53 / 68
9
繋ぐ絆、燃え立つ恋歌 #3
しおりを挟むさやかな風が、頬を撫でゆく。
初琉の柔らかな髪が薄い肩の上でさらりと揺れ、背後にいる俺を誘うように甘い薫りが広がる。その薫りは、抱き込んだ温もりが与えてくる愛しい疼きをさらに助長させたが、いくら俺でも自重という言葉は知っている。
この辺で切り替えるか。
眼下に広がる山の稜線を目線でなぞりつつ、同じ景色を見ている相手に語りかける。疼く胸の内を誤魔化すように、たいして眩しくもない冬の陽射しに目を細めてみせながら。
「そう、大和三山。畝傍山、耳成山、天香具山だな。この大和三山を詠んだ、万葉集の歌は知ってるか?」
「うん。中大兄皇子の歌でしょ? うろ覚えやけど、恋の歌ってことは知ってる」
は? うろ覚えって、マジかよ。
一瞬そう思ったが、古代史や万葉集に興味がないなら、普通の反応。中大兄皇子――――天智天皇の歌だと知ってるだけでも、なかなかのものだ。だが――。
「おいおい。お前、本当に榊教授のお嬢さんか?」
取りあえず、ニヤリと笑って、からかうことは忘れない。
「悪かったわね! 額田王関連なのは知ってるもん! そう言う零央は暗唱出来るん?」
お、元気のいい切り返しがきた。初琉は、こうでなくちゃな。
俺のからかいに可愛らしく唇を尖らせ、真っ直ぐに睨みつけてくる反応が嬉しい。
大満足の俺からのお返しは、ふてぶてしいほどに自信満々の笑みだ。
「はっ、当然! では、詠みましょうか。
『香具山は 畝傍を愛しと 耳成と 相あらそひき 神代より かくにあるらし 古昔も 然にあれこそ うつせみも 嬬をあらそふらしき』
ざっくり訳すと、香具山は、畝傍山を愛しいものとして耳成山と争った。神代からそうであるからこそ、今の世の人も妻を取りあって争うらしい――――ということだ」
「ふーん。畝傍山が女性で、男性の耳成山と天香具山が取り合いをしたってことやね」
「そう。中大兄皇子自身が、弟の大海人皇子と奪い合った額田王との関係になぞらえてるんだ」
兄弟で、ひとりの女性を奪い合い、それが歌となって残る。
遠く万葉の時代に繰り広げられた恋の駆け引きを物語る歌は、現代の俺たちにもリンクしていることに、俺は気づかざるを得ない。
俺と初琉。そして十束の想い。
千余年を経ても尚、胸を焦がす熱情と、愛する人の幸福を願う真心は、何も変わらないのだと――。
俺が引き合いに出した歌が、初琉の胸中にどんな思いを呼び覚ましたのか。俺の腕に囲われたまま、何とも言えない切なげな表情で、目線を景色にさまよわせている。
が、突然、何かを振り払うように勢いよく空を仰いだかと思えば、明るい声が、きんと冷えた空気の中に響いていった。
「いいお天気やねぇ。大和三山だけやなくて、他の山々までよう見えるわ。あっ! ねぇ、あの雲見て! 山におっきいシュークリームが乗っかってるみたいに見えるっ」
「ははっ、シュークリームって! 雲に形をなぞらえる行為って、願望が表れてる場合がほとんどなんだぜ。お前の脳内は本当にわかりやすいな」
「どうせ、私の脳内は食い気だけですぅ。そんなこと言うなら、もう零央にはお菓子作らへんわ」
「あ、悪かったよ。俺、お前の作るものは全部好き。シュークリームもパイもケーキも……だから、また作ってくれよ。なっ?」
これは、本当だ。甘い物を好んで食う俺じゃないが、初琉が俺のために作ってくれるものは全部、大好物だ。
「しゃあないねー。ほな、気が向いたら作ったげるわ」
「ふはっ! うん、気が向いたらでいいから作ってくれな?」
「覚えてたらねー!」
「出来れば、来週中には作ってくれるとありがたいかな」
しまった。終始、軽い口調で話すつもりだったのに、ここにきて感情が抜け落ちた声になってしまった。
「え、来週中って……」
しかし、今更、後には引けない。用意していた言葉を、続けて紡ぐことにした。
今日、初琉に告げると心に決めてきた言葉を。
「俺、再来週、東京に戻るんだ」
「……っ」
10
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる