拾われにきた獣〜氷の獣人公爵〜

明日葉

文字の大きさ
4 / 87
1 順応しましょう

明るい夜

しおりを挟む
 目の前にいる少女が指さした方に向かい、扉を開けた。
 目覚めた部屋も、先ほどの場所も、今開けた扉も、何もかもが見たことのない造りをしており、眩しいほどに目が痛いような明るさの屋内に昼間なのだと、窓が少ないのにどうやって採光をしているのだろうと思っていたが。



 扉を開けた先には、見たことのない景色が広がっていた。
 彼、ヴィルは目の前の光景に足が竦む。崖にでも建った家なのか、心許ないほどに遠くまで見通せるその景色は、どこをどう切り取っても異質で。そして、空は夜だった。それなのに、足元には屋内と同じような明るさが点々と広がって、夜空の星が見えないほどだった。
 背後に気配を感じて振り返れば、心配するような目が見上げてくる。
 混乱する頭は現実を受け止めきれずに、先ほど言われたことを思い出す。
 階段、と言われたと足元を見れば、細い急な階段が下に続いていた。
 一段の段差が、ヴィルが歩くには狭くて歩きにくいが、気にせずに飛ぶように降りて行く。背後の慌てた気配は気付いたけれど、それどころではなかった。
 落ちた、と焦って追いかけた栞里は、驚く速さで下にたどり着いた大きな影に目を見開く。この暗い中、明かりもないのに降りて行くのを見て、夜目もきくのかな、などと思いを巡らせながら、追いかける。


 木の下、と言われた大きな木を見上げ、その近くに湧く水をヴィルは見下ろす。
 ヴィルが見たこともないほどに清浄な水が湧き、大きく枝をはった樹齢を重ねた木に、なぜか胸がざわつく。
 その辺りを見ても、探すものはない。大事な剣。身を守るものがないことに心許なさを覚える。


 そして、自分の腹に手を当てた。
 怪我などないと、あの少女は言ったが。と。
 そんなはずはない。意識を手放す前。確かに、大剣を腹に叩きつけられた。余計な争いを起こさぬようにしていたというのに、存在そのものが許せないのか。度重なる刺客に、それを退け生きることすら望まなくなり始めていた。守るために傷つくものがいることも許せなかった。
 ただ、あの時は、何かに呼ばれているようで。どこからとすら定まらないそれを探すように出たのは、おびき出されたのか。


 叩きつけられた大剣の重みは、ヴィルの骨を砕き、腹を抉った。
 誰にも何も言わずに出た。このような最期を迎える者を守り続けた者たちに申し訳ないとしか思わなかった。




 そのはずなのに。
 傷ひとつない。己の体を見下ろして、離れた場所で伺う少女を振り返る。

 それから、降りて来た階段を見上げた。


「君が、俺を抱えてこの階段を?」

 信じられない思いでヴィルが問いかけると、栞里はこめかみの髪の毛を触りながら首を傾げてほのかに笑う。

「自分でもびっくりです。でもあなた、一度目を覚ましたので、無意識に、少し自分で歩いてくれたのかも?わたし1人じゃ、絶対無理ですから」

 それはそうだろう。そして、服がなかったのを考えると、獣化したということか、と。獣の姿の方が回復力は高い。なんらかの力が働いてこの見知らぬ土地に体が移され、その際に治癒の力も働いたとしか思えない状況。獣化したところで服もそれに合うのが通常なのだが、という違和感はあったけれど。理屈や普段の常識が通用しないことが続きすぎて、どこから疑問を解消すれば良いのかわからない。




 ヴィルは、離れている栞里に並ぶところまで戻ると、その視界にまた、眼下に明るい光が広がる。
 知らない国、どころの距離ではない気がする。命すら惜しくない、いや、惜しむことを面倒にすら思っていた自分が、どこにいるか分からないことで不安と焦燥感に駆られていることがあまりに滑稽に思えた。

 ふと、ヴィルは視線を感じて隣を見下ろす。
 反射的にそらされたけれど、見ていた、と思いながら少女を見下ろす。身を守るには心許ないようなシンプルな服を見に纏い、女性であるのにスカートではない。騎士や傭兵などと言った職業を選んだ女性であれば珍しくもないが、どう見ても違う。
 何よりその服も見たことのない作りで、先ほどの階段の谷側には、落ちないように手すりが付けられている。そのようなものをあえて作ることも珍しい上にその手触りは、貴重な鉄のように思えた。あのような加工をする方法を知らないけれど。



「あの…それ、本物、ですよね?」

 耐えかねて、栞里は一番気になっていたことを口にする。耳、と、尻尾。
 ずっと、警戒しているのを示しているかのような尻尾と、周囲を窺うようにピンと立って動く耳。

 正直触りたい。
 一度触った手触りが忘れられない。が、この姿をされてはたと気付いたのだ。背中とかお腹とか撫でまわしたけど、セクハラまで罪状追加か、と。
 本物か聞かれたこと自体が不思議なような顔をする青年に、栞里はため息を押し殺した。

「あなたは、随分、遠いところから来たみたいですね」

「遠いところ…」






 とりあえず、お腹、すいてませんか?



 と、気持ちを切り替えるように栞里が言うと、間を置いてヴィルは頷く。それから、ふと気付いて階段に足を向けた背中に声をかける。


「ヴィル、と呼んでくれ」



「ヴィル、さん」


 さん、はいらないと言われたけれど。どう見ても年上で、しかもこの目が潰れそうな見た目の王子様。様、と呼びたいのを堪えたくらいなのだ。
 曖昧に頷きながら、シルバーブルーの目を見上げた。


「栞里です」


「シオリ」

 噛み締めるように呼んで、微笑むから。
 心臓止める気か、と引き剥がすように栞里は目を逸らす。
 その仕草にヴィルは驚き、そしてなぜか胸が軋むのを感じながら、先に階段に足をかけ、手を差し出した。



 そんなマナーの存在しない文化で生きている栞里は、ぽかんと見上げ、美しい顔が悲しげに歪むのを驚いて見上げる。


「やはり俺は恐ろしいか。気持ち悪いか?」

「へ?いえっ。むしろ眩しすぎて」


 思わず本音が漏れたが、ヴィルは首を傾げる。眩しいとは、あの屋内や、眼下に広がる光の洪水のことではないのか、と。


 むしろ毛並みは触りたいくらい、と内心に呟いたつもりが、わずかに声に出ていたらしい。

 苦笑が降って来て、栞里はしまった、と顔を覆おうとして、手を取られた。


 その目が、持ち上げられて身をかがめたヴィルの耳に触れさせられる。

「耳も尾も、やたらと触れさせるものではないが、君は恩人のようだ。思う存分、触れていい。ただ、心地良すぎていきなりだと驚くから、声はかけてくれ」


 さわさわと、言葉に甘えると思う前に触れる指が止まらない。
 じっと、何かを我慢するような表情のヴィルの顔に、やけに色気を感じて、栞里は戸惑ってまじまじと見上げてしまう。尻尾も触りたい、と伸ばしかけた手を、しっかりと取られた。



「食事、を用意してもらえたのか?」

 話を逸らすように言われ、返事をしながら、あ、と栞里は手を引かれるままに階段を上がりながら、少し手を入れよう、と思う。


 動物でも大丈夫なように、病人みたいだしちょうどいいと薄味にしたけれど。多分その必要はなさそうで。この逞しい人にあれは、きっと物足りないから。











しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。

サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――

小さなフェンリルと私の冒険時間 〜ぬくもりに包まれた毎日のはじまり〜

ちょこの
ファンタジー
もふもふな相棒「ヴァイス」と一緒に、今日もダンジョン生活♪ 高校生の優衣は、ダンジョンに挑むけど、頼れるのはふわふわの相棒だけ。 ゆるふわ魔法あり、ドキドキのバトルあり、モフモフ癒しタイムも満載! ほんわか&ワクワクな日常と冒険が交差する、新感覚ファンタジー!

チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...