引に上向かせたその表情に、目が釘づけになる。
茜色のカーテンの中。見つめるのは、夕陽の色を映した初琉の双眸。そこに溜まった潤みが、キラリと光を放つ。
言葉が出ない。なんで泣いてる? 俺のせいか?
泣くなよ。お前を泣かせたくないんだ。なのに、その涙をこんなにも綺麗だと思ってしまうのは、なぜだろう。
目の前の涙の意味も理由も、何もわからないまま。ただ息を飲んで、その輝きを見つめていた。
どれくらい、そうしていたのか、息苦しいほどの沈黙は不意に破られた。
後方から聞こえてきた、唸るようなクラクションの音に、夢から覚めたように我に返る。その弾みで拘束を緩めた俺の手から簡単にすり抜けていく華奢な身体を、引きとめることはしない。
脇を通り抜けていく軽トラに道を譲りながら、この後の対応をどうしようかと、今度は違う意味で息苦しくなっただけだ。
あぁ……しくじった。
初琉に触れたい衝動を抑えきれなかった。マジか、俺。
自分のあまりの稚拙さに、眩暈がしてくる。冗談抜きで、中坊並みじゃねぇか。
目線も合わせず、もちろん言葉を交わすこともなく。帰り道を急ぎ出した初琉の背中を見つめながら、かける言葉を思いつかない自分に歯噛みする。
手のひらに爪が食い込むほどに、拳を握りしめた。ギリギリと奥歯を噛みしめ、小さな背中だけを瞬きもせず見つめる。
どうすればいい? どう声をかければ、振り向いてくれる?
初琉にかける言葉を脳内をフル稼働させてサーチするけれど、思い浮かばない。
せっかく和気あいあいと話せてたのに。可愛い笑みを見せてくれるようになったのに。それを台無しにした、堪え性のない自分を呪う言葉しか出てこない。
今まで、当たり障りのない上辺だけのつき合いしかしてこなかった俺は、初琉にかける言葉を知らない。何も知らない。
言葉なんてなくても、簡単に抱ける女しか知らなかった。
しつこい女に吐き捨てる言葉は知ってるのに。振り向かせたい女にかける言葉が、浮かんでこない。
馬鹿すぎるだろ、俺。
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