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しおりを挟む「あれ...オレ...」
目を開ければ知らない天井が見える。のろりと周囲を見渡し、ぼんやりと首を傾ける。ああここは保健室か。高校に入って初めて来た。そんでめちゃくちゃ快適に寝てしまった。
それにしてもまさかあのまま倒れるようにして、爆睡してしまうとは。
身体を起こしカーテンレールを少し開けると、時計が見える。
「まじ?もう放課後じゃん」
嘘だろ?!あれから一度も起きずに寝ていただなんて。
「あら起きた?気分はどう?」
オレが目覚めた事に気付いた養護の先生が、ベッド脇の椅子に座る。
「あ...はい...めちゃくちゃグッスリ寝れました」
「はい?」とジトリと見つめられ、「あ、やべっ」と口に手を当てる。
「呆れた。海外ドラマの観すぎで寝不足だったんだって?」
「...なぜそれを?」
「お友達がぐーすか眠りこけたアナタをここまで運んで来てくれて、教えてくれたのよ」
「ヨシ...!」
やっぱりあの時、ヨシの声がしたのは気のせいじゃなかたんだ。あのままここへ運んでくれたのか。...明日マッ◯でも奢らせてもらおう。
「オレのこと、おんぶしてここまで連れてきてくれたんですね...明日、腰揉んでやらなきゃ」
「おんぶじゃなくてお姫様抱っこね」
「うぇっ?!」
「それに確かに男の子は二人いたけど、あなたをお姫様抱っこして連れて来たのは...望月君?って子だったわよ」
「怜?!いや、そんなはずは...」
「あんな綺麗なお顔の子そうそういないわよね。先生、旦那と子供もいるのにトキメいちゃった☆」
怜だ!ヨシには悪いけど、この感じは絶対ヨシじゃない!...でもなんで?!まさか怜もあそこにいたのか?
「あの子、モテて大変でしょう?」
「ははは...モテるを超えて神化されちゃってます」
「高嶺の花だっけ?」
「...みたいですね」
先生...おれ今その言葉嫌いになりそうです。そんな風に思っていると、ガラリとドアの開く音がした。
「麦」
「怜!」
「あら、噂をすれば。ちょうど良かったわ、先生今から会議で職員室に戻るから。動けるようなら望月君と帰りなさいね」
そう言って先生は「やだ、遅れちゃう」と保健室から出ていく。
「麦、大丈夫?」
「うん、ごめんな?心配かけて」
こくりと頷きながら、先程まで先生が座っていたベッド脇の椅子に座る怜。
「怜、オレをここまで運んでくれたんだって?重かっただろ?」
「大丈夫。オレ、力強いし麦くらいなら余裕だよ」
ははは、そうだった。入学式での握手を忘れたかオレ。こう見えて怜はよく食べ、力も強い。まさかのパワータイプなのだ。
「麦」
「ん?」
「夜遅くまでドラマばかり観てないで、ちゃんと寝て。昨日もふらふらして危なっかしかった」
「.. はい、気を付けます。本当にご迷惑おかけしました。...ふふっ」
「?」
淡々としているのに、ちょっとだけ母親のような物言いの怜が面白い。そしてほんの少しほろりとしてしまった。だって怜がオレの事を心配してくれていたのだ。嬉しいにきまってる。
それなのに。
「迷惑かけたのはオレだから」
何気なくぽつりと呟かれた言葉にドキリとする。真っ白なシーツを見つめ、半笑いのまま「なに言ってんの」と力なく言葉にした。
「...朝、ヨシとあの場所にいた?」
「うん。ヨシ君とは昇降口でばったり会って、挨拶してたら急に女の子の大きな声がして...」
「...そっか、じゃあ聞こえてたよな」
あんなしょうもないやり取りなんて、怜には絶対聞いて欲しくなかった。
「オレのせいでごめん」
「やめてよ怜、そんなんじゃないじゃん。怜はなんにも悪くないよ」
本当に何も悪くない。それなのにどう伝えれば、怜にこんな顔をさせなくて済むのだろう。それが分からない。
澄みきった瞳が悲しみに揺らいでいて、見るたび胸が痛くなる。
「怜。あのさオレやヨシ、クラスのみんなとか、一緒にいると疲れる?」
「疲れない」
「楽しい?無理してない?」
「楽しいし無理もしてない...なんでそんな事聞くの」
「ごめんごめん。ただの確認だよ。でもさ、だったら謝らないでよ。オレは全然平気だよ?」
恐らく怜がここまで落ち込むのは、決して今日だけの事じゃないんだろう。もしかすると今朝のあの子はまだマシな方なのかもしれない。
「オレが普通じゃないから」
「そうさせたのは周りだよ」
「でも」
なにか物言いたげな表情に、なんでそんな不服そうな顔をするんだよと苦笑いを溢す。
「確かに怜はさ、めちゃくちゃ美しいもん。だから自分のモノにして一人占めにしたい。でもそれが叶わないから、今度は誰にも取られまいと怜を遠巻きにするんだ。怜は皆のモノ、だから手ぇだすなよって。本当、勝手だよね」
それはきっと、とても欲深い一部の人達だけだろうけど。
目も眩むような目映い存在を閉じ込めて、そこに近付く人間も、そこから出ようとする怜すらも許さない。
今日のあの子のように、これまでの怜が変わってしまう事を異常に恐れて。
「オレからしたらさ、高嶺の花だとかそういうのクソ喰らえだから」
「...」
「オレは怜の気持ちを置いてきぼりにしたくない。だからこれからは、怜の望む場所にいたらいいんだよ」
言いたい事は全て言ったと怜に視線を向ける。すると見たこともない、ぽかんとした怜の顔がそこにはあった。あれ...オレ、だいぶ偉そうなこと言った?
「え、ええっと、つまり言いたいのは怜には自由に...わっ、れ、怜?!」
突然伸びてきた怜の両腕に、ぎゅうっと抱き締められる。驚いて目を見開いたまま固まってしまう。
「あの、怜?」
「...ずっと、自分は怪物みたいな存在なのかなって思ってた」
「...」
「誰かと仲良くなっても、数日たてばオレから離れていく。でもそれがなぜなのか分からなくて」
「うん...」
「でもだんだん成長するにつれて、何となく理由が分かってきて。ああ、オレといようとする人は、オレの知らない所で傷付いて嫌な目に合うんだって。それならもう1人でいいやって、自分で壁を作ってた..んだと思う」
今なら分かる。
初めて出会ったあの日。名前すら、すぐには教えてくれなかった理由が。
天井を見上げ息を吐いて目を瞑る。呆れと怒り、そして怜の孤独。
「でもね今朝、麦もオレの前からいなくなるんだってそう思うと、どうしようもなく真っ黒で嫌な気持ちになった」
「嫌な気持ち?」
「...そう」
「...?」
それはオレと離れるのが嫌だと感じてくれたという事か?顔が見えないからか怜の感情が更に読みにくい。
まあ怜は被害者みたいなもんだし、思うことも沢山あるのだろう。
鼻で大きく息を吸い込むと怜の匂いがする。
「怜、これどこのワックス?めっちゃ良い匂い」
「美容室のだよ。美容師さんに勧められたやつ」
「さすがカリスマ」
オレこの匂い好き、と鼻をクンクンさせるとピクリと怜の身体が動く。変態じみたことしてごめんなさい。
「ねえ麦。オレが選んでいいのなら、オレは麦の傍にいたい」
「うん、一緒にいようよ」
いまだ離れようとしない怜の頭をポンポンとあやしながら願う。これ以上、怜が心を痛めませんように。
少しずつでも確実に、ちゃんと距離は近付いている。
コメントとエール、ありがとうございます!!
とても励みになり、ありがたく感謝しております(*^O^*)
あと、短編となっているのに予定より長くなっています。申し訳ありません!!
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