君に何度でも恋をする

明日葉

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第4章 さいかい

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 翔は、ぽかん、として、目の前で美味しそうに、楽しそうに食事をするを見つめていた。
 そんなつもりはなかったのだけど、まさか計算したように思われた?などと、穿った考えが浮かぶほどに想像していなかった状況で。


 速水に聞いた、子どもたちの好きな物を並べた食卓。どんな顔をして食べてくれるんだろうと想像しながら、少し、怖いと思いながら作った皿は、嬉しいほどに、楽しそうに食べてもらえていて。



「どうしました?」


 気づいて小首を傾げる花音に、いや、と、反射的に首を横に振る。









 花音を連れて帰宅すると、別に誰かが出迎えに飛び出してくるわけでもなく。
 ああ、日常って、こういう感じなんだな、と思って。リビングに入ると、テレビを見ていた日向と日和が顔を上げて、ぱっと笑顔になる。
 おかえりなさいと、きれいにハモるのは双子だからなんだろうか、なんて多分あまり意味をなさないことを思い浮かべて、まるで自動応答のように話しかける双子に答えていたら、キッチンをのぞいた花音が、翔にはなかなかむけてくれない無防備な笑顔で不意に振り返って。

「ご飯、こんなに作ってくれたんですね。子どもたちの好きなものばかり」
「ああ、副社長に、聞いて」


 自分が知らなくて、他に聞かないといけないのが、ものすごく癪だったのだけど。それをこらえて聞いて良かったと、ものすごくほっとした。


「おいしそう」
 その、柔らかい声音がものすごく、心地よい。


 花音が荷物を置いたり、手を洗ったりしている間に、翔が温め直す必要があるものは温めたり、皿にもったり、食卓に並べたり。隼人が、下の双子を食卓に座らせたり。



 なんだこれ。なんのご褒美。




 それは、翔が求めていたもので。そうなりたいと、これからこの家族にきちんと伝えようとしていた姿で。うっかり、もう手に入れたなんて奢って口にしなかったら、なんてことにならないように、気を引き締め直す。何かの罠か?言い忘れて、言われてないから知りませんって、そう言うための?なんて、そんなことをするような子じゃないし。




 と、頭が回らないままここに至っていた。
 おいしそうに食べ終えた日向と日和の口の周りを、昔から下の弟妹の面倒を見ていたのと同じ流れできれいにしてやれば、少し、それは嫌がるような仕草を見せる。

「じぶんでするのー」
 ああ、自分でやりたい時期か、なんて思えば、隼人がさらっと、2人の頭を撫でて笑った。

「仕上げ、やってもらえて良かったな」
「「うんっ」」

 ああ、自分でやった後の仕上げだと、まんまと…。



 と、そこで、隼人の視線を感じて、はっとした。


 それで、あらたまって。



「花音、隼人。日向。日和。オレも、この家族の仲間に、入りたい」



「「いいよー」」


 なかまにはいるの?

 えー。ずっとそうなのに?

 ねー



 きゃいきゃいと少しだけ舌足らずに話す双子の声に、翔はぽかんとした。




 顔を見合わせた、花音と隼人が似たような顔で笑っていた。







 片付けを、隼人と2人で引き受けて、花音と双子を風呂に入らせた。

「隼人、怒ってるんじゃないのか」

「母さんは、怒ってるのは翔くんだと、ずっと思ってるよ」



 え、と、絶句した翔を一瞥して、隼人は翔が洗った皿を隣で拭いて棚に戻していく。

「勝手なことをお願いして、勝手に姿を消して。迷惑ばかりかけて。翔くんのお仕事関係の人にまで面倒をかけて」
「いやそれは」
「うん。少なくとも、お願いされたのは、翔くんは迷惑がってなかった。むしろ、あの頃、嬉しそうに見えた」
 隼人は、今度は翔を見ない。


 だから、と、言葉が続く。


「なんで、迎えに来ないのかな、と思ってた。迎えに来ないけど、婚姻届、出したでしょ。で、母さんがびっくりして、いつでも翔くんが自由になれるようにって、離婚届送って。今まで何回か、恋人がいるよな報道もあって、その時に、届け出したかなって、確認してたけど、出してなかった」
「いや、それは」
「まあ、芸能人の恋愛報道なんて、どうでもいいけど。ただ、母さんを婚姻届なんてもので縛っておいて、離婚届をどうするわけでもなく、報道があっても、なにも状況分からなくて。とか、いろいろ言いたいことはあるんだけど。でも、母さんがそこ、まったく、怒ってないから、まあ、いいよ」
「え?」
「興味ないのかもしれないし、どうでもいいのかもしれないし、言える立場じゃないと思ってるんだろうし。まあ、信じてるわけではないから、そこは期待しないで」



 さくっっと、あまりにからりというから聞き流しそうになったけれど、かなりはっきり言われている。だが、その方がありがたいのだと、ふと翔は気づく。隠されるより、教えてもらえた方がいい。自分のばかさ加減は、重々承知しているから、それをどう見ていたのか、知りたいから。


 それから、不意に隼人が不思議な顔で笑った。
「翔くん、何年も放っておいて、それはそれで、翔くんにとっては良かったこともあるよ。母さん、暗示にかかりやすいというか、洗脳されやすいというか。よく分からないけど、何年も『翔くんの奥さん』て、書類上ではそうだったから。そういう意識は、染み付いてると思う。翔くんが、双子の父親になりたいってずっと言ってたから、双子にちゃんと、そう話してたし」
 それは、いいのか、悪いのか。そもそも、責められるべきところを有利だと言われて、どう感じれば良いのか。
 困惑顔になったところで、洗い物が終わってしまう。


「隼人ーっ」


 浴室から呼ぶ声がして、隼人が返事をしてそちらに向かう。
 賑やかな声が聞こえて、隼人が脱衣所で双子を受け取って、風呂上がりの世話をしているのがわかる。きっとそうやって、いままで花音のそばでいろんなことを見てきた。


「母さん、このまま、寝かしつけちゃうよ」
「たすかるー。ありがとう、隼人」

 優しい会話。



 風呂上りの花音に、何か飲むかと聞けばコーヒーと言われ、思わず笑った。
「寝る前に?」
「コーヒー飲んでも寝れるから。大丈夫です」
 かわらないなぁ、と。前も、そんなことを言って飲んでいた。


 花音の前に、コーヒーを入れたカップをおいて、そのまま側に立ったままの翔を、不思議そうに花音が見上げた。リビングのラグに腰掛ける花音の傍に膝をついて、翔は、その、呆れるほどに真っ直ぐな目をのぞきこんだ。



「花音。オレと、結婚してください」
「え?だって、婚姻届」
「うん」
「あの?」
 さっき、答えたのに、と、不思議そうな花音が、本当に、なんの含みもなく困惑をしていて、翔はため息をつきながら、そこに胡座をかいた。ラグに膝を抱えるように座る花音の爪先と、触れ合うほどの距離で。
「そこから、ちゃんと始めさせて。勝手なことして、ごめん」
「…あんなにお世話になったのに、勝手に、しかも嫌ないなくなり方して。父親になるって言ってくれていたのに、子どもたちの成長、何年も見れないようにして。怒ってると、思ってました」
「いや、そこ怒ったら、オレ、あまりにも理不尽だろ」


 まあ確かに。その穴埋めのように、弓削やいろんな人が記録を残してくれていたけれど。その時間を過ごせたのを棒に振ってしまって、自分が知らないことを、他の奴らは経験として知っていてとか思うと、腹立たしいし苛立つけど。でもそれは花音のせいにはできないし。


 と、ぶちぶちと口に出ていたのか。
 早風呂で出てきた隼人が、いつのまにかそこにいた。

「翔くん、さすが役者さん。早口で滑舌いい。さっきのに付け足し」
 見れば、隼人は花音の耳を塞いでいる。

奥さんって、思い込んでるだろうから。そこの距離感は、ガンバって?」


「隼人?」
 背後から耳を塞がれて、なにかを話している気配に花音が怪訝な声をあげれば、隼人がそのままきゅ、と花音の背中に抱きついた。
「おやすみ。部屋にもういくね」
「どうしたの、めずらしい」
 言いながら、嬉しそうな花音の声に、ざわり、と翔の胸が騒ぐ。
 さっさと部屋に行ってしまう隼人を見送って、思わず翔がにじり寄れば、花音が至近距離にある翔の顔を、困ったように見上げた。



「わたしでよければ、よろしくお願いします。…いやになったら、ちゃんと言ってくださいね」




「愛想尽かされないように、ちゃんとシマス」




 思わず、抱き寄せて。

 ぎゅうぎゅうと抱きしめた。




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