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第3章 空白の時間
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浅井は、翔と一緒に映像に釘付けになりながら、思いを巡らせる。
あの日、あの場には浅井もいた。その中で、浅井だけが、この映像の中にいない。何も知らされなかった。それは多分、翔のため。浅井のため。まさか、副社長や弓削が、ずっと見守っていたなんて、想像もしなかった。
最初こそ強張っていた翔の顔が、花音の動きを追ってやわらかくなっているのを眺め、やはり、あの時に引き下がるべきではなかったのではないかと後悔が首をもたげる。花音の様子を聞けば、詮索するな、何も翔に伝えるなと、それで全てが終わった。その場限りかと思えば、その後も、そう自分に命じた副社長は、あの、怜悧な人物がこんなに人間味のある表情で。
不意に始まった映像は病院のようで、慌ただしい足音が交錯している。
写り込んだ白衣の人を見て、翔がぼそりと呟いた。
「御調医師じゃない?」
落ち着かない雰囲気が伝わる映像の中で、飄々と医師はそこを見回した。
『だんなは、いない、と。』
呟きにかぶせるように、その場にいるものたちが口を開く。浅井には誰だか分からない者もいる。その中で、中年の女性が一喝した。
『すこし、落ち着きなさい!』
あの、副社長までが浮き足立っている。それを奇異な目で眺めた浅井は、画面と翔を等分に見る。
『まったく、これだから男たちは。あなたたちが騒いで良くなるなら、好きなだけ騒ぎなさい。そうじゃないなら、どうすべきか、考えなさい』
目に見えてしゅん、とした大の男たちを見渡し、女性はどうぞ、と、医師にその場を委ねる。くつくつと笑った彼は、まあ、男なんて一番役に立たない場面だよな、と言いながら自分が出てきた処置室の向こう側を顎でしゃくった。
『入りたけりゃ全員入っていい。本人がいいって言ってるからな。隼人はもう入ってるぞ』
出産の様子は、編集をしたようで。ただ、途中で翔がぽかんとした。
「え?」
「?」
何に驚いているのか分からず、浅井は翔の横顔を眺める。その視線にも気づかないように、瞬きをすることすらもったいないというかのように画面を凝視している翔は、今、自分が泣いていることに気づいているだろうか。
ずっと、背後で様子を見ている弓削も、今の翔の驚きがなんなのかはかりかねているようで、眉間のしわが深くなっている。
ひと段落ついたところで、呆然と、翔が呟いた言葉に、浅井の方がぽかん、となった。
「…ふたり?」
(は?)
「ちょっと待て」
低い声が怖い。だが、浅井もちょっと待てと思う。それはまずいだろうと。
「お前、知らなかったのか?」
放心状態で頷く翔を、浅井も信じられない思いで見つめた。父親になるのだとあれほど言っていたのに?
「聞かなかったのか?病院に行ってどうだったのかとか、性別はとか、そういう話してればわかるだろう」
いやむしろ、病院、ついていってただろう。
もうつっこみが声にならず、ぱくぱくと口が塞がらず。気まずそうに目を逸らした翔の目は、それでも画面から離れない。強制的に弓削に一時停止された画面は、生まれたばかりの子を同じベッドに寝かせてもらい、その様子をちょうど隼人が覗き込もうとしているところで。花音が伸ばした手が隼人の髪を撫でようとしている。
「戸籍を見なかったのか。気にもならなかったか」
「見るのが、こわくて。必要なときは、抄本しかとらなかった」
「こわい?」
聞き返しながら、浅井はため息をついた。
そして、ちっという舌打ちが聞こえ、続きが再生された。だが、浅井の耳には弓削の忌々しげな呟きがしっかりと聞こえてしまう。
これじゃあ、あいつが離れていることをためらわないわけだ、と。
翔の興味の向かう先は、花音。一緒にいれば、隼人にしたのと同じように、面倒も見るしかわいがってもくれるだろう。けれど、いなければ、それ以上の興味は示さない存在。であれば、翔にその荷を背負わせる必要はどこにもない、というあたりか。
『名前、きめたのか?』
うん、と幸せそうに微笑む花音を眺め、翔の顔も微笑む。鏡のようだ、と、浅井は思う。
撮影者は誰なのだろう。画面には、速水も弓削も、そして意外にも副社長の秘書の仙崎も映っている。
『日向と、日和』
『かわいいな』
思わずといった風に呟いたのは、誰の声だったのだろう。
そこからの映像は、楽しそうに笑って、ときどき怒って、子どものように拗ねて、そんなふうに生活している花音と、入れ替わるように撮影し、何かを手伝う人たちの様子。
拳に握られた翔の手が、強く握りすぎて白くなっているのに気づいたが、浅井にはかける言葉がない。
花音を探さなかったことで、翔が持てなかった時間。
自然な流れでテープを浅井が入れ替えると、そのテープが何かを確認した弓削の顔が、険しくなった。なにか良くない映像が含まれているのか。
そう思うが、それならなおさら、とばすこともできないし、翔はそんな周囲の様子にも気づかないほどに画面しか見ていない。
『あ』
映像はない。声だけ。
花音の弟が、なんとなく録音していたと、浅井の問いに短く弓削が答える。周囲があまりに花音の様子を記録しているから、花音の両親と弟でたまたま過ごした機会にそれを思い出して、とらなければいけない気がしたが、映像はさすがにと、なんとなく、録音をしていた、と。
『お父さん、御調さんからメール返ってきた』
『…おまえ、今までなんで放っておいた?』
『放っておいたんじゃなくて、あんなことになってるの知らなかった。あのグループメール、見ると嫌な気分になるからもうずっと、見てなかった』
『そんなの後からの言い訳だ。見てなかったお前が悪い。なんとかしろ』
『…はい』
あまり、いい雰囲気の会話ではない。
翔が一度機材を止め、弓削を振り返る。
「どういうことだ?なんで、御調の名前が出てくる」
やれやれ、と弓削がため息をついた。
「双子なのも知らなかったあんたに、どこから話したもんだか」
「花音が、楽器をやっていたことは?」
「知っている」
当たり前のように返す翔を見据え、弓削が言い直す。
「あの時も、今も続けている」
「……」
「御調は、同じ団体で演奏している仲間だ。あの時も、あの前も、今も」
「!!」
「もともと友だちだった。知り合った時から、御調には彼女がいたから、そんな風に考えたこともなかっただろうな。それでもまあ、つきあって。友達に戻ろうと言われて、花音は友達だった頃と同じ距離感での付き合い方をしようとした。避けないようにしよう、と」
弓削が、誰かが花音から聞き出したのであろう話。浅井の隣で、翔の気配がどんどん冷たく固くなっていく気がする。
「いい加減にしてください、ってメールがきた。花音は、それならそもそも、友達だった時ってあったのか、どこに戻ればいいのか、分からなくなった。放っておけと怒られたから、関わらないようにした」
翔の手が何かを殴りつけたそうにさらに握り込まれたことに気づいて、浅井は慌てて翔の肩を掴んだ。ただ、浅井も反吐が出そうな気分になる。どういう言い草なのか、と。
「さっきこの部屋に来た子に、聞いたことがある。ある女が、花音に「男好き」と、言ったが、どういうことか、と。そんな風に見えたことは一度もなかったから。花音は、異性でも関係なく、友達になる。その距離感が羨ましいのか、そう言われることはあったけど、恋愛感情が絡みそうになった瞬間に、男嫌いにしか見えないくらいだったと、言っていた。その距離感が、御調にも分からなかったんだろうな」
それを勝手に誤解して、つきはなした?
手で押さえている翔の体に力がこもっている。浅井も、押さえていたくはない気分だが、だが、ここにその怒りを向けるべき相手はいない。
「それでなんでさっきの録音の会話に?」
「団体の方で、トラブルがあったらしい。原因は、確かに御調にあった。ただ、それを咎めるのに、やり方が悪いやつらがいた。吊し上げるように、個人ではなくグループメールで口々に責めて咎めた。そうなる前にも、そのメール自体の雰囲気が苦手で、花音は見ていなかったらしい。その間にそんなことになっていて、御調は外に出てこなくなった」
「は?」
そこで、なんでさっきの会話に繋がるのか、思わず声が出た翔と同じ気分で浅井も弓削を見上げる。
「それでも、奴らにとって、悪いのは御調。連絡をよこさない、自分たちばかりがこうしているのはおかしいから、みんな連絡をとってみてくれと言われた。本当なら、そうなる前に、そんなメールでの吊し上げの様子が出てきたときに、誰かが止めるべきだったんだろう。それをしなかった中に、花音の父親もいる」
「……」
「おせっかいをすれば、怒られる。そう、怖がりながら送った花音のメールには、それほど時間をおかずに返信があった。花音のメールにだけ、反応があった」
御調にとって、花音は味方だと思えたのだろう。自分の身勝手で別れを告げても、誰かに悪くいうわけでもなく、むしろ御調が居づらくならないようにするかのように、自然に振る舞い続けていた。
「で、最初に返事をきたところがちょうどさっきの録音のとき。たまたま一緒にいた父親に、返事が来たと報告をしたら、お前のせいだと、言われた」
「なんだそれっ」
「さすがの花音も、そう思ったみたいだけどな。でも、実際返事が来るのも自分にだけ」
どうしたのかは、聞くまでもなく分かる気がした。だが、弓削は続ける。
「みんなあのメールを見ていたのに誰もなにも言わないか、責める人ばかり。確かに悪いのは自分だけど、みんな逃げ場がないほどに追い詰めたいと思うほどに、怒っている。そう感じていたんだと」
苛立たしげに弓削は息を吐き出す。その苛立ちはどこに向かっているのか。今知った翔と浅井の苛立ちは、現在起こっていることに対する怒り。けれど弓削にとっては何年も前のはずなのに、いまだに怒りがおさまっていない様子に浅井はその事態の酷さを感じる。
「花音が放っておけるわけがない。あの団体に昔からいる中には、花音にいい加減、つきあいをやめろと言うのが何人かいるらしいけどな。頑固だから」
「え?いまだに付き合いが?」
「だから、同じ団体で今もやっている。花音とのことを知らない年代のに誘われて一緒に食事に行ったりすることもある。まあ、なんにも、あっちは気づいちゃいないけどな」
絶句したように見える翔を眺め、弓削は翔が止めた機材を再びスタートさせる。
録音はあれだけだったようで、映像になった。花音の弟は、何の話かは分からなかったが、父親の言い草に嫌気がさして、すぐにやめたのだと話していたと弓削は言う。ただ、内容が内容だからと、土師に伝えて録音を聞かせたところから弓削たちにも伝わり、ここに録音が残っているというわけらしい。
ここからはしばらく、腹が立つ映像になるのかと覚悟しながら、花音が映るというだけで画面から目を離せなくなるらしい翔の視線を追い、浅井も再び画面に目をやった。
あの日、あの場には浅井もいた。その中で、浅井だけが、この映像の中にいない。何も知らされなかった。それは多分、翔のため。浅井のため。まさか、副社長や弓削が、ずっと見守っていたなんて、想像もしなかった。
最初こそ強張っていた翔の顔が、花音の動きを追ってやわらかくなっているのを眺め、やはり、あの時に引き下がるべきではなかったのではないかと後悔が首をもたげる。花音の様子を聞けば、詮索するな、何も翔に伝えるなと、それで全てが終わった。その場限りかと思えば、その後も、そう自分に命じた副社長は、あの、怜悧な人物がこんなに人間味のある表情で。
不意に始まった映像は病院のようで、慌ただしい足音が交錯している。
写り込んだ白衣の人を見て、翔がぼそりと呟いた。
「御調医師じゃない?」
落ち着かない雰囲気が伝わる映像の中で、飄々と医師はそこを見回した。
『だんなは、いない、と。』
呟きにかぶせるように、その場にいるものたちが口を開く。浅井には誰だか分からない者もいる。その中で、中年の女性が一喝した。
『すこし、落ち着きなさい!』
あの、副社長までが浮き足立っている。それを奇異な目で眺めた浅井は、画面と翔を等分に見る。
『まったく、これだから男たちは。あなたたちが騒いで良くなるなら、好きなだけ騒ぎなさい。そうじゃないなら、どうすべきか、考えなさい』
目に見えてしゅん、とした大の男たちを見渡し、女性はどうぞ、と、医師にその場を委ねる。くつくつと笑った彼は、まあ、男なんて一番役に立たない場面だよな、と言いながら自分が出てきた処置室の向こう側を顎でしゃくった。
『入りたけりゃ全員入っていい。本人がいいって言ってるからな。隼人はもう入ってるぞ』
出産の様子は、編集をしたようで。ただ、途中で翔がぽかんとした。
「え?」
「?」
何に驚いているのか分からず、浅井は翔の横顔を眺める。その視線にも気づかないように、瞬きをすることすらもったいないというかのように画面を凝視している翔は、今、自分が泣いていることに気づいているだろうか。
ずっと、背後で様子を見ている弓削も、今の翔の驚きがなんなのかはかりかねているようで、眉間のしわが深くなっている。
ひと段落ついたところで、呆然と、翔が呟いた言葉に、浅井の方がぽかん、となった。
「…ふたり?」
(は?)
「ちょっと待て」
低い声が怖い。だが、浅井もちょっと待てと思う。それはまずいだろうと。
「お前、知らなかったのか?」
放心状態で頷く翔を、浅井も信じられない思いで見つめた。父親になるのだとあれほど言っていたのに?
「聞かなかったのか?病院に行ってどうだったのかとか、性別はとか、そういう話してればわかるだろう」
いやむしろ、病院、ついていってただろう。
もうつっこみが声にならず、ぱくぱくと口が塞がらず。気まずそうに目を逸らした翔の目は、それでも画面から離れない。強制的に弓削に一時停止された画面は、生まれたばかりの子を同じベッドに寝かせてもらい、その様子をちょうど隼人が覗き込もうとしているところで。花音が伸ばした手が隼人の髪を撫でようとしている。
「戸籍を見なかったのか。気にもならなかったか」
「見るのが、こわくて。必要なときは、抄本しかとらなかった」
「こわい?」
聞き返しながら、浅井はため息をついた。
そして、ちっという舌打ちが聞こえ、続きが再生された。だが、浅井の耳には弓削の忌々しげな呟きがしっかりと聞こえてしまう。
これじゃあ、あいつが離れていることをためらわないわけだ、と。
翔の興味の向かう先は、花音。一緒にいれば、隼人にしたのと同じように、面倒も見るしかわいがってもくれるだろう。けれど、いなければ、それ以上の興味は示さない存在。であれば、翔にその荷を背負わせる必要はどこにもない、というあたりか。
『名前、きめたのか?』
うん、と幸せそうに微笑む花音を眺め、翔の顔も微笑む。鏡のようだ、と、浅井は思う。
撮影者は誰なのだろう。画面には、速水も弓削も、そして意外にも副社長の秘書の仙崎も映っている。
『日向と、日和』
『かわいいな』
思わずといった風に呟いたのは、誰の声だったのだろう。
そこからの映像は、楽しそうに笑って、ときどき怒って、子どものように拗ねて、そんなふうに生活している花音と、入れ替わるように撮影し、何かを手伝う人たちの様子。
拳に握られた翔の手が、強く握りすぎて白くなっているのに気づいたが、浅井にはかける言葉がない。
花音を探さなかったことで、翔が持てなかった時間。
自然な流れでテープを浅井が入れ替えると、そのテープが何かを確認した弓削の顔が、険しくなった。なにか良くない映像が含まれているのか。
そう思うが、それならなおさら、とばすこともできないし、翔はそんな周囲の様子にも気づかないほどに画面しか見ていない。
『あ』
映像はない。声だけ。
花音の弟が、なんとなく録音していたと、浅井の問いに短く弓削が答える。周囲があまりに花音の様子を記録しているから、花音の両親と弟でたまたま過ごした機会にそれを思い出して、とらなければいけない気がしたが、映像はさすがにと、なんとなく、録音をしていた、と。
『お父さん、御調さんからメール返ってきた』
『…おまえ、今までなんで放っておいた?』
『放っておいたんじゃなくて、あんなことになってるの知らなかった。あのグループメール、見ると嫌な気分になるからもうずっと、見てなかった』
『そんなの後からの言い訳だ。見てなかったお前が悪い。なんとかしろ』
『…はい』
あまり、いい雰囲気の会話ではない。
翔が一度機材を止め、弓削を振り返る。
「どういうことだ?なんで、御調の名前が出てくる」
やれやれ、と弓削がため息をついた。
「双子なのも知らなかったあんたに、どこから話したもんだか」
「花音が、楽器をやっていたことは?」
「知っている」
当たり前のように返す翔を見据え、弓削が言い直す。
「あの時も、今も続けている」
「……」
「御調は、同じ団体で演奏している仲間だ。あの時も、あの前も、今も」
「!!」
「もともと友だちだった。知り合った時から、御調には彼女がいたから、そんな風に考えたこともなかっただろうな。それでもまあ、つきあって。友達に戻ろうと言われて、花音は友達だった頃と同じ距離感での付き合い方をしようとした。避けないようにしよう、と」
弓削が、誰かが花音から聞き出したのであろう話。浅井の隣で、翔の気配がどんどん冷たく固くなっていく気がする。
「いい加減にしてください、ってメールがきた。花音は、それならそもそも、友達だった時ってあったのか、どこに戻ればいいのか、分からなくなった。放っておけと怒られたから、関わらないようにした」
翔の手が何かを殴りつけたそうにさらに握り込まれたことに気づいて、浅井は慌てて翔の肩を掴んだ。ただ、浅井も反吐が出そうな気分になる。どういう言い草なのか、と。
「さっきこの部屋に来た子に、聞いたことがある。ある女が、花音に「男好き」と、言ったが、どういうことか、と。そんな風に見えたことは一度もなかったから。花音は、異性でも関係なく、友達になる。その距離感が羨ましいのか、そう言われることはあったけど、恋愛感情が絡みそうになった瞬間に、男嫌いにしか見えないくらいだったと、言っていた。その距離感が、御調にも分からなかったんだろうな」
それを勝手に誤解して、つきはなした?
手で押さえている翔の体に力がこもっている。浅井も、押さえていたくはない気分だが、だが、ここにその怒りを向けるべき相手はいない。
「それでなんでさっきの録音の会話に?」
「団体の方で、トラブルがあったらしい。原因は、確かに御調にあった。ただ、それを咎めるのに、やり方が悪いやつらがいた。吊し上げるように、個人ではなくグループメールで口々に責めて咎めた。そうなる前にも、そのメール自体の雰囲気が苦手で、花音は見ていなかったらしい。その間にそんなことになっていて、御調は外に出てこなくなった」
「は?」
そこで、なんでさっきの会話に繋がるのか、思わず声が出た翔と同じ気分で浅井も弓削を見上げる。
「それでも、奴らにとって、悪いのは御調。連絡をよこさない、自分たちばかりがこうしているのはおかしいから、みんな連絡をとってみてくれと言われた。本当なら、そうなる前に、そんなメールでの吊し上げの様子が出てきたときに、誰かが止めるべきだったんだろう。それをしなかった中に、花音の父親もいる」
「……」
「おせっかいをすれば、怒られる。そう、怖がりながら送った花音のメールには、それほど時間をおかずに返信があった。花音のメールにだけ、反応があった」
御調にとって、花音は味方だと思えたのだろう。自分の身勝手で別れを告げても、誰かに悪くいうわけでもなく、むしろ御調が居づらくならないようにするかのように、自然に振る舞い続けていた。
「で、最初に返事をきたところがちょうどさっきの録音のとき。たまたま一緒にいた父親に、返事が来たと報告をしたら、お前のせいだと、言われた」
「なんだそれっ」
「さすがの花音も、そう思ったみたいだけどな。でも、実際返事が来るのも自分にだけ」
どうしたのかは、聞くまでもなく分かる気がした。だが、弓削は続ける。
「みんなあのメールを見ていたのに誰もなにも言わないか、責める人ばかり。確かに悪いのは自分だけど、みんな逃げ場がないほどに追い詰めたいと思うほどに、怒っている。そう感じていたんだと」
苛立たしげに弓削は息を吐き出す。その苛立ちはどこに向かっているのか。今知った翔と浅井の苛立ちは、現在起こっていることに対する怒り。けれど弓削にとっては何年も前のはずなのに、いまだに怒りがおさまっていない様子に浅井はその事態の酷さを感じる。
「花音が放っておけるわけがない。あの団体に昔からいる中には、花音にいい加減、つきあいをやめろと言うのが何人かいるらしいけどな。頑固だから」
「え?いまだに付き合いが?」
「だから、同じ団体で今もやっている。花音とのことを知らない年代のに誘われて一緒に食事に行ったりすることもある。まあ、なんにも、あっちは気づいちゃいないけどな」
絶句したように見える翔を眺め、弓削は翔が止めた機材を再びスタートさせる。
録音はあれだけだったようで、映像になった。花音の弟は、何の話かは分からなかったが、父親の言い草に嫌気がさして、すぐにやめたのだと話していたと弓削は言う。ただ、内容が内容だからと、土師に伝えて録音を聞かせたところから弓削たちにも伝わり、ここに録音が残っているというわけらしい。
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