拾われにきた獣〜氷の獣人公爵〜

明日葉

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2 箍とは、嵌める時点で外すことを前提としている

それは反則

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 飲み会は、気心の知れた大学の友人たちとで。栞里はその中の、理系学部の後輩の向かいで真剣に話を聞いている。
「飲み会でまで…」
 とぼやく後輩に、アルコールが入って気の緩んでいる栞里はあからさまに頬を膨らませて、いいから、と先を促した。お酒を飲んでも顔には出ないが、一応気分はふわふわと楽しくなる。
「時間があるかないか分からないから、有効活用するの」
「なんだ、それ」
 やれやれ、と頭をかきながら、後輩、瀬崎はため息をつく。周りはそんな二人の様子に笑いながら、隣から伸びてきた手がわしゃわしゃと思い切りよく栞里の頭を撫でている。
「栞里、瀬崎にばっかりかまってないでこっちおいでよ」
「忙しいのー」
「ここ、飲み会!意味わからない!」
 がやがやと笑っているけれど。栞里と同じ学年の大柄な男の手をムッとしながら瀬崎は避けて、にっこりと笑う。
「先輩、栞里が納得しないと落ち着いて飲めなさそうなので、邪魔しないでください」
「…お前」
 何か言おうとした彼を栞里は仕返しとばかりに脇を両手で揉んだ。
「小林くん、人の頭をぐしゃぐしゃにするのやめて」
「お前も人の脇をつまむんじゃねぇ」
「っぐ」
 仕返しをされ、脇が弱い栞里が身を捩った瞬間に肘をテーブルに打ち付けると、周りから笑いが起こる。あんたたち二人は、と呆れた声で小林が回収されていくと、肘をさすりながら当然の顔で栞里は瀬崎をまた促した。
「はい、瀬崎。早く。これよくわからないのよ」
「…栞里、完全にこの分野苦手だろ。何回話してると」
「苦手だよー。気にしない気にしない」
 苦手なのに、なぜ、と思いながら瀬崎はまた説明をする。発電の仕組みと、通電の仕組みと…となぜか分からないが「電気」絡みで思いつくままに説明をさせられるのだが、それがまた随分と初期段階の話を求められる。聞かれても自分だって調べないと分からないと言えば、調べてわかるように説明して、と。調べても、理解までいかないと言われてしまいここに至っているのだが。
「どうしたの、本当に。理系分野、頭が拒絶するとか言ってたのに」
 二人の手元を覗き込みながら栞里の同級生がやはり聞くけれど、興味が湧いただけ、と栞里はにこにこと瀬崎に続きを無言で促す。そうやって頼ってくれるのも、一緒にいる時間が多くなるのも歓迎なのだが、とりあえず本人はわかってないよなぁ、と手元のビールを飲み干してから続きを話す。瀬崎のお代わりと、自分にも梅酒を頼みながらふむふむと頷く栞里に、ああ、またこれ、繰り返す羽目になるなと瀬崎はため息をついた。



「最初からこうすればよかったんじゃないか」
 ぶつぶつと言う瀬崎に栞里はけろっと笑う。先輩と後輩、と言う遠慮のなさか、本気で人使いが荒い。
 とりあえず、なんとなく今は理解できたけど、後でわからなくなる自信があるから、サルでも分かるようにまとめて、と笑顔で軽く言ってのけるのだ。授業のレポートよりもめんどくさいと抵抗したけれど、女性陣のニヤニヤ笑いに耐えられず引き受けてしまった。
 女ばかりで戯れながら前を歩いている後ろをついていきながら思わず声に出してしまうと、隣から呆れた声が向けられる。
「お前、栞里さんに甘いよなぁ」
「じゃあお前、あれ、断れるか?」
「無理」
 即答されて睨む相手の目は小林の背中に向けられている。
「小林さんと付き合ってるわけじゃないんだろ?」
「小林さん、別に彼女いるからな」
 栞里といる様子の方が、よほど…と思うけれど口にはできない。小林の彼女は、小柄で可愛らしい人で。ただ、聞いてしまったことがあるのだ。彼女の、栞里に対する当たりは、はっきり言ってきつい。栞里に対して、は、栞里が気にしないから気づいていないようだけれど。それを耳にした小林の顔が強張っていたのも、知っている。

「ん?」
 一塊りだけれど、なんとなく学年で別れてしまって歩いていたが、駅の近くまで来て前の集団の女性陣がざわめいた。黄色い悲鳴、ってこれか、と思うような。
「なんだ、あいつ」
 瀬崎は、目を疑うような美丈夫に目を奪われ、そして、顔を引きつらせた。







 きゃあ、と周りで友人がざわついたので、栞里は顔をあげた。ちょうど、隣を歩いていた小林に上からぐりぐりと頭を撫でると言うより押さえつけられていて。遠慮のない友人関係なのは心地良くていいのだが、時々、痛いのだ。彼女と喧嘩して機嫌が悪い時とか、諸々。
 顔を上げたところに、最近一番身近な顔を見つけて、栞里は首を傾げる。どうやってここまで、と言うのが一番なのだけれど。
「あれ?」
 栞里の様子に小林が声をかけるより先に、伸びてきた長い腕が栞里を集団から抜き出した。
「どうやってここに?」
「サライがさっきまで一緒だった。この辺にいるみたいだったから」
 なんでわかったんだろう、はきっと聞かない方がいいな、と栞里は首を傾げて見上げる。匂いが、とか、そう言うことを言いそうだから。
「置いていかれたの?」
「迎えにきたんだ」
 迎えって、と、栞里はくすくす笑う。ここからは電車に乗らないと帰れない。栞里がいないと帰れないのは、ヴィルの方だ。
「彼らは?」
「友達」
 完全に言葉をなくしている友人たちは、きっとこの、栞里が未だに慣れたとは言い切れない美貌に言葉を失っているのだろうな、とはわかる。目立ちすぎだ。紹介するのかな、と思う前に、ヴィルが能面のような綺麗な顔で栞里の背後に声をかけた。


「シオリが世話になった。ここからは俺が連れて帰るから大丈夫だ」
「へ?」
 いや、みんな同じ駅に行くのよ?と言いたいのに、向けられたヴィルの目に黙らされる。なんとなく、口答えしない方が身のために思えて口を噤み、ヴィルに腕をとられたまま振り返った。
 一様に驚きとなぜか怯えもある友人たちにごめんね、と手を振る。
「なんだか近くにいたみたいでお迎え来ちゃったから、また学校でね」
 言う間にも巧みに歩かされているから、この人どうやってるんだとやっとのことで挨拶をして見上げると、目がつぶれそうな笑顔が向けられていた。
「楽しかったか?」
「え?うん…」
「…お前には、気心の知れた相手がたくさんいるんだよな」
 当たり前だが、と呟くヴィルを見上げて、栞里は手を伸ばす。酔っ払いを舐めるなよ、と笑顔になった。わしゃわしゃと髪を撫でる。
「みんなと遊んで、帰るとヴィルが待っていると思うと、前より楽しかったよ。一人のところに帰るんだと、終わりになるのが寂しいのに、今日は早く帰ろうって思ったもの」
「っ」
「待ってる人がいるって、いいねぇ」
 へにゃっと笑う顔を見れば、明らかに酒精のせいだとわかるのだけれど。思わずヴィルはあいた手で目を覆い、顔ごと逸らした。
「この、酔っ払い」
「酔っ払いを家まで連れて帰るの、大変よ?」
「一人で帰って来ようとしていたくせに」
「安心して気が抜けちゃったもん」
 膨れる顔を見て、やれやれ、とヴィルはもう、笑うしかなかった。




 そんな笑顔を向けられて、逃げ場のない栞里は手近なヴィルの腕に額を当てて顔を隠す。


 その笑顔。反則です。

 酔っ払いには刺激が強すぎる。



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