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第3章 空白の時間
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「あれ?今日、弓削さん来てるんじゃなかったっけ?」
家に着いて中を見回し、花音は首を傾げた。顔を上げた隼人も首を傾げている。
「昼前に電話があって、行けなくなったって。で、代わりにって速水さんが…」
弓削がここにいないことは花音にだってわかっていた。だって、花音の職場にいたんだから。ただ、意外な顔が。
「速水さん、暇なんですか?」
「自分のスケジュールは自分で決められる立場だからね」
さらっと言ってのけた人を見上げ、それからはっとする。
「というか、弓削さんがここにいない原因作ったの、速水さんですね?」
「察しがいいね、花音。今日ここにいるはず、ということは、行かせるのにも近いってことだったからね」
「何かあったの?」
心配そうな顔になる隼人に目を戻し、花音はきゅっと隼人に抱きついた。すっかり背が伸びて、花音よりももう高い。父親に似たのかな、と思う度ににやけてしまう。
「どうしたの?」
困惑しながらも、しっかりと背中に手を回してくれるあたり、素直に育ったものだ。このくらいの年になれば嫌がられそうなのに。
「びっくりしたのよ…」
そう、それは事実で。そして、やっとそれを吐き出せる相手が目の前にいるのも事実で。
なんて思っていたら、「おにいちゃんばかりずるい」と騒がしくなる。
苦笑いしながら隼人から離れ、花音は全部ひっくるめて抱きしめた。
何に母が驚いたのか。
食事をしながら聞いて隼人は難しい顔になる。
翔のことは、嫌な思い出ではない。本当に、母を大事にしていた。母の子ならば無条件に大事に思うような、そんな人だったと感じた。あの人は役者だからと思おうとしても、あれは「素」のままのあの人だったと思う。
ただ、そこから付随して起こったことを思えば、難しい顔にもなる。今、あの頃よりは大きくなった自分でも対処できるか分からないようなこと。あの時の自分には、何もできなかった。
ずっと、この大きな部屋に住むのかもしれない、翔くんとレンと、一緒に。
そう思い始めていた矢先に、不意に「出ていくよ」と言われた。そう言った顔が哀しそうで、悲しい顔をした自分に対して申し訳なさそうで、抱きついた。母がいる場所だけが、自分のいる場所だから。
最初に行ったのは、病院だった。驚きで気づかなかったけれど、母は怪我をしていた。
あかちゃん、無事でよかったわぁ。根性ね、根性。
なんて、笑って言っていたけれど。
その子たちがいるから、翔に会えた。でも、だから、母はいろいろ抱え込んでいるようにも見えた。
「隼人?」
心配そうな声に慌てて顔をあげる。食事の手が止まった隼人を、花音は覗き込むように見つめていた。
その様子を眺めながら、速水が苦笑いになる。
「君ら2人は、恋人か」
「速水さん、うらやましい?」
思わず隼人が聞くと、困ったような笑顔が返ってきた。
「花音が将来、子離れができるか不安だよ。…で、翔とは顔は合わせてしまったのか」
「お客さまの対応しているところに通りかかっちゃったみたいで」
気づいて怯んだ花音の様子に気づき、その「お客さま」や同僚が目隠しをするように立ってくれたと笑っているのを見て、隼人はため息をつく。
同僚の人たちの名前を聞けば納得もする。あの人たちは、今は特に、母に甘い。いや、お互いに「これ以上傷つかないように」守り合っている。少し前に起こった出来事で、少し油断をすれば涙が止まらなくなる母を、放っておけないのだろうとも思う。
「それで、弓削さんは何してるの?」
暢気な母は、きょとんとした顔で速水に尋ねている。隼人でも、察しはついているのに。
「説教?」
「……は??」
冗談めかして疑問形で返した速水の言葉に、花音が固まった。
家に着いて中を見回し、花音は首を傾げた。顔を上げた隼人も首を傾げている。
「昼前に電話があって、行けなくなったって。で、代わりにって速水さんが…」
弓削がここにいないことは花音にだってわかっていた。だって、花音の職場にいたんだから。ただ、意外な顔が。
「速水さん、暇なんですか?」
「自分のスケジュールは自分で決められる立場だからね」
さらっと言ってのけた人を見上げ、それからはっとする。
「というか、弓削さんがここにいない原因作ったの、速水さんですね?」
「察しがいいね、花音。今日ここにいるはず、ということは、行かせるのにも近いってことだったからね」
「何かあったの?」
心配そうな顔になる隼人に目を戻し、花音はきゅっと隼人に抱きついた。すっかり背が伸びて、花音よりももう高い。父親に似たのかな、と思う度ににやけてしまう。
「どうしたの?」
困惑しながらも、しっかりと背中に手を回してくれるあたり、素直に育ったものだ。このくらいの年になれば嫌がられそうなのに。
「びっくりしたのよ…」
そう、それは事実で。そして、やっとそれを吐き出せる相手が目の前にいるのも事実で。
なんて思っていたら、「おにいちゃんばかりずるい」と騒がしくなる。
苦笑いしながら隼人から離れ、花音は全部ひっくるめて抱きしめた。
何に母が驚いたのか。
食事をしながら聞いて隼人は難しい顔になる。
翔のことは、嫌な思い出ではない。本当に、母を大事にしていた。母の子ならば無条件に大事に思うような、そんな人だったと感じた。あの人は役者だからと思おうとしても、あれは「素」のままのあの人だったと思う。
ただ、そこから付随して起こったことを思えば、難しい顔にもなる。今、あの頃よりは大きくなった自分でも対処できるか分からないようなこと。あの時の自分には、何もできなかった。
ずっと、この大きな部屋に住むのかもしれない、翔くんとレンと、一緒に。
そう思い始めていた矢先に、不意に「出ていくよ」と言われた。そう言った顔が哀しそうで、悲しい顔をした自分に対して申し訳なさそうで、抱きついた。母がいる場所だけが、自分のいる場所だから。
最初に行ったのは、病院だった。驚きで気づかなかったけれど、母は怪我をしていた。
あかちゃん、無事でよかったわぁ。根性ね、根性。
なんて、笑って言っていたけれど。
その子たちがいるから、翔に会えた。でも、だから、母はいろいろ抱え込んでいるようにも見えた。
「隼人?」
心配そうな声に慌てて顔をあげる。食事の手が止まった隼人を、花音は覗き込むように見つめていた。
その様子を眺めながら、速水が苦笑いになる。
「君ら2人は、恋人か」
「速水さん、うらやましい?」
思わず隼人が聞くと、困ったような笑顔が返ってきた。
「花音が将来、子離れができるか不安だよ。…で、翔とは顔は合わせてしまったのか」
「お客さまの対応しているところに通りかかっちゃったみたいで」
気づいて怯んだ花音の様子に気づき、その「お客さま」や同僚が目隠しをするように立ってくれたと笑っているのを見て、隼人はため息をつく。
同僚の人たちの名前を聞けば納得もする。あの人たちは、今は特に、母に甘い。いや、お互いに「これ以上傷つかないように」守り合っている。少し前に起こった出来事で、少し油断をすれば涙が止まらなくなる母を、放っておけないのだろうとも思う。
「それで、弓削さんは何してるの?」
暢気な母は、きょとんとした顔で速水に尋ねている。隼人でも、察しはついているのに。
「説教?」
「……は??」
冗談めかして疑問形で返した速水の言葉に、花音が固まった。
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