君に何度でも恋をする

明日葉

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第1章 カウントダウン

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  不規則な生活の翔は、可能な限り花音と隼人と過ごす時間を作った。仕事のスケジュールが許す限り、食事は一緒に摂り、むしろ時間があれば食事の用意もした。さすがに洗濯を一緒にするのは嫌がるかと、別に自分の分だけやっていたのだけれど、1週間もした頃に、控えめに花音から、一緒にやりましょうか?と声をかけられた。
「他人のものと一緒で抵抗があれば、別に入れますから」
「そうだなぁ、抵抗があるのは、その、敬語ね」
  何度言っても、なかなかなおらない。遠慮がそうさせているのだろうけれど。それよりさ、と翔はノンカフェインの紅茶を花音に出しながら言う。最初に彼女に出したコーヒーもきちんとノンカフェインにしていた。気づいた彼女が驚いていたけれど。
「今日、買い物行かない?ちょっと日用品を揃えに行こう」
「え?一緒に?」
「なに、不満?オレ一人で行ってこようか?」
  そういう意味じゃない、という顔を花音はする。どうも、言葉は足りないけれど表情はだいぶ読めるようになった。
「堂々と歩いているとばれないもんだから大丈夫だよ。よく似てるって言われるんですよねーって答えれば完璧」



  必要最低限のものだけあればいいとほとんど欲しがらない花音に、ようやく納得してもらえたのはベッド。さすがに一緒のベッドは、と。隼人がベッドカバーを選んでいる間に会計を済ませてもらえば、困るから!と本気で怒るのが面白くて仕方ない。そうなるだろうと思って先に済ませたんだから。
「じゃあ隼人、あれが届いたら、お前の部屋を作るからな?」
「うんっ」
「え?」
  2人の声が重なって、翔は不思議そうに花音を見た。
「なに?」
「わたしと、隼人のベッド」
「違うよ、隼人の、ベッド」
  もともと1人の部屋で隼人は寝ていたのだから、自分の部屋が欲しいだろうと思ったのだ。このまま川の字でも全く構わないのだけれど。
  にこにこと笑っている隼人を見下ろして、花音は物言いたげな顔のままだ。
「かけるくんに、貸してあげる」
「ん?」
  そうきたか、と今度は翔の方が面食らった。


  家の中が1人で住んでいた時の様子から家族がいる様子になって、夜中に帰れば明かりがついていて、あまりに遅くなければ花音が何かをやりながら起きて待ってくれている。それが嬉しくて翔は家に帰る足取りが軽くなる。
「ただいまー」
  習慣になったように、隼人の部屋をのぞけば、すやすやと眠っている顔に気持ちが和む。最近は仕事が続いたけれど、明日からしばらくオフになる。休日にどこかに遊びに行こうとその顔を見ながら思い、リビングに足を向ければ、普段なら「おかえりなさい」という声がなかったことに気づいて慌てた。
  まさか、体調が?と。
「花音?」
  声をかけるけれど返事はない。ダイニングをのぞいて、肩の力が抜けた。テーブルに突っ伏して眠っている。その足元に丸まって寝ていたレンが顔を上げ、尻尾だけ振ってよこした。こいつも横着になったなと思いながら、その頭を一撫でして、花音の肩に手を置く。
「花音、起きて」
「うん…」
  返事はするけれど、どう考えてもまだ寝たままだ。寝顔が隼人と同じなんだよなぁ、としばらく眺め、そっと抱き上げた。これでも起きないのだから、よほど疲れているのだろう。慣れない生活で気を張っているのもあるのは分かっているが、そこは慣れてもらいたい。
  寝室に入ったところでようやく気がついた花音は最初はぼんやりと翔の顔を見上げ、だんだん状況がわかって慌てた。身じろぎするのを翔が少し腕に力を込めて防ぐ。
「危ないから、急に動かないでね」
  くすくす笑いながら言われれば、花音は困惑しながらも照れるやら緊張するやらでどこを見ていいかもわからない。
「ごめんなさい、疲れてるのに」
「ここは、ありがとうの方がいいなぁ」
  そう言いながら、そっと花音をベッドに下ろした。
「風呂はもう済んでる?」
「うん」
「じゃあ、もう寝てて」
  言っている横で、ついてきたレンがベッドの縁に顎を乗せて花音を覗き込んでいる。
「お前、現金だなぁ」
  頭を撫でれば、嬉しそうに尻尾を振った愛犬は、ベッドの足元に丸まった。とりあえず自分も寝る準備をしようと一旦部屋を出ようとした翔の背中に、花音が声をかける。
「あの、高嶺さん」
「呼び方…」
  苦笑いで振り返ると、あ、という顔をして花音が「翔さん」と言いなおす。昔と同じ呼び方でいいと言っているのに。こればかりは逐一言ってでも直させるつもりでいる。
「お願いがあって起きてたんだけど…」
  そうなの?と応じて、翔はにこっと笑う。
「じゃあ、すぐに戻ってくるから、ちょっとだけ待ってて」
  烏の行水、と呆れられそうだけれど、すぐにシャワーを浴びて寝室に行けば、ベッドの縁に座って花音は待っていた。その足の甲にレンは顎を乗せて眠っている。
「横になってていいのに」
「横になってまた寝ちゃったら困るし」
「そんなに急ぐ話?」
  言いながら、自分の方が先にベッドに横になる。
  横になった翔の胸の位置あたりに花音は膝立ちで移動してきて、ぺたんと座った。
「今度、お休みの時に一緒に行って欲しいところがあるんですけど」
「……どこ?」
  言葉遣いを指摘しようかと思ったけれど、真面目な様子なのでひとまず横に置いておく。
「隼人の父親の家族に、話をしたんです。隼人と一緒にいる人がどんな人なのか、会ってみたいって言われて。ちょっと、仕事の関係であまり人にむやみに会えないかもとは言ってあるんだけど」
「いいよ?」
「え?」
  そこ、驚くところ?と言いながら翔は片手を伸ばして、座ったままの花音の肩に回し、そっと引き寄せて横にならせた。
「あのね、それってつまり、隼人のおじいちゃんおばあちゃんとか、そういう人でしょう?で、今までも花音のことも見てきてくれた人でしょう?」
  いつまで経っても、一緒に横になるのに慣れない花音に笑いそうになりながら、頬を軽くつねった。
「それなら、気になって、心配して当たり前でしょう?オレもそこに安心してもらえた方がいいし。だから、この子の、おじいちゃんとおばあちゃんにも、会いたい」
  つねった手を、そっと下に動かし、花音の下腹に触れる。少し、ふくらんできたような気もするけれど、毎日見ているせいか、分からない。
  花音にしてみれば、お願いをして演じてもらっているだけの関係。むしろ、かなりそれを超えたことをしてもらっている。これ以上望みようもなく、そして、あまり人に会わせるのはこの人をこの状況に縛りつけてしまうようで抵抗があった。
「強情だねぇ」
「ちゃんと、自分で生きていかないといけないから、頼ることに、慣れすぎないようにしたいの」
「なんで?」
  どう言っても、花音はいずれ近いうちにこの状況は終わると決めてかかっている。だから、甘えられる人がいる状況に慣れてしまいたくないと。それが寂しいしそれを伝えているのに。
  何度でも言って、花音が強情を続けても周りを固めるつもりでいるけれど。
「その人たちに会ったら、そろそろ花音のおじいちゃんのところにも、行こうな」
  髪を撫でて言えば、緊張した面持ちで花音は頷く。緊張するのは、本当は自分なんだけどと翔は思いながらも、その思いつめた顔も可愛くて、照れ隠しにそのまま自分の胸に引き寄せた。
「ちょっ」
「おやすみ」
  抵抗は受け付けずに、そのまま翔は花音を抱き込んで目を閉じた。息を詰めたような花音の吐息が時折胸にあたるけれど、やはり疲れているのだろう。そのうち、それが寝息に変わったのを感じながら、微笑んだ。




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