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しおりを挟む「羽佐美、やっとスマホ変えたの?」
職場で小林と顔を合わせた時に言われて凪瑚は苦笑いになる。友人からも、職場関係からもいい加減変えろと言われていたスマホは、ようやく先日代替わりした。ここまでくるともう、スマホがストライキ起こして起動しなくなるぞとまで脅されていたのは、本当に寿命だったらしく、変えると決めてはいたものの、あの日、琥太狼に編集してもらったデータを確認した翌朝、画面が真っ暗になったままどうやっても起動しなくなっていた。
「彼氏とお揃い?」
少し揶揄うような小林の顔に、凪瑚は軽く睨む。
「そういうこと言うと、この見積書、通しませんよ?」
「げっ」
少し無理をしている見積書は止めようと思えば止められる内容だ。ただ今後の取引先との関係を見越しての今回の内容であると承知していれば通すこともできるようなライン。
「て」
一瞬、顔を引き攣らせた小林の目が呆れたように笑う。くしゃ、と髪を軽く撫でられた。
「嬉しそうな顔して。まあ、あの男があんな顔してるの見られただけですごいけど」
あんな顔?と首を傾げる凪瑚に小林は苦笑いする。
冷めた顔で、どんなに言い寄られてもその場限りの関係しか結ばない男が、凪瑚しか目に入っていない。Hyggeで見る2人の様子は面白い、としか言いようがない。
あの店に来る客層はそれを歓迎している。だから、凪瑚は早い時間帯なら来店しているのも承知している。
ただ、外に行けば琥太狼を狙っていた男女問わず、目の仇にされているであろうことも想像にかたくない。そんなものはあの琥太狼が放っておくはずがないが、心配な話では、ある。
「変なのに絡まれるなよ?」
そう言われて、凪瑚は1人の顔を思い浮かべる。
加瀬の元彼女。凪瑚の元彼と、ホテルから出てきた人。同級生。
琥太狼も、誘われたと言っていた。その後、凪瑚の前に姿を見せたこともあった。
「過保護なんですよ」
「あ、そ」
その一言で察して、小林はゆるく笑う。
幸せそうで、何よりだ。
新調したスマホに、琥太狼からの連絡が入る。
撮影で数日留守にしていたのが帰ってきたらしい。加瀬の家でつかまり立ちをするようになった奏真を受け止めながら凪瑚はその顔を加瀬に向ける。
「お義兄さん、琥太狼くん帰ってきたので、今日は帰ります」
いっそここの方が安心、と留守中は堂々と加瀬を頼ることでかえって牽制しているような琥太狼の様子に、加瀬の方も諦めたように受け入れている。実際、目の届くところにいてくれた方が安心でもある。
「どっちに?」
「さあ?」
いい加減、凪瑚のあの部屋は引き払ってもいいと思うのだが、まだそのままになっている。
その理由を聞いたら、あの男はどんな顔をするだろうと加瀬は少し面白くなる。
別れた後で帰る場所ないのは困る、と凪瑚は小さく言ったのだ。その言い方が、本心であることを物語っていて、やれやれ、と呆れてしまった。あの男がどう足掻いても凪瑚を手放すはずがないと加瀬にはわかっているのに。それこそ、凪瑚がそれを望んだとしても言いくるめられて終わるだろう。
ちょうど車が止まる気配がして、すぐにチャイムが鳴る。
見送りながら、凪瑚に荷物を手渡しつつ加瀬が呟く。
「凪瑚、部屋の家賃もったいないから、別れた後が心配ならうちを使っていいんだぞ?」
凪瑚の腰に早々に腕を回していた琥太狼の肩がぴく、と動く。
凪瑚が咎める視線を向けるが、加瀬の方はあえての言動だから素知らぬ顔だ。
だが、琥太狼が上手だった。
「そんな心配ないから、解約しちゃったよ、凪瑚」
「…は?」
綺麗にハモった義兄妹の声に、琥太狼の美しい顔がにっこりと笑う。
ただ、腰に当たる手に籠る力の強さに、凪瑚の顔が不安げにその顔を見上げるけれど、ただただ、笑顔だけが返ってきて。
「んんっ…あぁ、はっ」
堪えるような声がくぐもって響く。枕にしがみつくようにして琥太狼が与える刺激を逃がそうとしている凪瑚を捉え、琥太狼はぐい、と腰を捩じ込んでゆする。
枕を奪い取って大きな手で頬を包むと、無意識に頬を擦り寄せる凪瑚の仕草に怒張がさらに張り詰める。
「え、なんで…」
少し苦しそうにすら眉間に皺を寄せた凪瑚の反応に、お前が悪い、とばかりに唇を重ねて舌を絡めた。上顎を擦り上げながら凪瑚を追い詰めていく。
凪瑚と離れ、海外に渡った時。
出会った言葉。その感覚は、日本語には置き換えがたく、日本で育った自分は理解しきれていなかった。
いなかったのだと、凪瑚に再会して、わかった。
ヒュゲリ
凪瑚がいる。そこが自分には全てがそう。
「なこ」
「?」
とろん、とした顔で、それでもしっかりと目を合わせて小首を傾げる仕草を見せる。
凪瑚の中が、心地よい。暖かく、熱く蕩けて、頬を擦り寄せる仕草のように自分にしっかりとしがみついて。衝動のままに動きたい気持ちと、心に湧き続けて止まらない愛おしさのままに優しく労り続けたい気持ちと。そして何より隙間なく互いに身を寄せ合いぴたりとハマった形のままで居続けたい欲と。
「凪瑚が嫌だって言っても嫌いだって言っても、絶対に離してあげられない。でも、そんなふうに言われたらショックで自分がどうなるか分からないから…そうなる前に、嫌なことがあったら、言えよ?」
言葉が終わる前に、顔を隠すように凪瑚が琥太狼の首にしがみつく。
琥太狼がゆるゆると与え続ける快感のせいなのか、何か別の思いなのか体が小刻みに震えている。
「怖がらせないで…」
「っ…ごめん、重いよな。でも、本当にそうだから」
「違う」
凪瑚が言葉にしきれない気持ちの吐き出し口を探すように、首を伸ばして琥太狼の耳を甘噛みする。
ぬくもりと湿り気に、琥太狼の体がぶる、と震えて、危うい衝動をやり過ごした。
「甘やかされて、そんなふうに言われて。そこまで言ってくれている琥太狼くんの気持ちがもしなくなったらって怖い。なくなるほどのことを、気づかずにやっていそうで、怖い」
言った途端に、大きく突き上げられて凪瑚が背を逸らせた。
「はっ、うう」
「信じられない?」
「わたし自身が、信じられない」
だって、子供の頃から、誰も、血縁者にも言われなかった。言わないだけでではない。感じられなかった。むしろ疎まれているように感じた。
兄と、弟は違ったけれど、それ以上の感情に晒され続けて愛情に安心して浸ることを知らずにきた。
「じゃあ、凪瑚がずっと、それを確かめ続けられるように、ちゃんと伝え続けるよ」
諦めたように、ではなく。愛おしむように、琥太狼は凪瑚の顔中に、頭に、体に、唇を落としていく。
疲れた凪瑚が、それでも望むままに風呂に入れる。一緒に入ることに抵抗することは無くなった。体力を消耗しすぎて、1人で入れないことを学習した、ということもある。
髪を洗い、ぼんやりと体を洗う凪瑚が転げないように目を離さず、湯船に沈まないように、胸にしっかりと寄り掛からせ。髪を乾かし、肌の手入れも髪の手入れも凪瑚自身がやるよりよほど入念にやってやる。
その心地よさにうとうとした凪瑚は、意地で自分で歩いてベッドまで行くけれど、そのままもぞもぞと潜りながら半分は眠っていて。
大きな体で包み込むようにして、琥太狼はいつもの葛藤に凪瑚の香りを鼻いっぱいに吸い込みながら襲われる。
今日は、抗えない。抗わない。
湿り気をおび、柔らかい場所にゆっくりと自信を沈める。先ほどまでの名残りで規格外の琥太狼を凪瑚の体はやんわりと受け止める。慣れたな、と嬉しく思いながら、流石に身じろぎをして少し息をつめる凪瑚を宥めるように体をさすれば、その体から力が抜けていく。
また、朝起きて、怒られるんだろう。
わかっているのに。
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